2022 年 22 巻 8 号 p. 397-402
乾性油が多用される文化財として油彩画がある。本著者は,絵画などに使用されている色材の同定するための分析を行ってきた。文化財の保存という観点のもと修復前の状態を確認する機会が多く,色材以外の固着剤部分の劣化が多数を占めた。油絵具中の乾性油が固化すると強固な膜が形成されるが,それでも経年的な変化や劣化で亀裂や剥離,膨張などが起こる。乾性油は,空気中の酸素の酸化によって高分子化が起こり,固化するという現象は周知のとおりである。空気中で,油絵具に使用するための乾性油の抽出や精製が行われ,その中で,光に晒す工程がある。絵具中の固化過程の変化においても光に晒すことで固化途中の乾性油に起こった黄変を透明にするという技法がある。絵具として使用するには乾性油単体では固化するまでに時間がかかるため,金属塩を溶剤に溶解した乾燥促進剤を添加する。有色の乾燥促進剤もあり,固化後は,顔料の色調に影響を及ぼさないという点に意外性がある。先に述べた劣化の原因に固化膜内部での金属石鹸の生成があるとされている。油彩画に起こった劣化の現状とその原因究明のためにモデル絵具の作成をしながら,実物の油彩画試料との一致を目指している。比較的最近の分析化学的研究の既報を交え研究動向を紹介する。