マツ材線虫病の病原体であるマツノザイセンチュウ(以下ザイセンと省略)とマツに対して病原性を持たないニセマツノザイセンチュウ(以下ニセマツと省略)は同属の線虫であり,両者の生態は類似している。ザイセンが1900年代初頭に北米から我が国に侵入したと考えられているのに対して,ニセマツは土着の線虫である。ニセマツが分布していた地域にザイセンが侵入すると,材線虫病の激害化に伴いニセマツとザイセンの種の置換が起こることが知られている(Kishi, 1995)。しかしながら,この置換のメカニズムについてはほとんど研究がなされていない。
演者らは第112回日本林学会大会において,マツノマダラカミキリ(以下マダラと省略)への2種線虫の乗り移りを比較し,マダラへの乗り移りの違いが種の置換のメカニズムの一つとして機能していることを示唆した。また,第113回大会において,第112回大会と同様の手法を用いてカラフトヒゲナガカミキリ(以下カラフトと省略)への2種線虫の乗り移りを比較し,マダラを用いた第112回大会の発表と同様の結果を得た。しかしながら,第113回の発表では全分散型線虫数(カラフト成虫に乗り移る可能性のあった線虫数)が第112回大会の半数以下であった。幼虫として供試してから成虫が脱出するまでの期間を比較すると,カラフトの場合,マダラよりも約3週間この期間が短い。この約3週間の間にマダラを用いた実験では線虫が増殖し,分散型の線虫が多数出現したと考えられる。そこで,本研究ではカラフト幼虫を接種する時期を前回の実験と比較して3週間遅らせ,十分に線虫を増殖させた状態でカラフト成虫への乗り移りに関する2種線虫の比較を行うことを目的に実験を行った。さらに,第112回大会の結果の追試のため,実験の一部にマダラ幼虫を供試した。
Aikawa et al. (1997)の方法に従い,以下の方法で人為的に線虫を媒介昆虫に保持させた。2002年2月18日にアカマツ健全木(胸高直径約5cm)を伐倒後,長さ約7.5cmの小丸太を60個作成した。この小丸太の中央に直径約1cm,深さ約5cmの穴(模擬蛹室)を開けた後に,ポリカーボネイト製容器に移し,加圧滅菌した。滅菌後,小丸太に青変菌を接種し,25℃全暗の条件で培養した。培養開始から4週間後に20本の小丸太の模擬蛹室にザイセンを3,000頭接種した。線虫接種直後に,これらの模擬蛹室にマダラ幼虫を接種した(Ma-Bx区)。青変菌の培養開始から7週間後に残りの小丸太40本を二つのグループに分け,それぞれの模擬蛹室にザイセン(Bx区)もしくはニセマツ(Bm区)を3,000頭接種し,その直後にカラフト幼虫を接種した。媒介昆虫の接種後,容器を25℃全暗の条件に移動し,毎日成虫の脱出を調査した。成虫が脱出していた場合には,ただちに保持線虫数を調べ,同時に模擬蛹室の周辺の材を採取し,そこに残存する線虫数およびステージを調べた。
統計的検定に先立ち,保持線虫数および全分散型線虫数は対数変換した。
Bx区,Bm区およびMa-Bx区においてそれぞれ,12頭,15頭および8頭の成虫が脱出した。それぞれの処理区間で線虫接種から成虫脱出までの平均日数に有意差はなかった(Tukey-Kramerの多重比較, P>0.05)。
Bx区,Bm区およびMa-Bx区から脱出した成虫の平均線虫保持数は,7,610 (SE=2,163),188 (SE=55)および14,020 (SE=5,109)であり,Bx区とBm区間およびMa-Bx区とBm区間に有意差があった(Tukey-Kramerの多重比較, P<0.05)。
媒介成虫に乗り移る可能性のあった分散型線虫数を求めるため,保持線虫数に材内残存分散型線虫数を加えた。この全分散型線虫数の平均はBx区,Bm区およびMa-Bx区でそれぞれ,34,791 (SE=3,890),36,699 (SE=3,197)および30,811 (SE=6,885)であり,これらの平均値間に有意な差はなかった(Tukey-Kramerの多重比較, P>0.05)。
本実験ではカラフト幼虫の接種時期をマダラ幼虫よりも3週間遅らせることで,BxおよびBm区においてMa-Bx区と同程度の分散型線虫数が確認された。全分散型線虫数に処理区間で違いがなかったにも関わらず,保持線虫数はBm区よりもBx区およびMa-Bx区の方が有意に多かった。今回の結果はマダラを用いた第112回大会の実験と同様の傾向を示し,2種線虫が媒介昆虫によって枯死木から持ち出される確率の違いが2種線虫の置換に関連している可能性が,カラフトを用いた今回の実験からも示唆された。
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