量子力学的系に関する観測命題全体の集合
LがBoole束を構成せず(orthomodular束),したがって,
Lの命題すべてに同時に真偽を,束(以下「束」は可補束を意味する)の関係を保持するように,決定することができないことは,よく知られている。しかしまた,任意の1つのオブザーバブル
Rに注目するならば,このオブザーバブルに関する観測命題全体の集合はBoole束を構成し,これらの命題全体には,同時に真偽を割り振る(2値準同形写像)ことができることも,よく知られている。したがって,系の任意の(純粋)状態
eに対して,あるオブザーバブル
R(preferred observable)を指定するならば,
Rに関する観測命題は真偽が確定していると見なすことができ,これらの観測命題に対する
eによる確率は,古典的確率として扱うことができ,したがって無知解釈を与えることができるようになると考えられている。
しかし,真偽確定とみなしうる命題の集合は,
eと
Rとの関係によっては,もっと大きくとることができる。こうした状況の下で,BubとCliftonは次の条件を満たすように真理値を与えることのできる
Lの極大部分束
D(
e,
R)は何か? という問題を設定した。
各真理値の付値は
D(
e,
R)上の2値準同形写像で定義され,かつ,
D(
e,
R)の互いに両立可能な命題の集合に対して
eによって定義される確率は
D(
e,
R)に対する互いに異なる可能な真理値付値の上の測度として表現できる。
このような問題設定のもとで,彼らはUniqueness Theoremを証明した(Bub and Clifton (1996))。この証明はBub(1997),4.3にもほとんどそのままの形で採録されている。
しかし,この証明において具体的な
D(
e,
R)の形を導くために設定された条件は,必要十分な条件にはなっておらず,また証明およびその結果を利用した解説は有限次元ヒルベルト空間を用いており,無限次元ヒルベルト空間におけるオブザーバブルについては,スペクトルを有限個の区間に分割して有限次元と同じように扱い,その後に区間の個数を無限大にする極限として処理されている。そのため,無限次元に特有に現れる状況は考慮されていない。したがって,(1)
D(
e,
R)を導くための必要十分条件を設定し,(2)この条件を無限次元ヒルベルト空間に適用したときにどのような状況が生じるかを数学的に厳密に調べることが望まれる。本稿では,このうち(2)に関連して,無限次元ヒルベルト空間において,オブザーバブル
Qが可算無限個の点スペクトルをもつ場合と,実数全体
Rを連続スペクトルとしてもつ場合について,量子力学的状態が与える確率を
Qの観測命題に対する真理値付値の上の測度として解釈しようとするときの問題点を検討する。以下において利用する数学の結果の多くは,数学者にとってよく知られている事柄なので,それらの証明は参考文献の該当個所を参照されたい。
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