抄録
【はじめに】 筋の同時活動とは主働筋と拮抗筋が同時に収縮することを意味する.協調的でスムーズな動作には,適切に分離された主働筋と拮抗筋の活動が重要であるとされており,筋張力や関節角度を正確に制御するときに筋の同時活動増大が生じやすいといわれている.一方で,高齢者は立位姿勢やリーチ動作時といった容易な動作や,歩行・階段昇降動作などの日常生活動作においても筋の同時活動が増大することが報告されている.この筋の同時活動の増大は姿勢制御へ悪影響を及ぼし,その結果転倒リスクが増大することも報告されている. 近年,筋の同時活動増大の程度を減少させるために,バランストレーニングや筋力トレーニング(以下,筋トレ)が行われている.なかでも筋トレは,高齢社会を迎えた我が国にとって,高齢者の健康増進や転倒予防に対する取り組みの一つとして推奨されている.しかしトレーニング効果を日常生活動作時における筋の同時活動の観点から報告したものはない.よって本研究では,高齢者に対し転倒予防として行われている筋トレが,転倒の危険率の高い歩行および階段昇降動作時の筋の同時活動に及ぼす効果を検討することとした.【方法】 対象は腰部および下肢疾患のない健常高齢者8名とした.筋トレは立位踵上げ運動とし,60回/分×1分間×1回/日の頻度に設定した.赤外線カメラ12台と床反力計6枚を用いた三次元動作解析装置と表面筋電計(以下,EMG)を使用し,平地歩行・階段昇降(蹴上160mm,踏面300mm)動作と立位踵上げ動作を介入前,介入4および8週後に計測した.EMGの測定筋は効き足のヒラメ筋,前脛骨筋とし,動作時の筋活動量を求めるために整流化(20-420H), 平滑化(RMS:50ms), 正規化(%MVC)処理を行った.筋活動量と足関節モーメントは各位相について分析した.各介入期間における筋活動量と足関節モーメント積分値および10秒間の立位踵上げ動作中の筋活動量と足関節モーメント積分値を統計解析に用いた. 介入による変化を明らかにするためFriedman検定を用い,有意差を認めたものに関して,Bonferroni補正Wilcoxon符号付順位和検定により多重比較を行い,有意水準は5%とした.統計解析にはIBM SPSS Statistics 19 を用い解析を行った.【倫理的配慮】 研究の実施に先立ち,国際医療福祉大学の倫理審査委員会にて承認を得た(承認番号:10-128).なお,本研究に関わる全ての被験者には予め本研究の目的と内容を説明し,文書による同意を得た後に計測を行った.【結果】 歩行・階段昇降時の足関節モーメント積分値および前脛骨筋活動量は全ての期間で有意差を認めなかった.ヒラメ筋活動量は平地歩行の立脚後期時4週に有意に減少した.階段降段では立脚後期の4週に有意な減少をみとめた. 踵上げ動作時の足関節モーメント積分値は8週に有意な高値を示した.ヒラメ筋活動量は0週と4週に有意な差を認め,前脛骨筋活動量は4週と8週に有意な差を認めた. 【考察】 踵上げ動作時に足関節底屈筋であるヒラメ筋活動量は4週後で有意に減少した.これは4週後に底屈最大筋力が増加し,それに伴いヒラメ筋筋力が上昇したことによって,踵上げ動作時のヒラメ筋活動量が減少したと考えられる.一方で,拮抗筋である前脛骨筋活動量は8週後に減少した.すなわち立位踵上げ運動により拮抗筋の同時活動が減少したことが分かった.筋トレによる主働筋の筋放電増加と拮抗筋の筋放電減少が示された.また8週後に踵上げ動作時の背屈筋モーメント減少によって足関節底屈モーメントが増加したことも考えられる. 以上のことより,反復した筋力強化運動により課題動作中の拮抗筋の同時活動の減少が生じ,エネルギーの観点からも効率的な運動パターンを獲得したことが分かった.しかし介入後における歩行・階段昇降動作時の拮抗筋の同時活動の減少は認められなかった.さらに歩行・階段昇降動作時の足関節モーメントについても同様に変化を示さなかった.本研究から筋トレによって歩行や階段昇降動作時の拮抗筋の同時活動は減少せず,拮抗筋の同時活動減少という筋トレの効果は動作課題のみであることが分かった.【理学療法学研究としての意義】 本研究より,筋トレによって運動力学的・筋電図学的には歩行・階段昇降動作は改善されておらず高齢者に対し反復した筋トレ重視の傾向に対し警鐘を鳴らしており,今後ますます増加する超高齢社会においてトレーニング方法を再考する必要があると考える.