大阪歴史博物館研究紀要
Online ISSN : 2435-8622
Print ISSN : 1347-8443
最新号
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 北上 真生
    2025 年 23 巻 p. 0001-0026
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
    天岡均一は、大阪を代表する橋の一つである難波橋のライオン像原型を手がけた彫刻家として知られているが、陶芸家・俳人・俳画家としての一面も持つ美術工芸家であった。均一は摂津三田藩の重臣の家に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)で高村光雲や竹内久一に師事し、主に仏像彫刻を学んだ。卒業後は、岡倉天心が創設した日本美術院の実技担当として活躍すると同時に、古社寺保存法に基づく美術院の事業の一環として古社寺の修理(仏像彫刻)にも参加している。明治三十三年(一九〇〇)頃から大阪に拠点を移し「天岡鋳金所」の看板を掲げ、洋風彫刻も積極的に手がけるようになる。また、赤松麟作や広瀬勝平・織田東禹・菅楯彦などの画家とも親しく交流し、俳画の画法確立に強い影響を受けている。その他、均一の妻である蕗香も近代大阪における女性工芸家の先駆けとしてブロンズ彫刻や陶芸作品を多数のこしている。本稿では、これまで注目されることが少なかった天岡均一・蕗香の事績を繙き、近代大阪における美術工芸史の一端を概観する。
  • 前期難波宮内裏地区の発掘調査成果から
    佐藤 隆
    2025 年 23 巻 p. 1-18
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
    本論では、令和7年(2025)春の大阪・関西万博開催にあわせて整備中の難波宮跡で事前に実施した発掘調査の成果をもとに、前期難波宮の内裏後殿の北を限る東西複廊のさらに北に推定される正殿と脇殿からなる区画について検討した。内裏後殿の北にあるもうひとつの正殿が後の宮殿の内裏正殿に、内裏前殿+後殿が大極殿+後殿にという単純な系譜の図式ではなく、内裏の公的空間、私的空間、および大極殿+後殿という後の宮殿で中枢部を構成する要素が、前期難波宮の段階からすでにあって、それらが機能を分化させながら発展していくことを確認することができた。  また、藤原宮の内裏内郭の範囲を推定する手がかりを発掘調査成果から見出して、中心となる何らかの遺構がまだ遺存している可能性を指摘した。  歴代宮殿の中枢部を確実な発掘調査成果に基づいて検討する場合、最も古くに位置づけられ、議論の出発点となるのは前期難波宮である。その内裏の構造がより明らかになった意義は極めて大きい。
  • 寺井 誠
    2025 年 23 巻 p. 19-38
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
    本稿は古墳時代中期に朝鮮半島からの影響で登場する甑を受容する際に、どのような選択過程があったのかを示すことを通じて、渡来文化受容の具体像を解明することを目的とする。長原遺跡やその近隣の八尾南遺跡・久宝寺遺跡で出土した古墳時代中期前半の甑30点を対象に、各技法の相関関係を分析したところ、朝鮮半島の技法を保った甑と伝統的な土師器の製作技法による甑の2つの技法の連続性を確認することができた。この結果は従来から指摘されていたことであるが、動作連鎖(chaîne opératoire)の観点で見ると、もともと備わった身体技法の一貫性により、ほかの技法が受け入れられず、後者については朝鮮半島の甑の形態のみを継承し、技法については伝統的な土師器の製作技法に転換したのである。この点から渡来文化受容の主体が在地集団であることをあらためて確認することができる。
  • 中野 朋子
    2025 年 23 巻 p. 0027-0042
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
    本稿は、藪明山が明治元年から同十三年にかけて従事したと自らの履歴に記している「商業実地研究」「実業」に関する報告である。新たに認識した「四月限売買中止一件 明治十三年三月」(関西大学図書館蔵)を検討することによって、明山が薩摩焼上絵付工房を創設する以前に従事した職業を明らかにした。また「四月限売買中止一件」出来の背景にあった人脈を糸口に、明山が「商業実地研究」「実業」の世界から唐突に薩摩焼上絵付工房の経営に至った要因について考察し、仮説を提示した。
  • 杉本 厚典, 豆谷 浩之
    2025 年 23 巻 p. 39-62
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
    本論では江戸時代中期の大坂の国問屋、専業問屋の検討を行った。これまでの研究では、江戸時代中期に国問屋から専業問屋へ移行すると言われてきた。延享版・安永版の『難波丸綱目』を用い、同一人物が延享期から安永期にかけてどの問屋を兼業していたのかを検討し業態の変化について整理した。国問屋から専業問屋、専業問屋から国問屋に移行する者は共に存在したが、前者の割合が高く、専業問屋の中でも生魚問屋・塩魚干魚問屋等が増加しており、従来指摘されてきた明和から安永年間に株仲間の公認や許可で増えた可能性を再確認した。同時に、国問屋・船宿を行いながら、藍、塩、鉄といった国問屋の扱う中の有力商品を扱う専業問屋も多く見られ、18世紀における国問屋から専業問屋への転化が、国問屋を営むことで生まれた地域とのつながりを踏まえて、有力商品を扱うようになることで生まれる状況を示した。
  • 島﨑 未央
    2025 年 23 巻 p. 0043-0052
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 大澤 研一
    2025 年 23 巻 p. 0053-0062
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 猪岡 叶英
    2025 年 23 巻 p. 0063-0072
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 岡本 健
    2025 年 23 巻 p. 63-70
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 遺構・文化財建造物を対象に
    山口 欧志, 仲林 篤史, 加藤 俊吾
    2025 年 23 巻 p. 71-82
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/06/01
    研究報告書・技術報告書 フリー
feedback
Top