自然体験活動の有効性が様々な研究において論じられてきたが,本研究では森林環境における自然体験活動が参加した子どもたちの生きる力と自然との共生観に及ぼす影響を検証した。また,参加者のもつ特性に着目し,元々の自然体験の経験の多寡という視点と自然の営みにより心身に大きな損傷を受けるような自然災害というネガティブな経験をした子どもたちへのプログラム効果を検証することとした。分析対象者はふくしまキッズプログラムに参加した子どものうち有効回答が得られた213名とその保護者であった。参加者には,生きる力,自然との共生観,自然体験の経験を問う項目,保護者には,被災時の経験等を問う項目でそれぞれ質問紙調査を行った。自然との共生観について,自然への親和性,自然と生命の関係性,自然への興味と配慮の3因子構造が認められた。参加者全体において,プログラムによる生きる力および自然との共生観の向上効果が実証された。参加者のうち自然体験の経験が少ない子どもは,多い子どもよりもプログラムによる向上効果がみられた。また震災による恐怖体験の有無は身体的能力の変容に影響を与えることが明らかとなった。
2021年論文賞山田会員の論文は、森林体験活動の教育的な効果を環境教育や野外教育の評価手法を応用して分析を試みた研究であり、森林科学では初の取り組みである。ひとくちに森林体験活動といっても、その活動内容は幅広いため、教育的な活動の成果の評価軸の設定が難しかったが、山田会員は心理学的手法をもとに開発された評価尺度(IKR評定用紙など)を応用し、さらに複合的な評価を行うことで科学的なエビデンスを提示することに成功した。また、林野行政では森林サービス産業など森林空間の活用が期待されているが、本論文で提示された手法を用いることで森林での多様な体験活動の改善につなげることが可能であろう。また、山田会員は東日本大震災の避難時の困難な状況下にあった子ども達を研究対象に選ぶことで、被災時の子ども達のストレスの軽減に関わる自然体験の意義を示した。これは、自然災害が多発する今の日本における社会的ニーズに応えうる研究成果といえる。
現代日本の森林管理に大きく影響を与える森林計画制度の起源を明らかにするため,1939(昭和14)年森林法中改正と敗戦後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)主導の占領期林政の2時点に焦点を当て,制度の形成過程とそれに携わった政策担当者らの言説を中心に分析を試みた。その結果,1939年森林法中改正は施業案制度を私有林にまで拡げるものであり,森林簿等の技術的仕組みを含め,現在の森林計画制度を用意した原点といえることが分かった。一方,1939年森林法中改正の評価については,特に戦時体制との関連で,政策担当者らの間でも分かれる。そのため,1939年森林法中改正の意義は戦後過小評価されてきた可能性がある。占領政策については,特にGHQ/SCAP文書中の「林業計画」が,森林計画制度成立の偶然を用意したことを指摘した。当時の政策担当者らの言説からは,占領政策との駆け引きの中で森林計画制度が成立し,戦後林政の中枢を占め続ける端緒となったことが明らかとなった。
2021年論文賞日本の民有林行政の大きな柱である森林計画制度の原点が1939年森林法の中改正にあったことを示したものである。従来の学説では、森林計画制度は敗戦後1951年の森林法改正によってスタートしたとされていたが、その見方に対して大きな一石を投じた。日本の森林計画制度がわが国独自の経験知と問題意識から生まれた必然性、GHQとのギリギリの攻防の中で主体的に形成されたものであるという知見は森林科学の学術分野に大きな影響を与えるとともに、林業、林産業などの裾野の広い社会分野への確実な貢献も果たすものと考える。また、山本会員は関連する公文書、報告書、雑誌、私的に綴った文書を丹念に収集・整理する作業を進め、関係者へのインタビューも十分に積み重ねた末に本論文の結論に到達した。このことは、ともすれば埋もれがちな資料の価値をわれわれは再評価すべきであることを示すものである。以上のように、山本氏会員の当該論文はきわめて優れた業績である。
