1.目的熱帯雨林樹冠上の風速鉛直分布及び乱流特性に関する研究例は少なく,ボルネオ島天然林に至っては皆無である。本研究では熱帯雨林における風速鉛直分布及び樹冠上の乱流特性を明らかにするとともに,風速鉛直分布を表現するときの森林の物理的なパラメータであるゼロ面修正量(
d)と空気力学的粗度(
z0)を異なる2つの方法を用いて算出し,他の熱帯雨林で報告されている値と比較する。
2.観測地概要・方法 観測はボルネオ島北西海岸部中部に位置するランビル国立公園の森林で行われた。公園内の優占樹種はフタバガキ科で平均樹冠面は30-50mであり,樹高70mを超える巨大高木も現存する。平均年降雨量は2750mm程度で年間を通じて降雨がある。
高さ93mの林冠クレーンのタワー部分に三杯風速計を5高度に設置して平均風速の鉛直分布を計測した。さらに超音波風速温度計を2高度に配置し3次元風速の観測から,大気安定度及び乱流特性の評価を行った。
3.風向・風速の日変化と季節変化 林冠クレーン及び約500m離れた高さ49mの木製タワー上の風向・風速観測を比較した結果,本観測サイトにおける風向・風速の変動パターンとして,1)風速はほぼ日の出の時刻に最小で15-16時に最大となる。2)午前に南東風,午後に北西風といった海陸循環風起源の風向日変化が起こる。3)北東モンスーンが到来する12,1,2月に他の時期と比較して風速が大きい。といった特徴が見られた。
4.三杯式風速計による風速鉛直プロファイル観測 樹冠上3高度で得られた風速の,最上部の風速に対する比をMonin-Obukhovの大気安定度を指標として安定・中立・不安定に分類して集計した。大気が中立状態にあるとき水平一様な地表上では,高度zにおける風速u(z)は下式で表される対数則分布を示すことが知られている。
u(
z)=(
u*/κ)ln[(
z-d)/
z0](1)
[
u*:摩擦速度,κ:カルマン定数(0.41)]
最上部の風速が4m/s以上かつ大気状態が中立の条件で
d=46.6[m],
z0=1.24[m]を得た。また大気安定度が安定から不安定に移行するに従い,高度低下に伴う風速の低下率が小さくなる。林内の風速鉛直分布についても安定時に林内の風速がより小さく,樹冠上と同じ傾向を示した。
5.超音波風速計による乱流計測樹冠上2高度の乱流特性では1)風向に依存した吹上角(風速鉛直成分の水平成分に対する比)が存在する。2)2高度の摩擦速度はほぼ同じである。という結果が得られた。1)については地形に応じて風の吹上・吹下が起こっているということを,2)は2高度ともフラックスが一定となる境界層内にあることを示唆している。また2高度で得られる風速と摩擦速度から(1)式を介して,10分ごとの
d,
z0を計算した。図2は2002年11月1日から8日の期間で2高度においてほぼ摩擦速度が等しい
d,
z0の時系列を示す。図中の横線は図1に示した
d,
z0の値である。超音波風速計の乱流計測から得られる
d,
z0は各時刻でばらつくが,中立時の値はそれぞれ風速鉛直プロファイルから求めた値の周囲に分布する。また同図において大気状態が安定のときに
dは小さく,
z0は大きくなり,不安定のときにdが大きく,z0が小さくなる傾向が現れており,これも風速鉛直プロファイルから得られた結果と対応するものである。
6.他の熱帯雨林との比較 熱帯雨林の既往の研究で報告されているゼロ面修正量及び粗度とともに,本研究によって得られた値を追加したものを表1に示す。本観測サイトは他の森林に比べて樹高がかなり高く,
dについて比較的大きい値が得られている。
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