私は2010年早春から晩夏の期間に「法人企業統計(季報)」個表の利用を許可され,かねてより企図・計画していた一連の研究を実施した.「法人企業統計季報」の個表の検討から導かれる結論は,今日も支配的な「通念」とは多くの点で大きく異なる.本論文は,その成果の一部である.
Banks “were the only game in town" (Hoshi and Kashyap, 2001, p.310).高度成長期の日本を念頭に置いたこの表現に象徴される見方が,「バブル」崩壊後の「失われた20年」とも評される時期を経た現時点でも日本経済に関する「通説」「通念」として「支配的地位」を占め続けている.とりわけ中小企業は,今日もこの状況下にあるから,「中小企業の資金調達」イコール「金融機関の中小企業向け融資(中小企業金融)」であるとされる.だからこそ「バブル崩壊」後の「失われた20年」の期間を通じて「中小企業向けの貸し渋り」対策が最重要政策の1つであった.
手段の多様性,対象範囲の広さと対象企業の多さ,政策規模や投入資金・資源の量などの点で,長期間にわたって日本は世界に冠たる中小企業政策大国である.しかし,「政策」の基盤・大前提であるこの見方の妥当性は未確認である.漠然とした曖昧な「通説」「通念」に支えられ,政府(担当部局の中小企業庁・経済産業省)は説得的な論拠・証拠に基づくことなく政策判断・意思決定・政策評価を実行してきた.中小企業を含む日本企業の資金調達の実態を知るうえでほとんど唯一のバランスの取れた統計であり有力かつ有効な情報源である「法人企業統計」は,この基盤・大前提が実態からはなはだしく乖離した「神話」であることを含め,多くのことをわれわれに教える.日本の中小企業政策は,その基盤の妥当性を含め,全面的に見直す必要がある.
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