蘚苔・地衣類はその植物体の構造上,微気象などの外界の影響を受け易く,僅かな環境の変化がその生育に影響するところが大きいといえる.それらの環境の変化に対応させて,蘚苔類の胞子が定着できる確率をシミュレーションモデルを用いて測定したHERBEN & SÖDERSTRÖM
1)は,環境の変動の増加が個体の生育にポジティブな影響を与えていると述べている.また,GREVEN
2)はオランダにおける蘚苔フロラの約30年間の変化を観察し,その変化がpHや栄養条件および生育基物の種類に影響を受けているということを確認し,都市化による環境変動が蘚苔類の生育に大きな影響を与えているとしている.小池・矢沢
7)は基物としての樹種による着生量の違いや,ある樹種に対して特異的に着生する蘚苔類を見いだしており,基物としての樹皮の形態や化学性が影響している可能性を指摘している.以上のことからも,環境条件が蘚苔類や地衣類の生育にさまざまな影響を与えていると考えられるが,それら環境要因の中でも蘚苔類や地衣類の胞子が定着し発芽するためには水分や気温の条件が重要な要因となるといわれている
4,5)
しかしながら樹幹着生蘚苔・地衣類の生育に直接影響している着生基物の物理性などの環境条件については基礎的な研究・調査報告が少ない.そこで著者らは今回の研究で,樹幹下部における着生蘚苔・地衣類の分布と基物や周辺の環境,特に樹皮の状態や光条件などとの関係を調査し,環境条件が着生蘚苔・地衣類に与えている影響を把握してみた.
樹幹着生蘚苔・地衣類は一般に出現し易い方位があり,光量や湿度条件が影響しているといわれているが
7),今回の調査でも北西および北東方向に比較的高い被度値が確認された.しかしながら平均種数では大差なく,うっぺいしたスギ純林での着生に対する方向性は余り強く示されないことが確認された.ITOW & NAKANISHI
17)は,岩上コケ群落における環境とフロラ多様性および植生多様性との関係を調査し,基物としての岩の表面積が大きいほど生育する植物にとって多様な生育環境を提供し,その結果群落のフロラおよび植生の多様性も増加する傾向にあることを述べている.同様なことが樹幹の場合にも言うことができ,胸高直径が大きくなるにつれ,生育面積が増加し,さまざまな環境条件が変化する.つまり,各対象木の胸高直径の増加によって種組成が豊富になり,結果として植被率も増加することが確認された.スギは生育に伴って樹皮の表面が割れ,粗く変化してくる木が多くなる.この樹皮の粗さ(粗度)が着生し易い条件となっていると考えられ,植被率および種数に影響を与えている可能性を検討した結果,明らかに樹皮が粗いほど植被率および出現種数が高くなる傾向を示した.さらに,樹皮表面の凹凸と着生との関係を確認するために,胸高直径90cm以上の対象木において5×20cm
2の小コドラートを設置し観察したところ,凹部の内側には
Leucobryum juniperoideumや
Dicranodontium denudatumなどの大型で優占度の高い種が多く着生していることが確認された.つまり,胸高直径が大きくなるに伴い樹皮が粗くなり凹部が拡大し,大型で立つ植物の着生し易い立地が増加するといえる.このことから,着生基物である樹皮の粗度が増せば,胞子などの定着に適した状態となることや保水力が増加することで着生植物の生育に関与する湿度条件が良好になるということが考えられ,そのような好条件を備えた基物は着生植物には良好な生育立地であると考えられる.
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