抄録
エネルギー代謝に関わる甲状腺ホルモン (甲ホ) は, 全身のほぼあらゆる臓器が標的で, その過不足はさまざまな臓器に悪影響を与える。潜在性甲状腺機能異常とは, 血中甲ホ濃度が基準値内で甲状腺刺激ホルモン (TSH) 値が異常である場合をいい, 甲ホ濃度が当人にとっての正常域になく, 軽微な異常があることを示唆する。この程度のわずかな異常がどのような影響を与えるか, 治療の対象となるか否か, またどのぐらいの頻度で存在するかについて, これまで主に欧米から成績がだされている。それによると甲ホ不足 (潜在性甲状腺機能低下症) は, 脂質代謝, 循環器に悪影響があるとの成績は多く, TSH10μU/ml以上の場合は治療が妥当と考えられている。一方, 甲ホ過剰 (潜在性甲状腺機能亢進症) については, 不整脈や死亡率を検討し, 影響があったとの大規模研究がある。これらの頻度は, 一般住民で甲ホ不足, 甲ホ過剰それぞれ2~10, 0.2~3%と報告されている。この大半は潜在性のものであるが, 明らかな異常がありながら見逃されていたものも含まれている。甲ホ不足は年齢が高いほど, また甲ホ過剰は20代, 30代が多く, どちらも女性の方が頻度が高い。治療に関しては, 甲ホ過剰は専門家が関与せざるをえない点もあるが, 甲ホ不足の治療は簡単で, またどちらに使う薬剤も安価である。米国では, 中年以降の女性は, 甲ホ不足の頻度からみてTSHによるスクリーニングの必要性があるとされている。しかし臨床成績では甲ホ過剰で心合併症の起きやすいのは男性であるし, 若年者の甲ホの異常は成長, 学業, 仕事, 妊娠・出産に影響しかねない。このようなことからすると, 誰しもTSHでスクリーニングを受けるに越したことはないが, それができなくても甲状腺疾患の指標として有用な甲状腺腫の触診, 甲状腺機能異常を反映する肝機能や脂質代謝の変化に注意することは不可欠で, 疑われたらTSHの測定を行うべきである。