抄録
【はじめに、目的】 関節位置覚は加齢変化や変形性膝関節症(以下膝OA)により低下すると言われている。関節位置覚の受容器は筋や腱、靭帯、関節包、靭帯など関節、またその周囲に分布している。膝OAに対する標準的手術療法であるTotal Knee Arthroplasty(以下TKA)は、関節位置覚に大きな影響を与える事が予想される。今回、TKA術前後において膝関節位置覚と立位バランスの変化について検討したので報告する。【方法】 対象は当院にて膝OAの診断によりTKA が施行され、中枢神経系に障害を有さない患者30例30膝とした。性別は男性5例女性25例、平均年齢は72.3±6.2歳、入院期間は40.1±10.1日であった。 評価項目として1)膝関節誤差角度2) 安静立位時重心動揺3)Functional Reach Testに準じたリーチ距離と動的重心動揺の測定を術前・抜糸後・退院時に行った。膝関節誤差角度は被験肢の膝外側関節裂隙中央、外果部にマーカーを貼付。膝関節屈曲70°の端座位、閉眼の状態を開始肢位とした。験者が約3°/secで他動的に被験者の膝を伸展させ目標角度(屈曲40°)で5秒静止後開始肢位にもどした。被験者には静止した膝関節の角度を記憶するよう指示した。再び開始肢位から他動的に膝関節を伸展し、被験者は記憶した膝関節の角度に達したと感じた時点で合図してもらい、その角度をデジタルビデオカメラにて記録した。画像ソフトにて目標角度との誤差を求め、施行3回の平均値を算出した。重心動揺測定は重心動揺測定装置(ANIMA社製グラビコーダGS3000)を使用した。被験者は開眼で両脚を平行に10cm開いた状態で測定プレート上に起立し、両脚安静立位および前方へのリーチ計2種類を各20秒間測定した。リーチ動作においては床面と平行に両上肢を挙上させ、最大位置まで前方にリーチを行うよう指示した。なお、リーチ動作は1回の試行後、実測を行った。重心動揺測定項目は総軌跡長、外周面積とした。 誤差角度との相関関係については総軌跡長、外周面積、リーチ距離で検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当大学倫理審査委員会の承認を得た。被験者には十分な説明のもと、文書で同意を得られた患者を対象とした。【結果】1) 膝関節誤差角度:術前3.1±1.8°、抜糸後4.3±2.0°、退院時4.1±2.3°であり、術前に比べ抜糸後および退院時は有意に高値を示した(p<0.05)。2) 安静立位時重心動揺:総軌跡長は、術前28.1±14.2cm、抜糸後34.4±15.5cm、退院時31.4±14.0cmであり、術前に比べ抜糸後で有意に高値を示した(p<0.05)。外周面積では有意差は認められなかった。3) リーチ動作時の変化:リーチ距離では術前23.8±7.0cm、抜糸後21.7±6.6cm、退院時23.3±5.8cmであり術前および退院時に比べ抜糸後は有意に低値を示した(p<0.05)。重心動揺の総軌跡長は、術前63.1±20.1cm、抜糸後69.4±21.9cm、退院時63.3±17.0cmであり、術前、退院時に比べ抜糸後は有意に高値を示した(p<0.05)。外周面積に有意差は認められなかった。 誤差角度とリーチ時外周面積、リーチ距離との間にそれぞれ有意な負の相関を認めた(p<0.01)。誤差角度と安静立位時の総軌跡長、外周面積との間にそれぞれ有意な正の相関を認めた(p<0.05)。【考察】 誤差角度は術前に比べ抜糸後に有意に高値を示し、手術侵襲により術後に位置覚が低下したと考えられた。術後に総軌跡長が増大し、リーチ距離は低値を示したことから手術侵襲による位置覚低下が重心動揺増大とリーチ距離短縮に影響していると考えられた。退院時、誤差角度は高値のままであったのに対し、リーチ時の総軌跡長およびリーチ距離は術前の値に近づいたことから、膝関節内以外に残存している固有感覚受容器が代償的に働いた可能性があると考えられる。誤差角度と動的バランス関連値は負の相関、また誤差角度と静的バランス関連値は正の相関がみられたことからも膝関節位置覚が姿勢制御に影響を与えることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究において関節受容器、筋および腱組織内への手術侵襲により術後のバランス機能が低下するも、リハビリテーション期間中にある程度改善することが示された。位置覚低下によりボディーイメージが障害されることもあるといわれており、TKA術後患者では知覚、運動の統合を含めた治療プログラムを考える必要性が示唆された。