Phos-tagは,中性の水溶液中においてリン酸モノエステルジアニオンを選択的に捕捉する機能性分子である.Phos-tagのリン酸モノエステルジアニオンに対する親和性は,生体中に存在する他のアニオン,たとえば,カルボン酸アニオンに対するそれよりも1万倍以上大きい.これまでに筆者らは,Phos-tagを基盤としたリン酸化プロテオミクスに有用な技術を開発し,実用化している.本稿では,これまでに実用化した主な3つの技術について概説する.1つめは,Phos-tagに親水性のクロマトグラフィー用担体を導入した誘導体(Phos-tagポリマービーズ)を用いてリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質を分離濃縮する技術,2つめはPhos-tagビオチンを用いて各種アレイ上に存在するリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質を検出する技術,3つ目はPhos-tagアクリルアミドを用いた電気泳動によってリン酸化タンパク質を分離検出する技術である.これらの3つの技術が,リン酸化プロテオミクス,ひいては生命科学研究に大きく貢献することを期待している.
リボソームはmRNAのコドンを読み取りタンパク質へと翻訳する分子マシーンである.近年,リボソームはタンパク質合成装置としての機能のみならず,リボソームへの結合因子や化学修飾を介して,翻訳制御にも積極的に関与することが報告されている.我々はこのような特殊なリボソームをプロテオームワイドに同定するために,質量分析法を用い,翻訳制御に関与しうる結合タンパク質とリン酸化部位を系統的に同定することに成功した.本稿では,遺伝子からタンパク質に翻訳されるまでの複数の制御レイヤーの全体像を俯瞰しつつ,我々が最近報告したリボソームのリン酸化を介した翻訳制御について紹介する.
タンパク質糖鎖修飾は広範に生じる翻訳後修飾の1つで,プロテオミクスにおける分析対象として黎明期より大規模分析のための技術開発が進められてきた.糖鎖は多様な構造をとるうえに不均一で,インタクトな糖ペプチド解析が困難なため,はじめに糖鎖付加部位の網羅的同定(付加位置マッピング)や特定の糖鎖構造モチーフ(例えばコアやルイス型のフコシル化,LacdiNAc(GalNAc-GlcNAc)など)のキャリアタンパク質の選択的大規模同定技術が開発された.これらの技術は,疾患型糖鎖モチーフのキャリア糖タンパク質をバイオマーカーとして利用するための探索に応用された.最近はこのような糖タンパク質,特に膜タンパク質を創薬標的ととらえ,これを探索,構造検証するために,部位特異的な糖鎖解析技術の開発が進められ,応用面でも注目されている.本総合論文では,グライコプロテオミクス解析技術について,筆者の取り組みを中心に概説する.
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