本研究はアジアに分布するトリカブ卜属の分類学的研究の一環として, 大ヒマラヤ東部に固有な
Aconitum nagarum S
TAPFとその近縁種を対象として研究を行った.
A.
nagarum群は花期に大型で革質の根生葉が生存してやや花茎状になり,花弁の距は嚢状となることで特徴付けられる.この群にはこれまでいくつかの分類群が報告されているが,研究の結果,
A.
nagarumと
A.
duclouxii H.L
ÉV. の2種を認めることができた.両種の異名を整理し,本文中にそれらを示した.
A.
nagarumは花梗に粗面屈毛がはえ,果実は長さ15-22 mm で粗面屈毛がはえ,側萼片の向軸側にやや長い集粉毛がある.これに対して
A.
duclouxiiでは花梗に滑面開出毛がはえ,果実は長さ10-15 mm 滑面斜上毛がはえ,側萼片の向軸側に集粉毛を欠くことで特徴付けられる。
最近中国科学院植物研究所の楊 親二(1999)は中国雲南省のトリカブト属をまとめ,その中で
A.
nagarum群に言及している.著者は楊の扱いを基本的に支持するものであるが,本論文で
A.
duclouxiiと呼ぶ分類群についての扱いに違いがある.すなわち,楊は
A.
nagarum S
TAPF var.
acaule (F
INET & G
AGNEP.) Q.E.Y
ANG, comb. nov.という新組合せを提唱し,
A.
duclouxiiをその異名としている.つまり,本論文で2種としたものを1種と考え,両者を変種の関係とみなしているのである.しかし, K
ADOTA(1987)で詳しく記述したように,主に東アジアにおいて花梗に滑面開出毛と粗面屈毛が混在するかたちが多数見出されており,そしてそれらの個体は自然雑種形成の結果であることが推定されている.さらに花梗に粗面屈毛をもつ種(例えばオクトリカブト)と滑面開出毛をもつ種(例えばウゼントリカブト)との人為的な交雑の結果,花梗に滑面開出毛と粗面屈毛が混在するものが出現することも確かめられている(K
ADOTA,in preparation).したがって,花梗の有毛性の差は変種レベルでの差とするよりは,種のレベルでの差とする方が妥当であると考えられる
A.
nagarumと
A.
duclouxiiは互いに近縁で,ともにSer.
Bullatifolia W.T.W
ANGに所属する.この列には,上記の2種のほかに,ネパールに分布する
A.
ferox W
ALL. ex S
ÉRとブータンに分布する
A.
funiculare S
TAPFが所属する.これらの4種からなる
Bullatifolia列は形態的,地理的によくまとまっており,節に格上げすることが妥当であると考えられる.とくに花時に大型の根生葉が生存することは特異な形質であり,この群のほかには大ヒマラヤの高山帯に生育する矮性種で見られるのみである.この問題については項を改めて論議することとしたい.
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