旧日本軍が第2次世界大戦終了時までアジア太平洋地域で作製した「外邦図」のなかには、空中写真によって作製されたものがかなり含まれ、その多くは「空中写真要図」と称されている。本発表は、こうした空中写真へのアプローチにむけて東北大学・京都大学・大阪大学の「外邦図」所蔵目録および国土交通省国土地理院所蔵の『国外地図目録』、『国外地図一覧図』を利用して、空中写真によって作られたことが明らかな図群のリストを作製し、その図示範囲を検討する。 上記所蔵機関の各目録と空中写真要図群の関係をみてみると、ひとつの地図群が複数の目録に記載されている場合はむしろ少ない。京大や阪大が所蔵する図で、『国外地図目録』、『国外地図一覧図』に記載がない場合もある。さらにセット関係にある『国外地図目録』と『国外地図一覧図』の記載内容が一致しないと考えられる例もあり、現物との対比が求められる。 つぎに縮尺をみると、2.5万分の1から5万分の1が多く、空中写真から作製された図は、比較的大縮尺の図である。作製時期は第2次世界大戦中がほとんどであるが、それ以前のものもみとめられる。空中写真による外邦図の作製の開始は、1928年の山東出兵にともなう膠濟鉄道沿線の2.5万分の1と言われ、本目録でもこのことが明確である。第2次大戦(太平洋戦争)開始までの空中写真による地図作製は、中国地域を主体とするが、開始後は東南アジア・太平洋地域に大きく展開する。ただし旧オランダ領東インド(現インドネシア)主要部のように既成図が存在する場合にはこれを入手し、一部改変して印刷しており、空中写真による地図作製はそうした地域以外で広くおこなわれた。 今後はお茶の水女子大所蔵外邦図目録の完成を待ってさらに目録を整備するとともに、満州航空による空中写真撮影なども視野にいれていきたい。
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