抄録
繁殖戦略のメカニズムを明らかにするには、繁殖のために消費するエネルギーのコストとその要因を考察する必要がある。食物や気温の季節変動が大きい環境に生息するニホンザルでは、食物が少なく、気温が低下する冬季を生き延びるために、秋に脂肪蓄積をする必要があるが、秋は交尾期でもあるため、採食のみに集中せずにエネルギーコストをかけて求愛・交尾を行っていると考えられる。また、繁殖可能な年数が長い霊長類のオスでは、年齢と社会的順位の変動、発情メスの頭数やメスによる選択によって、オスの交尾可能性が変動し、それに伴い求愛・交尾にかける時間コストが交尾戦術ごとに異なってくる。この時間コストの差がエネルギー消費にどの程度影響するかについては、霊長類では未検討である。
そこで野生ヤクシマザルのオスを対象に、交尾期の活動時間配分や交尾頻度などの行動データから消費エネルギーと摂取カロリーを算出し、比較を行った。1998年10月から12月の観察期間中、H群のオス5頭のうち第1位オスが第2位以下の劣位オスよりも発情メスへの追従や求愛、交尾などの独占的性行動のために費やす時間は長く、採食時間が短かったが、最も高い交尾成功を得ていた。第1位オスを独占型交尾戦術、その他を日和見型とし、両者の比較を行った。
敵対交渉を受けて逃避するエネルギーコストが日和見型で高く、一方で独占型は採食時間の減少にともなってエネルギー摂取量が減少し、両者とも移動にかけるエネルギーコストに差はないことが判明した。成長や生存にエネルギーを要するワカオスと老齢オスでは、可能性の低い交尾のためにはあまりエネルギーを費やさず、負傷の危険性がある敵対交渉にエネルギーを消費すると考えられる。また、交尾頻度が最も高かった独占型ではエネルギー摂取量を減らして交尾可能性を上げていると考えられる。これらの結果からニホンザルオスの交尾戦術について考察を行う。