抄録
ベトナム北部Ninh-Binh省Tung Langの前期更新世とみられる洞窟堆積物からみつかっていたマカク頭骨を再検討した。この頭骨化石に関してはJouffroy(1959)がM.thibetanaやM. arctoidesに対比しうるとして記載しているが、その記述は漠然としたもので詳しい比較はなされていなかった。この頭骨標本はどこに保管されているのか長い間不明であったが、最近パリの自然史博物館のコレクションの中でギリシアのPikermiからみつかっている化石コロブス類であるMesopithecusの標本と混同されていたことがわかった。
今回この頭骨化石を詳しく計測・観察し、歯牙の形態や頭骨内外部の形状を現生マカク種と比較検討し、その系統的位置について再検討してみた。CTを用いて頭骨内部構造を調べてみたところ、この頭骨には上顎洞が存在することを確認した。これはこの頭骨化石がコロブス類ではなくマカク類であることを支持するものである。また歯牙の大きさは現生のM. thibetana、M. arctoides、M. nemestrina、M. assamensisなどの中間であり、どの種に近いかを特別に示唆していない。また頭骨の形状はM. thibetana、M. arctoidesなどの頭骨に見られるような眼窩前方の凹み(ストップ)が見られないことから、これらの種に特別類似しているということもない。
ベトナム北部は現生のマカク属数種が存在している地域であるが、前期更新世という時代に特別な種グループの特徴を示さないマカク頭骨が見つかっているという事実は、前期更新世の時点でM. thibetana、M. arctoides、M. nemestrina, M. assamensisなどの種分化が少なくとも頭骨の形態においては生じていなかった可能性を示唆する。