群馬県では県北部のみなかみ町において2010年に初めてナラ枯れが発生した。このような飛び地的被害を起こしたカシノナガキクイムシ個体群の由来について,隣接県から近年自然または人為的に移入した,遠方から人為的に移入した,在来由来の三つの仮説が考えられた。もし,移入個体群であれば遺伝的多様性の低下や遺伝的に遠い系統がみられると予想される。本研究ではこれらの仮説を遺伝解析に基づいて検証した。みなかみ町およびナラ枯れの起きている近隣6県において,カシノナガキクイムシ試料を採集し,核リボソームDNA,ミトコンドリアDNAおよび核マイクロサテライト(SSR)を用いて遺伝解析を行った。核リボソームDNAおよび核SSRの遺伝構造解析の結果,群馬個体群は福島や新潟と同じ日本海型の北東日本タイプに属したことから,南西日本から人為的に移入したものではないと考えられた。また,ミトコンドリアDNAと核SSRを用いて各個体群の遺伝的多様性を調べた結果,群馬個体群の遺伝的多様性は低くはなく,他個体群と違いはなかった。よって,群馬個体群は近年の移入由来ではなく,在来由来と考えられた。
2000年論文賞新たなナラ枯れ被害地でのカシナガの由来を遺伝解析により明らかにした初めての報告であり,結論を導くための研究計画も適切であるこ。特に、被害の拡大は周辺の被害地からのカシナガの移動による、という従来のナラ枯れ被害発生予測の前提が不十分であることを示し,未被害地でのカシナガの生息調査が必要であることを指摘するなど,今後のナラ枯れ防除法を検討する上で,大きく貢献する成果であると評価できる。本論文において、被害が始まってしまった地域での防除に繋がる情報を遺伝子解析から得られたことは、科学的にも実用的にも大きな進歩と評価される。
本稿の課題は,原発事故が福島県の木材需給に与えた影響と林業・木材産業の現状を明らかにすることである。結果,福島県では一部の地域を除き津波と地震による施設被害への対応は当面の完了をみたが,原発事故への対応は今なお続いている。震災以降,県全体の木材需要量は大きく増加したが素材生産量の伸びは小さく,移入材の増大によって他県産材の割合が増加した。木材価格は全国動向とやや異なり,製材品価格の伸びは小さく,素材価格,山元立木価格,林業産出額はいずれも震災前から低下した。県内地域間の比較分析では第1原発が立地した相双地域では木材需給が縮小し,それ以外の地域でも需給バランスに変化がみられた。原発事故に伴う営林活動の制限,木材価格の下落が素材生産活動を停滞させ,それらが県内の木材生産・流通の構図を変容させた。川中・川下側の復興が進む一方,川上側の経営環境は一段と悪化していることが福島の現状である。林業再建に向けては川上対策および相双地域の実情に即した対策の強化が必要である。
2020年論文賞原発事故が福島県の木材需給に与えた影響、林業・木材産業の現状と課題を明らかにしたもので、その問題意識と社会的な波及性は高く評価される。本論文では、震災直後からの行政、企業、団体等の対応の実態が克明に描かれており、論文の価値を高めている。また、放射能汚染が地域差を伴って影響を与えた点を、地域ごとの分析から明らかにしていること、川上側と川中・川下側では復興の進展に大きな差があることなどを明らかにするなど、その影響を多角的に捉えている点も高く評価される。本論文における事実の克明な把握と分析を通じて得られた教訓は、福島県の林業・木材産業の復興に大きく貢献するものである。
林業・緑化分野における高吸水性高分子樹脂の利用
公開日: 2019/02/01 | 100 巻 6 号 p. 229-236
高橋 正通, 柴崎 一樹, 仲摩 栄一郎, 石塚 森吉, 太田 誠一
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樹高成長の制限とそのメカニズム
公開日: 2009/01/23 | 90 巻 6 号 p. 420-430
鍋嶋 絵里, 石井 弘明
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日本産キクイムシ類分類学研究の歴史と種のリスト
公開日: 2010/03/12 | 91 巻 6 号 p. 479-485
後藤 秀章
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熱帯における森林減少の原因
公開日: 2010/10/05 | 92 巻 4 号 p. 226-234
宮本 基杖
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冒険型パークによる森林利用の新展開
公開日: 2021/02/20 | 102 巻 6 号 p. 358-367
平野 悠一郎
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