【はじめに、目的】
ヒトの二足歩行において,全身の
角運動量
の総和(WBAM)を少なく保つことは安定性の維持において重要な課題である.これまでの研究から,WBAMは歩行において中枢神経系が協調的に制御する変数であり,力学的安定条件の違い(両脚支持と単脚支持)において協調性に違いがあることが示されている.この協調性の相違は,各セグメントの各運動量(SAM)が適切な相殺関係をどのように制御しているかを明らかにしたが,その歩行速度依存的変化は明らかとなっていない.そこで本研究は,WBAMを構成するSAMの協調性が速度依存的な変化を明らかにすることを目的として行った.
【方法】
10名の健常成人(女性5名,男性5名)を対象とした.快適歩行速度を100%(100%PGS; Preferred Gait Speed)とし60%,80%,120%,140%の5条件の速度での歩行をランダム化して実施した.計測には三次元動作解析装置(VICON社製,100Hz)を使用し,歩行開始2分後の1分間を計測の対象とした.39個の赤外線反射マーカの座標データから15セグメントの剛体リンクモデルを作成し,各セグメントの重心と身体重心の相対距離,相対速度による
角運動量と各セグメントの角速度と慣性テンソルを用いた角運動量
の和としてSAMを矢状面・前額面・水平面の各基準面ごとに算出し,その全セグメントの合計をWBAMとした.SAMの行列に対して主成分分析を行い,5つの主成分とその時間変化を求めた.次に,各主成分の協調性を明らかにするためにUCM解析を実施した.5つの主成分を用いてヤコビ行列Jを求め,Jのベクトル上の分散から”悪い変動”(V
ORT)を,Jに直交する4つのベクトル上の分散から”良い変動”(V
UCM)を算出した.また,協調性の指標として⊿V
zを求めた.速度条件に対して,反復測定一元配置分散分析を実施し,各歩行速度条件における両脚支持相と単脚支持相の差に対して,対応のあるt検定を実施した.有意水準は全て5%とした.全てのデータ解析にはMATLAB2017bを使用した.
【結果】
歩行速度ごとの比較では,VUCM,VORT,⊿Vzのいずれにおいても速度依存的な有意差を示さず,⊿Vzはほぼ全て正の値を示した.相の比較では,矢状面,水平面に有意差を認めなかったが,前額面においてのみ両脚支持相での⊿Vzの値が速い歩行速度条件で有意に低かった(140%PGS;DS 0.08 ± 0.13, SW 0.22± 0.12 ).また,他の歩行速度条件では⊿Vzの値は有意差を認めなかったものの,VUCM,VORTにおいては両脚支持相での値が有意に低かった.
【考察】
結果から,歩行における全身の
角運動量
の調整は,歩行速度が変化しても協調的な振る舞いによって維持されていることが示唆された.また,速い歩行速度では両脚支持相での前額面の
角運動量
調整は協調性が大きくなくとも安定性が維持できる可能性を示した.
【結論】
ヒトの歩行は,全身の
角運動量
の関係性を協調的に調整する事が可能であり,速度変化に対する頑健な安定性を有することを示した.
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に則り実施し,埼玉県立大学倫理審査委員会の承認を得た(承認番号:291026).また,対象者には十分な説明と同意を得て実施した.
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