1.序 暑中環境下で製造・施工されるコンクリートは,ワーカビリチーの低下,ひび割れの発生,長期強度の低下等,他の時期に施工されるコンクリートと比較すると種々の欠陥を生じやすいとされている。したがって,コンクリートエ事に関する各規準・仕様書,例えば,JASS 5では,暑中コンクリートの適用期間は日平均気温(日別平滑平年値)が25℃以上となる時期と定義し,また練り上がり温度の規定は30℃以下と定めている。ただし,この規定値を定めた背景,およびこの規定値を上回った場合の問題点は必ずしも明確にはされていない。このように暑中コンクリートに関する問題点と原因の相関が定量的に把握されていないため,結果として各規定に示された対策は定性的な記述にとどまっているのが現状である。暑中コンクリートの高品質化を達成するためには,まずその問題点を整理することが必要であるが,近年の暑中コンクリートに関する報告では,物性的には強度発現性状に関しては夏季補正等を行うことにより克服されており,ほとんど問題がなく,コンクリート表層部の劣化,特に初期ひび割れ発生が残された問題点であるとされている。ここでは,暑中環境下で打設される床スラブや壁部材等,薄板部材の初期ひび割れ発生に対する外気温の影響について,試験体内部の温度性状の観点から検討を行った。暑中環境下で打設されるコンクリート内部に生じる温度差は,乾燥収縮やブリージング等により生じる応力を助長し,ひび割れ発生の一要因となる可能性がある。特に暑中コンクリートは,「気温が高い」ということに端を発するため,直接これから影響を受けるコンクリート内部の温度性状と外気温の高低の相関を定量的に検討することは重要な課題である。すなわち,本研究は暑中環境とコンクリートに生じる初期ひび割れの関係に関する基礎的な研究として,試験体内部の温度分布および温度差について検討を行ったものである。実験はモルタル試験体を用いて,種々の環境下で打設された試験体内部の温度分布を打設後24時間まで測定し,外気温や練り上がり温度の高低が試験体内部の温度分布に及ぼす影響について検討を行った。なお,気温は打設から養生まで一定値が継続する環境下で検討を行っている。2. 実験概要 2. 1 試験体 実験に供したモルタル試験体の使用材料をTable 1,調合,練り上がり温度の目標値等をTable 2に示す。セメントは普通ポルトランドセメント,細骨材には海砂を用い,水セメント比は50%一定として実験を行った。なお,試験体の練り上がり温度の目標値は練り上がり温度に関するJASS 5の規定値30℃を基準として,規定値10℃の練り上がり温度,すなわち20℃,30℃,および40℃,の3種類とし,練り上がり後,直ちに打設を行った。各目標値を達成するために材料温度はあらかじめTable 2に示す各温度に調節して練り混ぜを行なった。2. 2 外気環境 本論文では,外気温を15℃,25℃および35℃の3種類(JASS 5 の規定値25℃を基準として±10℃)に設定して実験を行い,外気温の高低と試験体温度の関係について検討を行った。なお,ここでは外気環境の湿度は70%一定とした。2.3 測定項目 実験は,Table 2に示すモルタル試験体を用いて,打設後24時間までの試験体温度の経時変化および温度分布を測定し検討を行った。打設後の試験体の温度変化には,外的要因として(1)外気環境,すなわち気温,湿度および風速等,内的要因として,(2)セメントの水和熱(温度上昇要因)および(3)試験体表面からの水分蒸発による気化熱(温度下降要因)が影響すると考えられる。そこで上記の温度測定の試験と併せて,試験体の水和発熱速度および試験体表面からの水分蒸発量(説水量)の経時変化の測定を行ったらこれらの測定は前述の内的要因が試験体の温度性状に及ぼす影響の大きさを検討するために行なうものである。3. 実験結果および考察 3. 1水和発熱速度曲線 外気温が15, 25, 35℃の場合,本モルタル試験体の水和発熱速度曲線をFig. 3に示す。同図は温度測定用試験体中のセメント1g当たりの発熱量を示したものである。水和発熱速度は,外気温が高いほど最大値が大きく,かつ最大値に達する時間が短くなる。3. 2 水分蒸発による吸熱速度曲線試験体からの水分蒸発に関する実験結果の一例として,Fie. 4(a), (b)に練り上がり温度が20, 30および40℃の場合について25℃の環境下における測定結果を示す。