人の移動や交易を通して導入された多くの植物が地域生態系に影響を与えている。その由来に在来説と外来説のある落葉高木のアオイ科アオギリ属のアオギリは日本の暖温帯に分布する。本研究では豊後水道沿岸域におけるアオギリの出現遷移段階,植物利用,方言名を評価し,本種の分布への人為的影響を考察した。古地図,歴史資料,古老の証言,林分調査の結果によれば,従来原生林とされてきた愛媛県愛南町西海鹿島のアオギリ優占林は人為的撹乱を受けていた。その他のアオギリは特定の集落周辺の撹乱跡地に偏在していた。この結果は本種が遷移途上の林分に主に生育することを示唆した。対象地域内では,昭和中頃までアオギリの樹皮繊維に多くの用途があった。本種は高知県の人家浦,宮崎県の山地斜面に植栽されていた。九州と四国には「ヘラ」と「イサキ」というアオギリの共通の方言名があった。歴史資料によると,江戸後期に「ヘラ」と呼ばれたアオイ科シナノキ属樹種が九州から中国地方へ繊維採取用に導入されている。この事実と本研究結果は豊後水道沿岸域のアオギリは海路を通じた繊維利用文化の伝播に由来し,特定の集落周辺に現存しているという新たな仮説を想起させる。