2023 年 22 巻 1 号 p. 17-27
シカの剥皮食害の樹種による違いを扱った研究報告は多いが、樹皮が再生され易い樹種に関する報告は少ない。食害後に樹皮を再生しているエゴノキの幹の食害部位を顕微鏡観察し、その解剖学的特徴について考察した。剥皮食害を受けて間もない部位の最外層は木部分化帯で、一次壁帯はわずかに1 ~2 細胞層であり、その外表面は半透明の物質に覆われていた。前年の剥皮食害後に再生した樹皮は、内樹皮と1 層の周皮のみを含む外樹皮とで構成されていた。樹皮にも前年輪の木部にも面的な傷害組織は観察されなかった。一般的な巻込みによらず、傷害面全体でのカルス (surface callus) から形成層を再生する樹種が報告されている。エゴノキでは、剥皮食害で露出した木部分化帯が短期間に被覆・保護されて、分化中の木部細胞が剥皮食害の刺激を受けて脱分化・初期化されて、カルスを形成することなく、新たな形成層始原細胞になる可能性があると推測される。エゴノキを含め、樹皮が再生する可能性が高い樹種に共通した木材解剖学的特徴は、小径道管の散孔材で、短接線状ないし3 細胞幅以下の狭い帯状の独立柔組織を持つことであり、そのような軸方向柔組織に分化中の細胞層から形成層が再生する可能性が示唆される。