抄録
伊豆大島1986年LA溶岩流は,流出直後の表面形態がよく保存され,噴火の推移等の詳細な観察記録が残されていることから,溶岩流の表面形態が何で決定されるかを論じるのに格好のフィールドとなりうる.しかしこれまで,その表面形態や形成メカニズムについてはほとんど論じられていない.さらに、レオロジー変化を通して溶岩流の形態に大きく影響すると考えられる結晶量については,流下に伴ってどう変化するかといった報告は伊豆大島に限らずほとんどない.そのような理由から,本研究ではLA 溶岩流の表面形態の記載,および石基組織の結晶度変化を調べ,その表面形態がどのように形成されたのかを検討した.LA 溶岩流(LA_I∼LA_IV_)は,いずれもアア溶岩に分類される.一般にアア溶岩流表層のクリンカーはスコリアシャスであるのに対し,LA 溶岩流のものは大部分が板状やブロック状で,赤色酸化した表面と緻密な破断面をもっていた.スコリアシャスなクリンカーは溶岩堤防の外側斜面やLA_II_の末端部に分布が限られており,LA 溶岩流は一般のものとは異なる表面形態の形成プロセスを経た可能性が考えられる.板状やブロック状のクリンカーの起源を探るため,それらの形状と分布位置の関係を調べた.その結果,流下距離の増加とともにクリンカーの長軸サイズが減少し(LA_II_;流下距離10m:約140cm,流下距離700m:約80cm),外形は球形に近づく傾向があることがわかった.これは,すでに冷え固まったクリンカーが斜面を転落するにつれて,次第に円磨されてサイズを減じるというプロセスが起きたことを示唆している.また,緻密およびスコリアシャスなクリンカーの分布境界は不明瞭で,両者の中間的な組織をもつものは認められないことから,両者の成因は異なると考えられる.以上のことから,LA 溶岩流表面のクリンカーの起源は溢流前に火口原で形成されたautobreccia であり,それが溶岩流上に乗って転落することで形状を変え,現在の表面形態を形成したと考えられる.
次に流下距離に対する石基の結晶度変化を調べたところ,斜長石,単斜輝石ともに流下距離に対して増加する傾向が見られた(LAII;流下距離10m:plag 32.5%,cpx 24.5%,流下距離700m:plag 35.5%,cpx 30.0%).仮に溢流時の温度と以後の冷却速度が同じなら,結晶成長が可能な時間も同じになるため,この結果を説明できない.そこで形状とサイズの違いをもとに,石基中の斜長石を火道中で晶出したと考えられるmicrophenocryst と噴出後に晶出したと考えられるmicrolite(Lipman et al.,1985)に分けて計測したところ,microphenocryst の結晶度は流下距離に対してほぼ一定かむしろ減少する傾向が見られ,結晶数密度や長軸の平均サイズでは顕著な傾向は見られなかった.それに対してmicrolite では結晶数密度の増加(LAII;流下距離10m:1.8×10-3 個/ μm2,流下距離700m:2.3×10-3 個/μm2と,結晶サイズの減少(LAII;流下距離10m:40μm,流下距離700m:30μm)が見られた.これらは,石基の結晶度が噴出後の熱履歴に支配されていることを意味する.過冷却度が高い場合,結晶数密度は増加し結晶サイズは小さくなる(Crisp et al.,1994)ことから,下流の溶岩ほどmicrolite核形成時の過冷却度が高かったと考えられる.核形成が溢流前の溶岩湖内で行われていたとすれば,この結果は流出前の溶岩湖表層における深さ方向の過冷却度変化に対応する.つまり,あとに溢流した溶岩ほど溶岩湖表面付近にさらされる時間が短く,高い過冷却度を短時間しか経験しなかったと考えられる.