抄録
【はじめに】腱板断裂サイズが大きくて腱板断端を大結節の腱板付着部に縫着できない症例に対して,腱板付着部より近位に骨溝を作成して腱板を縫着する方法は広く一般に行われている.しかし,この手技が術後臨床成績に及ぼす影響に関する報告は少ない.今回,腱板縫着位置の近位移動距離と術後の筋力や関節可動域との関連性を明らかにする目的で,各項目との相関関係を調査したので報告する.【対象】対象は,腱板全層断裂に対してmini open repair法を施行されて1年以上を経過した症例99例100肩である.内訳は,手術時年齢が平均60.5歳,性別が男性70肩・女性30肩,左右別が右61肩・左39肩であった.なお,非手術側には臨床所見や画像所見で腱板断裂を疑わせる所見は全く認めなかった.【方法】術後1年のMRI斜冠状断像で大結節から骨溝までの最大距離を計測し,近位移動距離と定義した.対象を縫着位置を近位移動した症例50例50肩(以下,移動あり群)としなかった症例49例50肩(以下,移動なし群)の2群に分類した.次に,移動あり群と移動なし群の2群間で,病歴(手術時年齢,性別および罹患側),断裂サイズ,および術後1年の肩関節可動域とピークトルク健側比について有意差検定を行った.統計学的解析は,性別と罹患側についてはχ2検定を用いて行い,断裂サイズについてはマン・ホイットニ検定を用いて行い,手術時年齢,術後1年の肩関節可動域およびピークトルク健側比についてはウィルコクソン符号付き順位和検定を用いて行い,また,近位移動距離と病歴(手術時年齢,性別および罹患側),断裂サイズ,および術後1年の肩関節可動域とピークトルク健側比との相関関係については,スピアマン順位相関検定を用いて行い,それぞれ危険率5%未満を有意差ありとした. なお,ピークトルク健側比の測定は,同一検者がBIODEX社製トルクマシン(Multi joint system 2AP)を用いて両側肩関節の筋力測定を行った.坐位で体幹と骨盤を固定した体勢にて,屈曲-伸展方向は屈曲180°から伸展20°の範囲で,90°外転位での内旋-外旋方向は内旋40°から外旋90°の範囲で3回ずつ測定し,角速度は60°/secに設定した.【説明と同意】今回の症例に本研究の趣旨を十分に説明し,全例から同意が得られた.【結果】縫着位置を移動あり群と移動なし群の間で比較すると,移動あり群の断裂サイズが有意に大きく,棘下筋腱にまで断裂が及ぶ割合も有意に高かったが,手術時年齢,性別および罹患側については有意差を認めなかった.術後1年の肩関節可動域は,移動あり群の屈曲方向が移動なし群より有意に制限されていたが,その他の方向においては有意差を認めなかった.術後1年の筋力(ピークトルク健側比)は,移動あり群の屈曲筋力と90°外転位外旋筋力が移動なし群より有意に低下していたが,その他の方向の筋力においては有意差を認めなかった.近位移動距離は,屈曲可動域,屈曲筋力および90°外転位外旋筋力との間にそれぞれ弱い負の相関を認めたが,他の項目との間には有意な相関を認めなかった.【考察】今回の結果より,腱板付着部より近位に腱板を縫着した症例は,近位移動距離と断裂サイズの間に有意な相関は認めなかったが,断裂サイズが有意に大きく,特に棘下筋腱にまで断裂が及ぶ症例が有意に多かった.したがって断裂サイズが大きくて棘下筋まで断裂が及ぶ症例では,縫着位置の近位移動が必要になる可能性が高いと思われた.次に,術後1年の肩関節可動域に関して,移動あり群の屈曲方向が有意に制限されていた.これは,「腱板縫着位置を近位へ移動すると可動域制限が生じる」というYamamotoらの生体力学的研究や「zero positionをとれない症例はとれる症例よりも縫着部位までの距離が有意に長かった」という畑らの報告から,縫着位置の近位移動によって肩甲上腕関節の動きが制限されたために屈曲方向が有意に制限されたと考えた.さらに,術後1年の筋力(ピークトルク健側比)に関して,移動あり群の屈曲筋力と90°外転位外旋筋力が有意に低下していた.これは,「腱板縫着位置の近位移動により肩甲骨面での挙上のモーメントアームが減少する」というLiuらの報告から,縫着位置の近位移動によって棘上筋のモーメントアームが減少した結果,移動あり群では有意な筋力低下を生じたのではないかと考えた.【理学療法学研究としての意義】より良い術後成績を得るためには術式を十分に理解した上で後療法を行うべきである.今回の研究結果から,一般的に行われる腱板縫着部を近位移動する手技は屈曲可動域,屈曲筋力および90°外転位外旋筋力の低下を引き起こす可能性が高いと分かったので,この手技を併用した症例には屈曲可動域の拡大と屈曲筋力と外転位外旋筋力の増強訓練が特に必要であると思われた.