2020 年 20 巻 12 号 p. 543-548
本稿では,特徴あるカイコ系統を利用した新規シルク素材の開発について2つの例を紹介する。従来の品種改良によって生み出されたカイコ系統「セリシンホープ」は,シルクを構成する接着タンパク質セリシンのみからなる薄い繭を作る。このセリシンホープの繭からは,フィルムや含水ゲルといった素材化が可能な高分子セリシンを得ることができる。化粧品素材や細胞培養基材,組織再生材料などへの利用展開が期待できる。遺伝子組換え技術を使えば,従来の品種改良では付与できない特徴をもつカイコ系統を作出できる。遺伝子組換え技術を用いて人工アミノ酸をタンパク質合成に利用できる能力を付与したカイコ系統を作出した。この系統はアジド基をもつ人工アミノ酸4-アジドフェニルアラニン(AzPhe)をタンパク質合成に利用でき,AzPheが導入されたフィブロイン「クリッカブルシルク」を産生する。クリッカブルシルク中のアジド基には,クリック反応によって選択的に機能分子を結合することができる。クリッカブルシルクを用いて光で細胞接着を制御できる培養基材を開発し,マウス繊維芽細胞を平面上にパターニングすることに成功した。