咀嚼音は食品の「おいしさ」を構成する重要な要素の一つであり,その詳細な特性を理解することは,「おいしさ」や「幸福感」の発生を理解する上で重要である. 本研究は, 食品の咀嚼音のみを呈示した場合に感じる ,音色評価や感情評価を明らかにすることを目的として実施した. 被験者は森永製菓 (株) の従業員25名とし, 冷菓類,菓子類, その他の食品カテゴリーから22品の録音された咀嚼音のみを呈示して音色と感情の評価を行った. 評価にはSD法を用い, 音色評価には13尺度, 感情評価にはラッセルの円環モデルに基づく4尺度を使用した. 研究の結果,音色評価は「かたい・割れた」⇔「ぼんやりした・弱々しい」を表す第1主成分で83.7 %が説明され,感情評価は「やる気が出る・覚醒する」⇔「落ち込む・沈静する」を表す第1主成分で79.9 %が説明された. 音色評価と感情評価の第1主成分得点間には高い相関性が認められた (r = 0.984) . 音色評価の主成分得点を用いたクラスター分析の結果, 今回呈示した咀嚼音は高覚醒,準覚醒, 準沈静, 高沈静の4クラスターに分類され, 金属的でかたい音は「やる気や覚醒感」を与え, 弱々しくぼんやりとした音は「落ち込みや沈静感」を与えると考えられた. また, 咀嚼音のスペクトログラムの分析から, 金属的でかたい音は高周波数帯域の音圧レベルが高い音が短時間に発生する一方, 弱々しい音は低周波数帯域の音圧レベルが低い音が持続的に発生することが確認された. この研究は,食品の咀嚼音が感情に与える影響の科学的な解明が, 将来的にはより嗜好性の高い食品の開発に寄与する可能性を示している.