中国語の一方言である上海語は広用式変調と窄用式変調という2 種類の変調(tone sandhi)を持つ。 前者は音韻的な声調拡張現象であることが一貫して主張されてきたが, 後者については2010 年代に入ってから複数の実験音韻論的研究が「音声的な弱化現象」と主張した。本研究では窄用式変調に関する上記の解釈が本当に妥当なのかを再検討する。先行研究の解釈に従うと 「持続時間が短くなるほどF0 の変動幅(上昇幅・下降幅)が小さくなること」が予想されるが, 音響音声学的データを分析するとこの2 つの要因の間に相関性がほとんど認められず, F0 がほぼ変動しないトークンの方が長い持続時間を持つ例が認められた。さらに, 特定の語彙で変動幅が小さくなる分布の偏りも観察された。以上の結果から, 上海語の窄用式変調は純粋な音声弱化現象ではなく水平声調(level tone)への音韻化が語彙拡散的に進行している「音声・音韻にまたがる複合的現象」であると本研究は結論づける。
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