経済学論集
Online ISSN : 2434-4192
Print ISSN : 0022-9768
81 巻, 4 号
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論文
  • ─ 生産性向上と有効需要創出に関する内生モデルの検討 ─
    藤田 康範, 藤本 隆宏
    2017 年 81 巻 4 号 p. 2-20
    発行日: 2017/03/01
    公開日: 2022/01/25
    ジャーナル フリー

     本稿では,藤本(2017)が戦後の日本の中小中堅製造業の実態観察に基づいて提起した「現場指向企業」の経済モデルを出発点とし,現場指向企業のうち,生産性向上にも有効需要創出にも能動的に取り組む「積極的現場指向企業」の諸特性を分析する.

     ここで広義のものづくりの現場(以下「現場」)とは,工場,開発拠点,サービス拠点,店舗など,付加価値が生まれ流れる場所を指し,「現場指向企業(genba-oriented firm)」とは,現場が持つ能力構築能力や存続の意志を重視するゆえに,企業としての目標マークアップ率の確保と,地域の一部である現場の雇用量維持という2つの目標を持つ企業である.そして「積極的現場指向企業(active genba-oriented firm)」とは,現場指向企業のうち,上記の2目標を同時達成するために,能力構築による生産性向上とマーケティングや製品開発による需要創造の両方を積極的に行う企業を指す.こうした現場指向企業の理念型は,戦後日本の中小中堅企業に関する筆者らの長期的観察により導出されたものである.

     藤本(2017)は,こうした現場指向企業の行動パターンを描写するために,製品市場および労働市場における財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N)を4軸とする「PXNWモデル」を提示した.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理),右下がりの需要曲線(独占的競争),リカード型労働投入係数を介した線形の必要労働力曲線と線形の賃金・費用曲線を前提とする,古典派経済学的・スラッファ的なモデルである(Sraffa 1960).

     藤本(2017)はこのモデルを用いて,「現場指向企業が,一定のマークアップ率と目標雇用数を維持しつつ実質賃金の向上を実現するためには,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行う必要がある」ということを示したが,このモデルにおいては,生産性向上努力と有効需要創出努力は企業の主体性に基づく外生変数であり,したがって,「積極的現場指向企業」と「消極的現場指向企業」の区別についても,生産性向上努力と有効需要創出努力の多寡を指摘するにとどまっていた.

     そこで本稿では,上記のPXNWモデルを改変し,生産性向上努力と有効需要創出努力を内生化する.具体的には,「積極的現場指向企業は消極的現場指向企業に比べ,利益を有効需要創出や生産性向上のための投資に振り向ける傾向が大きい」という定型的事実に着目し,藤本(2017)では捨象されていた「有効需要創造のための費用」を明示化するとともに,同じく藤本(2017)で外生変数とされていた「マークアップ率の水準」を内生化する方向にPXNWモデルを改変し,現場指向企業によって生産性向上と有効需要創造が同時に行われる条件,すなわち,「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する.

     この内生化モデルにより新たに得られる主な知見は以下の通りである.(1)「生産数量の増加に伴って賃金率が低下する」という賃金逓減的な状況においては,グローバル競争の激化に伴って,①「労働生産性弾力性がやや高いが一定値以下」という賃金体系の下では積極的現場指向企業が出現し,②「労働生産性弾力性が極端に高い賃金体系の下では一転して消極的現場指向企業が出現する.(2)生産増加に従って賃金率が低下するがそのような賃金逓減の程度が小さい状況,「生産増加に従って賃金率が変わらない」という賃金一定の状況,あるいは,「生産増加に従って賃金率が上昇する」という賃金逓増的な状況においては,積極的現場指向企業は出現しないが,①労働生産性弾力性の非常に低い賃金体系の下では,「生産性は向上するが有効需要創造努力は減少する」という準積極的現場指向企業が出現し,②労働生産性弾力性がやや低いが一定値以上という賃金体系の下では,「生産性は悪化するが有効需要創造努力が増加する」という準積極的現場指向企業が出現する.

     まず第1節で背景と目的を説明し,第2節では原型のPXNWモデルの概要を示し,マークアップ率と雇用数の目標を同時達成しつつ賃金水準を高めるための必要条件を示す.第2節ではさらに,需要創造努力とマークアップ率の水準を内生変数化した本稿のモデルを提示し,続く第3節では,グローバル競争の激化が生産性と有効需要創造に与える影響を明らかにし,その上で「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する.最後に第4節で,本研究の結論を要約し展望を述べる.

論壇
  • ─ 小幡道昭氏の『批判』三書をめぐって ─
    江原 慶
    2017 年 81 巻 4 号 p. 21-40
    発行日: 2017/03/01
    公開日: 2022/01/25
    ジャーナル フリー

    本稿では,小幡道昭氏の『マルクス経済学方法論批判』(御茶の水書房,2012年),『価値論批判』(弘文堂,2013年),『労働市場と景気循環─恐慌論批判─』(東京大学出版会,2014年)の3冊を,ひとまとまりの研究成果として通観し,そこで遂行されているマルクス経済学の変革の方向性を捉える.そのためにまず,『資本論』の理論体系から区別された固有の意味でのマルクス経済学の成立を,宇野弘蔵の発展段階論に求め,それは資本主義社会を総体として分析する総合社会科学としての意義を担っていたことを確認した.その上で,小幡氏の『批判』三書が,宇野の歴史的発展段階論の限界を見据えた全面的な改革プロジェクトであり,それは総合社会科学としてのマルクス経済学の再建への礎石となるとした.ただしそのためには,(1)景気循環の変容の理論化,(2)外的条件と歴史的・制度的要因とを峻別した上での原理論の再構築,(3)資本主義の歴史的多様性を再解釈するための歴史理論の再構成など,残された課題は多い.厖大な先行研究を十分吟味しつつ,マルクス経済学の理論・実証研究を一層推進していく必要がある.

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