2024 年 23 巻 2 号 p. 55-62
新植地に適用できるニホンジカ忌避剤の開発を目指し、マウスに本能的な恐怖心を与えるとされるチアゾリン化合物の有効性評価をおこなった。捕食者に由来するチアゾリン化合物はマウスに恐怖行動を喚起し、この物質に対する忌避反応が遺伝的に規定されていることが実証されている。チアゾリン化合物の一つである2メチルチオ2チアゾリン (2-(Methylthio)-2-thiazoline, C4H7NS2, 以下2MT2T) を使って、シカに対する忌避剤開発が可能か、飼育個体を使った実験をおこなった。自作の揮発装置から100 mg/h前後の速度で2MT2Tが揮発し、臭気が周辺へ広がっていくことを臭気計によって確認した。野生のイタドリの葉を2基の揮発装置とともに飼育下のシカに与え2MT2Tの臭気が採食行動を抑制するか自動撮影カメラによって記録したところ、計1,590回の採食行動に対し忌避反応とみなされた行動はわずかに4回であった。イタドリの葉は供試後15時間以内に食べ尽くされ、2MT2Tによる採食の抑制効果は認められなかった。野外の開放空間において揮発した2MT2Tによってシカの忌避行動を喚起するほど、さらには採食行動を抑制するほどの効果を期待することは難しいと考えられた。