抄録
【はじめに、目的】生体深達性の高い近赤外線を主体とした光線であるキセノン(Xe)光の星状神経節(SG)近傍照射は,局所麻酔薬を用いる星状神経節ブロック(SGB)とは異なり非侵襲的かつ副作用の危険性を伴うことなく交感神経活動の抑制と副交感神経活動の相対的な亢進を引き起こし得る手法である。しかし,Xe光のSG近傍照射に伴う自律神経活動動態の変化が脳血流動態にどのような影響を及ぼすかについては解明されていない。以上から本研究の目的は、Xe光のSG近傍照射実施中の脳血流動態を明らかにすることとした。【方法】健常者29 例(女性15 例,男性14 例,年齢21.1 ± 2.3 歳)を対象とし,以下の2 つの実験を実施順序をランダムとして1 日以上の間隔を空け実施した。<実験1>対象者は,15 分間の安静背臥位保持(馴化)終了後,同一肢位にて両側のSG近傍へXe光照射(Xe-LISG)を10 分間受ける。<実験2>対象者は馴化終了後,Xe-LISGを伴わない安静背臥位保持(コントロール)を10 分間継続する。測定及び分析項目について,自律神経活動動態の指標には心拍変動データを採用し,各実験の馴化開始時からXe-LISG及びコントロール終了時までの間,対象者の心拍変動データを心拍計(RS800、Polar)を用いて連続測定した。その後,各実験の馴化終了時とXe-LISG及びコントロール終了時の心拍変動データを周波数解析し,交感神経活動の指標である低周波成分(LF)と高周波成分(HF)の比(LF/HF)と副交感神経活動の指標であるHFを求めた。その上で、実験1 での馴化終了時とXe-LISG終了時及び実験2 での馴化終了時とコントロール終了時との間でのLF/HF及びHFをWilcoxonの符号付順位和検定により検討した。脳血流動態の指標には総ヘモグロビン量(total-Hb)を採用し,各実験の馴化開始からXe-LISG及びコントロール終了まで間,近赤外線分光分析装置(OEG-16,Spectratech)を用いて前頭部(前頭前皮質)でのtotal-Hbを連続測定した。その上で,各実験とも馴化終了前1 分間のtotal-Hbの平均値を基準値とし,Xe-LISG及びコントロール実施中の前半(0 〜2 分),中盤(4 〜6 分),後半(8 〜10 分)の3 時点でのtotal-Hbの平均値について,基準値からの経時的変化をDunnettの検定により検討した。また,前半,中盤,後半の各時点でのXe-LISGとコントロール間でのtotal-Hbの差を対応のあるt検定により検討した。全ての統計学的検定の有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象者に対しては,本研究の目的や本研究への参加の同意及び同意撤回の自由,プライバシー保護の徹底等について予め十分に説明し,書面による同意を得た。【結果】LF/HF及びHFについては,実験2 では馴化終了時とコントロール終了時との間で両指標ともに明らかな変化を認めなかったが,実験1 では馴化終了時と比較してXe-LISG終了時での副交感神経活動の亢進を示す所見(HFの上昇傾向)を認めた。total-Hbについては,両実験ともに基準値と比較してXe-LISG及びコントロール実施中での明らかな変化を認めなかったが,Xe-LISGとコントロール間での比較ではXe-LISG実施中の前半及び中盤でのtotal-Hbがコントロールと比較して有意に低下していた。【考察】本研究結果から,Xe-LISGは,交感神経活動を抑制し副交感神経の相対的な亢進を引き起こす一方で,Xe-LISG実施中の前頭前皮質領域での脳血流量を低下させる可能性が示唆された。この理由として,Xe-LISGに伴い認められた前述の自律神経活動動態の変化は精神的リラクセーションを示唆する所見でもあり,その結果として前頭前皮質領域の活動が低下し,同部位の脳血流量の低下につながったのではないかと推察される。Xe-LISG以外の介入手段を用いた先行研究においても、精神的リラクセーション時の前頭葉の脳血流量低下が報告されている(岩坂,2007.,下茂,2008.,etc.)。今後の課題としては,Xe-LISG実施中の前頭前皮質以外の大脳皮質領域での血流動態に関する検討が必要と思われるが,脳血流量の低下が問題となる可能性のある虚血性脳血管障害患者等を対象としたリスク管理面での検討を行うことも重要と考えられる。【理学療法学研究としての意義】研究結果は,Xe-LISGにより前頭前皮質領域の脳血流量が低下する可能性を示した。このことは,Xe-LISGにより精神的リラクセーション効果が得られることの裏付けとも考えられるが,脳血流量の低下が問題となるような症例に対するリスク管理面での検討の必要性も示唆しており,今後の発展性や臨床への波及効果などの観点から意義があると考える。