抄録
本稿の目的は、農薬の技術(薬剤と散布方法)の発展が、農薬と農業者との間の関係性にいかなる影響を与えたかについて考察し、現代において農薬について論じるときに何を念頭におくべきかを提示することである。そのために、技術哲学の枠組みを参照しながら、農薬についての倫理の実践がどのようにあるべきかを論じた後、フィールドワークによるインタビュー調査の結果について考察する。まず、考察の枠組みを確認するために、技術哲学で提唱されている「技術に同行する倫理学」という構想を参照して、個々の使用や設計の現場における倫理の実践、いわゆる「ボトムアップ型」の倫理の実践の重要性について論じる。ボトムアップ型の倫理の実践の具体例として、1970年代後半に福岡県で起こった減農薬運動について説明する。つぎに、戦後の日本の水稲作における農薬の技術の変遷について概観し、それが、薬剤の低毒化と散布方法の省力化という二つの方向性において発展してきたことを示す。その後、かつて減農薬運動に参加していた農業者を対象として実施したフィールドワークの調査結果を検討し、農薬技術における発展が、農薬と農業者との間の関係性の希薄化という派生的影響をもたらしたことを示す。最後に、以上の知見に基づいて、現代において、我々が農薬を論じるときに何に気をつけなければならないかを考察する。