企業における職務発明規定による発明者に対する金銭的な処遇について、平成16年改正特許法においては、使用者と従業者の協議状況や、対価の額の決定要因などが規定された。さらに、平成27年改正特許法においては、従業者は相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有することが規定された。
平成27年改正において、使用者等が従業者等に対してあらかじめ職務発明規程等により職務発明について特許を受ける権利を使用者等に帰属させる意思表示をしなければ、その特許を受ける権利は、従業者等に帰属する。なお、職務発明規定等がない場合、特許を受ける権利は、発生したとき(発明が生まれたとき)から従業者等に帰属することになる。このように規定されていることの趣旨は、大学や中小企業の一部などの中に、現行法における職務発明について特許を受ける権利を従業者等に帰属させることを希望する法人があることに対応するためである。
平成27年改正特許法において、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から使用者等に帰属するものとするとされている。また、平成27年改正特許法において、特許を受ける権利を使用者等に取得させたときは、従業者等は相当の金銭その他の経済上の利益の内容を受ける権利を有するものとするとされている。また、平成27年の特許法改正において、相当の金銭その他の経済上の利益の内容を決定するための手続に関する指針(ガイドライン)を定めるとされている。しかしながら、前記ガイドラインには経済上の利益の具体的な内容やその計算方法は記載されていない。
そこで、特許法における職務発明に関する規定の改正の経緯をまとめた。次に、企業内発明者の金銭的処遇として、出願時の支給金、登録時の支給金および実績時の支給金の検討を行った。さらに、裁判例における職務発明の相当対価の額の計算方法について分析した。
特許出願時の支給金については、特許出願ポイントを用いて計算する方法を提案した。特許出願ポイントは、基礎点と技術点で構成される。例えば、ある技術分野の出願に関しての基礎点は、国内特許出願、国内実用新案登録出願、国内意匠登録出願、米国への外国特許出願についてそれぞれ定めることができる。また、特許出願の技術点は、生産数×単価の予測の計算値、自己実施評価価値について定めることができる。特許を出願したことにより支給する出願支給金は、上記のように計算した特許出願ポイントに基づいて決定することができる。
さらに、出願支給金について、オプション価値を考慮する計算方法を提案した。特許の価値に関してオプション価値を考慮する計算方法は、特許の出願時に特許の価値を判断するとき、将来の不確実性を評価する1つの手段として適用することができると考える。ここで、割引キャッシュフロー法(DCF法)を用いて計算した現在価値とオプション価値を加算してはいない。両者をそれぞれランク分けし、それぞれのランクにポイントを付け、そのポイントを加算して特許の価値を評価している。その理由は、割引キャッシュフロー法(DCF法)を用いて計算した現在価値と、不確実性を評価するオプション価値とは、評価する価値の性質が異なると考えられるためである。
特許の登録時の支給金については、自己実施評価価値の得点と、他人実施評価価値の得点とを加算して求めることができる。
特許の実績支給金については、売上ポイント、利益ポイントを考慮して計算する方法を提案した。特許が登録になった後の一定の時点において、売上ポイントは、製品売上高、仮想実施料、発明者の貢献度、および各事業分野についての実施基礎数値を用いて計算することができる。各事業分野について、実施基礎数値を予め設定しておくことができる。
さらに、ライセンスに関する実績支給金の計算方法を提案した。特許が登録になった後の一定の時点において、ライセンス収入に関する相当の利益に対応する実施支給金は、ライセンス収入ポイントを計算することにより決定することができる。ライセンス収入ポイントは、ライセンス収入ポイント各事業分野について、ライセンス収入、および各事業分野についてのライセンス基礎数値を用いて計算することができる。各事業分野について、ライセンス基礎数値を予め設定しておくことができる。
最後に、裁判例における職務発明の相当対価の額の計算方法について分析した。裁判所は、職務発明の相当対価の額は、独占の利益を認定し、次に、発明者の貢献度を認定し、独占の利益に発明者の貢献度を乗じて算定している。これに対して、裁判所は、割引キャッシュフロー法は、特許権又は特許を受ける権利等の知的財産権を売買する際の当該特許権若しくは特許を受ける権利等の知的財産権の評価の手法としては優れたものと評価しているが、職務発明の相当対価の額の計算には採用していない。また、裁判所は、モンテカルロ・シュミレーションによる価額評価についても職務発明の相当対価の額の計算方法として評価していない。
裁判所が示したように、割引キャッシュフロー法は知的財産権を売買するときなどのにおいて知的財産権から将来発生する価値の評価方法として適用することができると考えられる。また、モンテカルロ・シュミレーションやリアルオプションも知的財産権から将来発生する価値の不確実性の評価方法として適用することができると考えられる。
企業内発明者のインセンティブを向上させ維持し、企業の技術イノベーションを促進するために、発明者に対する金銭的な処遇の検討が重要な一因であると考えられる。
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