【はじめに、目的】高齢化が進む我が国では、変形性膝関節症・変形性腰椎症・骨粗鬆症のいずれかの運動器障害を抱える人は、4700万人と推定されている。そのため高齢者の介護予防だけでなく、一般市民の健康増進においても、運動器の障害、すなわちロコモティブシンドローム(ロコモ)の予防が重要である。ロコモとは、運動器の障害により日常生活の自立度が低下し要介護の状態や要介護の危険のある状態と定義され、2007年に提唱された概念である。またロコモの予防にはロコモーショントレーニング(
ロコト
レ)と呼ばれる運動があり、特にスクワットと片脚立ち運動が推奨されている。我々の先行研究では、2ヶ月間の自宅での
ロコト
レを行った結果、下肢筋力、バランス能力といった運動機能が有意に改善することを明らかにした(石橋・他、2011)。しかし今までの研究における
ロコト
レの効果は、運動機能に対する限定的な効果しか検討できていない。そこで本研究では
ロコト
レの効果を運動機能だけでなく、転倒リスク、生活機能、社会参加の状況などの要因を含めて総合的に検証することを目的とする。【方法】対象はシルバー人材センターに登録している60歳以上の地域在住中高年者30人とした。平均年齢は69。8±4。9歳(61-80歳)であり、男性22人、女性8人であった。
ロコト
レは理学療法士の指導のもと、週2回、4週間(全8回)行った。
ロコト
レは日本整形外科学会で推奨しているスクワット、片脚立ちトレーニングに加え、かかと上げを追加して行った。測定項目は運動機能として最大等尺性膝伸展筋力、足趾把持力、5回立ち上がりテスト、片脚立ち時間、Functional Reach Test(FRT)、10m最大歩行時間、Timed “Up and Go” Test(TUGT)を測定した。またアンケート調査では老研式活動能力指標、転倒21スコア、Fall Efficacy Scale(FES)、外出に対する自己効力感、改訂版 Frenchay Activities Index(FAI)、Life Space Assessment(LSA)を調査した。運動機能と質問紙の調査は介入前と介入直後に行い、対応のあるt検定を用い、
ロコト
レの効果を検証することとした。統計解析にはPASW 18。0J for Windowsを用いた。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に従い、対象者全員に対し、研究の概要と目的、個人情報の保護、研究中止の自由などが記載された説明文書を用いて十分な説明を行い、書面にて同意を得た。また本研究は埼玉医科大学保健医療学部倫理委員会の承認(承認番号78)を得て実施している。【結果】1ヶ月間の
ロコト
レを行った結果、運動機能では足趾把持力が14.3±5.1kgから16.2±4.4kg、片脚立ち時間が66.7±41.5秒から90.6±37.3秒、FRTが36.5±5.3cmから38.3±4.3cm、TUGが6.3±1.0秒から5.7±0.8秒に変化し、有意な改善を示した。さらにアンケート調査では転倒21スコアの合計点が6.0±2.7点から5.0±2.3点、外出に対する自己効力感が20.9±3.2点から22.8±2.6点、FAIが31.9±5.4点から34.1±4.8点に変化し、1ヶ月間の
ロコト
レの結果、有意な改善を示した。なおその他の運動機能検査、アンケート調査項目に有意な変化はみられなかった。【考察】本研究の
ロコト
レの運動介入は、セルフトレーニングではなく専門家の指導のもとで行った介入である。本研究の結果から短期集中的な
ロコト
レ介入は、地域在住中高年者の下肢筋力やバランス能力などの運動機能を向上させるだけでなく、転倒リスクを減らし、外出に対する自己効力感を向上させ、生活機能を改善する効果があることが明らかとなった。本研究で行った
ロコト
レはスクワット、片脚立ち運動、かかと上げという誰でも簡単に行なうことができる運動で構成されている。今後は専門家の少ない地域の健康教室や一般市民の健康増進運動として普及していく取り組みが必要である。【理学療法学研究における意義】生産年齢人口が減少し高齢化が急速に進行する我が国の現状を踏まえれば、医療費を抑制するためにも、高齢者の介護予防だけでなく、一般市民の健康増進分野に応用できるような効果的な運動が必要である。本研究の
ロコト
レは、運動内容がわかりやすく、かつ効果的な運動であり、今後高齢者の介護予防領域だけでなく、一般市民への健康増進分野への応用も十分可能であるといえる。
抄録全体を表示