チベット高原を源流とするアジア地域の世界的な大河、すなわち、ブラマプトラ河、エーヤワディー(イラワジ)河、タンルウィン(サルウィン)河、メコン河、及び長江は、アジア地域スケールでの水文循環、土砂運搬に伴う炭素等の物質循環において主要な役割を果たしている。これら大河川の中で水文・物質運搬の状況について最も未知なのが、ミャンマーのエーヤワディー河である。デルタ頂部から約60 km上流に位置するピー観測点において1966年-1996年(31年間)にミャンマー気象水文局が観測した流量及び土砂運搬量のデータを収集し集計すると共に、流量変動について分析した(Furuichi
et al., 2009)。
この間のピー観測点における年平均流量は 379 ± 47 x 10
9 m
3で、雨季(7月-10月)流量が年流量の71% を占める。年平均土砂運搬量は 325 ± 57 x 10
6 t/year、流域からの年平均比土砂流出量は 955 ± 166 t/km
2/yearである。
今回収集したデータに加えて複数の出典から既存データを収集し、上流から下流にかけて(カムティ、ザガイン、ニャウンウー、ピー、タヨクモー)の流量と流出量の変化を見たところ、流量は流域面積が大きくなるに従って増大するが、流出高(runoff)は雨量の少ない中央乾燥地(ニャウンウー)で最も小さくなることが分かった。
一方、エーヤワディー河の流量については約100年前の19世紀後半にピー観測点近傍で観測されたデータが残されており(Gordon, 1885)、今回収集されたデータとの比較が可能である。Gordon(1885)のデータは、最近 Robinson
et al.(2007)により検証され補正されており、今回の比較ではその補正値を用いた。統計的に比較したところ、年流量と最大月平均流量(8月)はこの約100年の間に減少したことが示された。最少月平均流量(2月)については、この間に変化があったとは言えないという結果を得たが、現代の流域環境データとしての扱いではデータ最後年の1996年以降の灌漑農業開発等の影響は加味されていない結果であることに留意が必要である。なお、土砂運搬量については100年前のデータが十分ではないため、比較は不可能であった。水収支の概念からは、この100年間の流量減少の主要因は雨量減少であると考察できる。
1966年-1996年における今回得られた流量データ(月平均値からの偏差)と
エルニーニョ
・
南方振動
指標として広く用いられている気候データ(南方振動指数:SOI、エルニーニョ監視海域における月平均海面水温監視指数:NINO.3)との相関を分析したところ、乾季月(1-4月)では有意な相関が見られないものの、全ての月では両指数とも有意な相関が見られ、また雨季月(7-10月)と遷移月(5-6月と11-12月)ではどちらか一方の指数で有意な相関が見られた。エーヤワディー河の流量が熱帯地域の大気候システムに一定の影響を受けていることを示している。
文献
Furuichi T, Zaw Win, Wasson RJ. 2009. Discharge and suspended sediment transport in the Ayeyarwady River, Myanmar: Centennial and decadal changes.
Hydrological Processes 23: 1631-1641.
Gordon R. 1885. The Irawadi river.
Royal Geographical Society (London) Proceedings (New Series) 7: 292–331.
Robinson RAJ, Bird MI, Nay Win Oo, Hoey TB, Maung Maung Aye, Higgitt DL, Lu XX, Aung Swe, Tin Tun, Swe Lhaing Win. 2007. The Irrawaddy river sediment flux to the Indian Ocean: the original nineteenth-century data revisited.
The Journal of Geology 115: 629–640.
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