地理学論集
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94 巻, 1 号
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研究ノート
  • 中山 穂孝, 尾崎 瑞穂
    原稿種別: 研究ノート
    2019 年 94 巻 1 号 p. 1-10
    発行日: 2019/01/29
    公開日: 2019/04/30
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,和歌山県新宮市を事例に,地域の歴史文化にまつわる観光資源の特徴とその活用方法,及び課題などを,観光に関わる人々への聞き取り調査と,観光施設・観光客へのアンケート調査等によって明らかにし,新しい観光の可能性について考察することにある。

     日本のマスツーリズムは高度経済成長期に拡大したが,その後,マスツーリズムへの反省からニューツーリズムが生まれ,1990 年代以降徐々に拡大している。このニューツーリズムの中に,本稿で取り上げる文化観光がある。文化観光とは,日本の歴史,伝統といった文化的な要素に対する知的欲求を満たすことを目的とする観光形態をさし,本稿の事例地である和歌山県新宮市はこの文化観光を官民により実践している都市である。新宮市には,文化観光の振興に資する歴史文化的な観光資源が豊富である。しかし,これらの観光資源の中には,大逆事件など地域の暗い歴史に関するものもあり,他の観光地では必ずしも観光資源として捉えられていないものも多い。本稿では,こうした観光資源の活用方法に注目する。

     具体的には,西村記念館や佐藤春夫記念館,中上健次資料収集室といった施設の管理担当者への聞き取り調査と,これら施設を訪問した観光客へのアンケート調査を実施し,新宮市に縁のある文化人の作品などを通じて新宮市や熊野地域の歴史文化を学ぼうとする観光客が一定数訪れていることがわかった。また,大逆事件などの暗い過去についても,その歴史を検証することにより,観光資源として活用していこうとする地域の実践があることも明らかになった。これらの観光資源との関係で,講演会や学習ツアー,あるいは観光者自身によるフィールドワークなども企画されており,新しい文化観光の形態を創出している。

     一方,いくつかの問題点も指摘できる。新宮市の観光に関わる多くの人は,新宮市民が地域の歴史文化により興味を持つことが重要であり,学校や家庭,地域における若い世代への教育を充実させる必要性を指摘している。市民が新宮市の持つ歴史文化的な魅力に気付かないことには,観光客にもその魅力を広めることは難しいという認識は共通している。文化観光という新しい観光形態と地域の歴史文化の教育・伝承をいかにリンクさせるかが,今後の課題となるであろう。

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