人工
知能
の研究は,人間の知的な行動を人工的に(計算機上で)実現しようという試みから始まっている.ここで問題となるのは「
知能
」とは何かが定義されていないことである.その結果,問題解決に必要な情報である知識や
知能
をうまく扱うような技術が確立すると,はじめは人工
知能
の研究であったはずのものが,他の研究領域として確立し,人工
知能
研究から独立していってしまう.
人工
知能
研究が開始された頃には,このことは明確には理解されていなかった.人間の
知能
の本質を明らかにしようという人工
知能
(AI)の立場と,人間の
知能
の性質を明らかにした上で,その能力をコンピュータ利用によって高めようという
知能
増幅器(Intelligence Amplifier; IA)のせめぎあいの中で研究開発が進展していくところが人工
知能
の非常に興味深い性質である.したがって,AIの研究の中で,役に立ちそうなところがIAになり,それが成功を収めると独立した研究分野になっていき,人工
知能
とは思われなくなる.さらに,具体的な応用例で失敗が続く,もしくは,思ったような成果が出ないとなるとブームが去るというサイクルが繰り返される.
最近の人工
知能
研究は,認識論(Epistemology),存在論(Ontology),進化論,エージェント社会論の観点から整理することが可能である.認識論の立場からは深層学習を含む機械学習の方法が得られ,存在論の立場からは,webサイエンスや検索・情報推薦の方法が得られる.進化論の立場から,制約の少ない汎用の最適化手法・探索手法が得られ,エージェント社会論の観点から,エージェント・ベース・モデリングの方法が得られる.
エージェント・ベース・モデリングの特徴は,i)ミクロ的な観点においてエージェントが(個別の)内部状態をもち,自律的に行動・適応し,情報交換と問題解決に携わる点,ii)その結果として対象システムのマクロ的な性質が創発する点,iii)エージェントとエージェントを囲む環境とがミクロ・マクロリンクを形成し,互いに影響を及ぼしあいながら,システムの状態が変化していく点にある.この特性により,実験が不可能な社会・経済現象に関する知見が得られる.この分析には,統計物理の手法が利用されることもある.
物理学と人工
知能
のアプローチは少し異なる.物理学では,自然を観測し,現象を計測することで,できるだけ簡潔かつ一般性の高い理論を導こうとする.これに対して,人工
知能
では,人間を観測し,その知的行動の原理を示す理論を導くと同時に,工学的・社会的問題を対象に,問題解決に導くシステムをデザインしようとする.
その一方,Laughlinが著した『物理学の未来』(A Different Universe ―Reinventing Physics from the Bottom Down ―, Basic Books, 2005)においては,物理現象の「創発的性質」に焦点が当てられており,この考え方は,人工
知能
研究,特に,エージェント・ベース・モデリングの方法論に関連が深い.この点において,今後,物理学と人工
知能
の両分野が融合して新たな学問領域が創発する可能性があると考える.
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