【目的】
歩行能力獲得のための要素として大きな割合を占めているものに、立位でのバランス能力がある。この能力の獲得のために足部の
関節モビライゼーション
が効果的であるとの報告がある。しかし、なぜモビライゼーションによってバランスが向上するのか、という点についての知見は得られていない。考えられることの一つには副運動向上により重心移動を行うための筋活動をより効率的に支持面に伝えられるようになるという可能性がある。また、モビライゼーションを施行する事によって皮膚や筋組織、関節組織を刺激し、触圧覚、固有覚、関節覚などを促通することも容易に予想される。この点について、感覚に関しては実際に足底の感覚がバランスに影響するという知見は散見されている。筋活動をコントロールするためには、感覚入力の細分化が必須であることを考えると、バランス能力向上に影響を与える主要因は感覚の向上である可能性が高い。以上の可能性からモビライゼーションがバランスを向上させることの一因として、感覚改善効果があるかについて検証した。
【方法】
当院入院の中枢疾患、整形疾患患者の中から意味理解に問題のない者20名を選び、ランダムに2群に分け、一つ目の群には患側足部へモビライゼーションを施した。他方はコントロールとし、同時間休息を取ってもらった。今回は足底感覚の中で重心移動時に最も早く反応すると考えられる、最も床に近い境界での感覚として触圧覚を調査した。感覚改善の検査としては、歩行周期中最もバランス能力を要求される片脚支持期における側方動揺をコントロールすることを考え、足底内外側への圧変化を知覚する検査として単軸不安定板による足部回内外方向重錘課題を行った。また、重心動揺時のCOPの位置変化を細かく知覚するために必要な弁別閾の改善を測定するために二点識別覚の測定も行った。以下にそれぞれの詳細を示した。
・足部モビライゼーション:それぞれIP,MP,リスフラン、ショパール、距踵jtへ
関節モビライゼーション
を各方向10回づつ計5分程度施行した。
・回内外重錘課題:被検者に端坐位をとってもらい、回内外方向の単軸不安定板上に、軸が踵骨隆起から第二趾を通るように足底を乗せ、重錘を板の端へ左右同重量乗せ、震動を発しないように静かに片方を取り除き、どちらが重くなったかを判別してもらった。その際、関節の運動が生じないようにするため、被検者には不安定板を水平に保ち、動かさないよう指示した。これも確実に判別可能な重さを記録した。有意差判定にはT検定を行った。
・二点識別覚:母趾球最凸部へランダムに1点から25mm幅までの2点刺激をわずかに皮膚が沈む程度に与え、確実に判別可能な幅を記録した。
【説明と同意】
被検者にはヘルシンキ宣言に基づき研究趣旨を説明し同意を得た。
【結果】
足底に対する二点識別覚については検査時の回答に整合性が乏しく、正確な値を特定できないことが多かったため結果から除外した。重錘課題についてはモビライゼーション群が平均192.5±65.7gから150.0g±63.5gへ42.5gの改善、対照群も230±65.6gから227.5±64.0gへ2.5gの改善を示したが、モビライゼーション群が有意に改善度合いが高かった(危険率5%以下)。
【考察】
結果より
関節モビライゼーション
が触圧覚向上にも有効であること、触圧覚の向上がバランス改善の一因となっている可能性が示唆された。ただ、対照群にも若干の触圧覚向上の傾向が見られた。この理由としては繰り返し課題を行うことによる反復学習の効果によるものと考えられる。複合感覚である二点識別覚が回答の整合性が乏しかった理由としては、被検者の7割が中枢疾患患者であったことから、様々な皮膚受容器の中の一つの経路でも障害されていると感覚を統合することができず、特定しにくかったのではないかと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
モビライゼーションがどのようにしてバランス向上に影響を及ぼしているのか、という点についての基礎的な知見を得ることができた。また、一般的に低可動性に対する治療手技として認知されている
関節モビライゼーション
がバランスの向上や、触圧覚を改善するための治療としても利用できることが示唆された。今後は固有覚や関節覚などへの影響も検証していきたい。
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