2018 年 18 巻 10 号 p. 483-489
伝統的な日本の絵画は,絹や紙などを基底材とし,顔料が表面を覆われずに膠で接着されているなど,脆弱な材料で構成されている。従来の修理技術者はこれらを経験と勘を元に選択した伝統的な材料と手法で処置してきている。本報告では,伝統的接着剤の一つで,可逆性のある接着剤の特性解析について最初に報告する。「古糊」と呼ばれ,それぞれの修理工房で10年程度保存することで調製されるこの接着剤は,高い柔軟性や再剥離性,カビが生えにくいなどの特徴的な性質を持っている。近年の研究では,この化学的性質と生成機構について明らかにし,この結果に基づいて古糊様多糖の調製に成功した。一方,第二次大戦後にポリビニルアルコールやアクリル樹脂などの合成樹脂が剥落止め材料として日本絵画の修復に広く使用されていた。これらのうちいくつかの事例において,PVAが劣化し,絵画上から除去不可能な状態に変質している場合がある。本報告では,PVA分解酵素を使用することで,劣化したPVAの除去が可能になったことについても報告する。このように,この分野における科学的なアプローチは伝統的な手法だけでなく近年の事例も含めて遂行され,絵画の修復に役立てられている。