吸熱速度は打設直後が最も大きく,打設後2時間程度で急激に減少し,以後緩やかに減少する傾向を示している。外気温が同じ場合,打設後1〜2時間までは練り上がり温度が高いほど吸熱量は大きくなる傾向を示した。なお,図では示していないが,外気温が低いほど吸熱量が大きくなっており,時間が経過するにしたがってほとんど吸熱速度の差は認められなくなる。3. 3 試験体温度の経時変化 3. 3. 1 外気温の影響Table 3に示す各外気環境下における試験体内部温度の経時変化をFig. 5(a)〜(c)に示す。同図(a)は練り上がり温度目標値が20℃の場合,同図(b),(c)はそれぞれ30℃, 40℃の場合について示したものである。各図において,試験体の内部温度は定性的には,打設後3時間程度で急激に外気温に漸近し,水和反応が加速期になると試験体温度は上昇し,外気温よりもかなり高い温度を示すようになる。さらに時間が経過すると試験体温度は外気温に漸近し,打設24時間以降は外気温とほぼ等しくなり,内部の温度差も小さくなる。なお,Fig. 5の各図から分かるように,試験体温度が外気温に収束するまでの時間は気温が高いほど早い。以上のように,外気温が試験体の温度変化に及ぼす影響は大きく,気温が高いほど,試験体は打設後短時間の内に急激な温度履歴を示すこととなる。3.3.2 練り上がり温度の影響 各環境下における試験体内部の経時変化を示したFig. 7から,練り上がり温度は加速期における水和発熱反応にはほとんど影響を与えず,試験体温度の極大値や極大値比達するまでの時間等は外気温の高低によって定まることが明らかとなった。3. 4 試験体内部の温度分布 3. 4. 1 外気温の影響試験体内部の温度分布の例として, Fig. 8(a)〜(c)は外気温が15℃, 25℃および35℃の場合の実験結果を示す。同図から明らかなように中心部から表層部に向かうにしたがって温度は低い値を示し,表層部ほど温度勾配が大きいことがわかる。また,試験体中心部と表層部との温度差の経時変化を示したFig. 9から,練り上がり温度が等しい場合,試験体中心部と表層部の温度差は外気温が高いほど初期の温度差は大きい傾向を示すことが明らかとなった。3. 4. 2 練り上がり温度の影響 練り上がり温度コントロールの効果を検討したFig. 10, Fig. 11は,試験体内部の温度差の観点からは特に暑中環境下ということで,練り上がり温度を著しく下げることの不要性を示すものである。試験体の練り上がり温度と外気温の差が小さいほど温度差の経時変化が緩やかであることを考え合わせると,練り上がり温度は外気温とほぼ同程度とすることが打設後の試験体内部の温度差低減には効果的であろう。ただし,練り上がり温度上昇によるワーカビリチーの低下を施工的に補うことが必要である。4. 結論 本研究は,暑中環境下で打設されるコンクリートの初期ひび割れについて,試験体の温度分布の観点から検討を行った。実験により,試験体の温度分布には外気温と練り上がり温度の関係,水和熱および水分蒸発による気化熱が大きく影響を与えることを明らかにした。本研究で得られた主な成果を以下に要約して示す。(1)外気温が試験体温度の経時変化に及ぼす影響は大きく,気温が高いほど,試験体は打設後短時間の内に急激な温度履歴を示すこととなる。また,試験体内部の温度分布に関しては,外気温が高いほど試験体内部の温度変化は急激である。(2)試験体内部においては,中心部から表層部に向かうに従って温度は急激に低くなり,表層部ほど勾配が大きくなる温度分布を示すことから,試験体断面においては試験体中心部よりも表層部付近において引張側の温度差ひずみの勾配が大きくなる。(3)打設後初期の試験体の温度には外気温と練り上がり温度の関係,水和反応による発熱および試験体からの水分蒸発による気化熱の3つの要因が主として影響を与える。(4)練り上がり温度は,試験体のひずみ能力が低下する時期の試験体内部の温度分布にはほとんど影響を与えない。練り上がり温度を著しく下げた場合,打設後初期において,試験体内部は急激な温度変化を示すこととなる。
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