【目的】跳躍動作はスポーツ場面でパフォーマンスを左右する重要な動作である。実際の競技では相手をかわしながらの跳躍や方向転換の要素を多分に含み、その能力が競技成績を左右する。筆者らは第41回全国理学療法士学術大会において、股関節屈曲筋力と跳躍動作に関連性があることを報告したが、対象とした跳躍動作には方向転換の要素を含んでいなかった。また股関節周囲筋力と方向転換の要素を含んだ跳躍動作との関連性を検討したものも見当たらない。そこで今回の研究の目的は、股関節屈伸筋力と方向転換の要素を含む跳躍動作との関連性を検討することである。
【方法】 対象は、整形外科的疾患を有しない健常大学生21名(男性14名、女性7名、身長166.0±8.9cm、体重63.3±9.9kg、平均年齢21.7±1.6歳)とした。各被験者に対して等速性股関節屈伸筋力測定および片脚ジャンプテストを実施した。測定下肢はボールをよく蹴る側の下肢とした。筋力測定にはBIODEX(SAKAI med製;BDX-4)を用いた。測定肢位は背臥位とし、測定する角速度は180、300deg/secの2条件で行った。各角速度で3回測定した上で、股関節屈曲および伸展ピークトルクを体重で除してトルク体重比として算出した。ジャンプテストの種類は「8の字走行」、「階段昇降」、「反復横跳び」の3種目とした。「8の字走行」では、5m間隔におかれた二つの棒の周りを片脚跳びで8の字を描いて2周する時間を記録した。「段差昇降」は20cmの段差を昇りは前方へ、降りは後方へ向きを変えることなく10回往復を反復して片脚で昇降するタイムとした。「反復横跳び」は30cm間隔に引かれた二本の線を片脚で左右方向に10回往復して飛び越える時間とした。統計処理はSPSSver15(Windows)を使用して3種目のテストの測定値と股関節屈曲および伸展トルク体重比との間の相関をPearsonの相関係数を用いて検討し、有意水準は5%とした。
【説明と同意】全対象者に対してヘルシンキ宣言に基づき、事前に本研究の目的と方法を説明し、研究協力の同意を得た。
【結果】角速度180deg/secでの伸展筋力と反復横跳びとの間には有意な相関関係を認めなかった(r=-0.41、P=0.06)。それ以外ではすべてにおいて有意な負の相関関係を認めた。結果は以下の通り。8の字走行:屈曲180deg/sec(r=-0.85)、伸展180deg/sec(r=-0.52)、屈曲300deg/sec(r=-0.65)、伸展300deg/sec(r=-0.74)。階段昇降:屈曲180deg/sec(r=-0.70)、伸展180deg/sec(r=-0.47)、屈曲300deg/sec(r=-0.61)、伸展300deg/sec(r=-0.51)。反復横跳び:屈曲180deg/sec(r=-0.75)、屈曲300deg/sec(r=-0.54)、伸展300deg/sec(r=-0.56)。
【考察】股関節屈曲筋力と方向転換の要素を含む3種類のジャンプテストとの間の全てに有意な関連性が認められた。筆者らは以前に方向転換の要素のない跳躍動作と股関節屈曲筋力との間に関連性があることを報告した。また今回の3種目のテストは膝周囲筋力との関連性は低いと伊藤らが報告していることから、筆者らの研究と統合して考えて方向転換の要素の有無に関わらず跳躍動作は股関節屈曲筋力との関連性の高い動作と示唆される。特に8の字走行と股関節屈曲筋力および伸展筋力はそれぞれ3種目の中で最も高い関連性を示した。8の字走行の特徴は短距離の加速と速度を落とさない方向転換能力が重要であると考えられる。吉田らは30mスプリントと股関節屈曲筋力に高い相関があると報告している。また、Dean RSは股関節屈曲筋力の増加によりシャトルランのタイムが向上することを報告している。馬場らは短距離走の着床時に大殿筋の活動が高まり、その後のキック時の力原になると報告している。これらの先行研究から股関節屈伸筋力は振り出し能力やキック時の力原、着地の姿勢制御に関連すると推測される。今回8の字走も短距離走同様に加速が重要であり、かつ方向転換時の姿勢制御が重要であることから股関節屈伸筋力と高い関連性を示したと考えられる。角速度300deg/secの股関節伸展筋力と階段昇降および反復横とびの間に関連性を認めた。2種類のジャンプテストは着地後に運動方向が正反対になることを繰り返す。短時間に方向転換の要素を含む着床を繰り返すため、ジャンプスピード以上に着地時の姿勢制御の戦略が重要になり、より早い速度での股関節伸展筋力と関連性が認められたものと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】今回の研究から跳躍動作は方向転換の有無に関わらず股関節屈曲筋力との関連性が高い動作であることが示唆された。股関節屈曲筋力を高める運動療法を提供することでスポーツ場面でのトレーニングや障害予防などに応用できると考えられる。
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