抄録
一般に動物の出自分散は,コドモによる出生地から最初の繁殖地,あるいは潜在的な繁殖地への恒久的な移動を指す。しかし霊長類においては,こうした地理的分散とは別に血縁者や親しい個体から離れる社会的分散が注目されてきた。その理由のひとつに,社会的分散が起こっても地理的分散が起こらない,つまりコドモの社会的分散が慣れ親しんだ地域内で起こり,繁殖地への移動も繁殖群への移入も起こらない場合があることが挙げられる。また,霊長類では社会的分散が,親からは離れるが血縁者や親しい個体同士で,あるいは血縁者や親しい個体のいる群れへ分散する平行分散が注目を浴びている。本報告では,オス分散性のパタスモンキーにおいて観察された出自群の遊動域内でのオスグループへの平行分散について報告する。調査は2023年8~9月と2024年6~10月にガーナ・モレ国立公園南東端に生息する単雄複雌集団Motel群とオスグループ1群を対象に実施した。2023年は,前年に移出して出自不明の3.5歳1頭と一緒に2頭のオスグループを形成していたMotel群出自の同齢個体のもとに,Motel群出自の3.5歳オス2頭が移入しコドモオス4頭からなる安定したオスグループを形成した。2024年は,Motel群出自1頭がそのオスグループから移出したものの,1歳年下のMotel群出自の3.5歳オス1頭がオスグループに加入し,依然安定した4頭のオスグループを維持した。この間Motel群の遊動域の一部を利用していた。オスグループは出自群の遊動域内に留まっているため,採食場所の知識の喪失や捕食者からの捕食が増える地理的分散コストは払っていない。また,出自群が同じで,父系兄弟である可能性がある個体で,平行分散を繰り返すことで,社会的分散のコストであるStrangerからの攻撃や血縁者や親しい個体との同盟の喪失を最小限にしていると考えられた。