地球温暖化の影響から,枯渇する化石燃料を使用しない持続可能な再生可能エネルギーの重要性が再認識されている.太陽エネルギーを有効利用し発電する太陽電池は将来を期待されている再生可能エネルギー源の一つである.現在使用されている太陽電池の大部分を結晶Si太陽電池が占めているが,結晶Si太陽電池には二つの制限がある.一つは,Siのバンドギャップ(1.1 eV)が,単接合太陽電池が理論的最大変換効率(33.16%)を示す理想的なバンドギャップ(1.34 eV)より少し小さいことである.もう一つは,Siの光吸収係数αが小さいために光吸収層として150–250 μm程度の厚さが必要となるため,Siの消費量が多くなることである.これらの制限を克服するために,様々な物質を用いた薄膜太陽電池の作成が検討されてきた.薄膜太陽電池は,厚さが結晶Si電池の1/100程度であることから,省資源,大面積なものが容易に作成可,薄いためにフレキシブルになり用途が広がる,という利点を持つ.近年,高効率薄膜太陽電池材料としてバリウム・ダイシリサイド
BaSi2
が注目されている.
BaSi2
は,(1)地殻埋蔵量の豊富な元素からなる(Si:地殻存在率第2位,Ba: 14位),(2)1.1~1.3 eVのバンドギャップを持つ,(3)バンドギャップ以上でαが急激に増加する,(4)少数キャリアの拡散長が長い,(5)不純物ドーピングによりn型,p型試料が作製できる,等の薄膜太陽電池材料として有望な性質を持っている.
BaSi2
ホモ接合太陽電池のシミュレーションでは約25%の変換効率が得られている.結晶Si太陽電池,薄膜太陽電池(Cu(In, Ga)Se
2 ,CdTe,Cu
2ZnSn(S, Se)
4)の変換効率はそれぞれ26.7,21.7,21.5,12.6%であることから,
BaSi2
太陽電池はこれらと同等またはそれ以上の変換効率を示すと期待できる.現在,p-
BaSi2
/n-Siヘテロ接合太陽電池が作製され約10%の変換効率を示しているが,今後ホモ接合太陽電池の作製により更なる変換効率の向上が期待されている.
最近,我々は
BaSi2
が上記のような太陽電池材料として有望な性質を示す理由について第一原理計算を用いた考察を行った.この
BaSi2
は4個のSi原子が四面体を作るという特徴的な結晶構造を持つ.無機化学では
BaSi2
はジントル(Zintl)相として知られており,その結晶構造はジントル–クレム(Zintl–Klemm)則によって説明されている.それによると,Ba原子の二個の価電子がBa原子から二つのSi原子にそれぞれ1個づつ供給され,その結果,5個の価電子を持ったSi原子がオクテット則に従って三つのSi原子と結合していることによって,この結晶構造は実現されていると考えられている.我々は,BaからSiへの電荷移動,Si原子間共有結合の存在を確かめ,Zintl–Klemm則が成立していることを確かめた.また,
BaSi2
の電子状態はSi
4四面体とBa原子の電子状態の重ね合わせで概ね理解できることを明らかにし,
BaSi2
の分子軌道ダイヤグラムを構築した.
BaSi2
の光吸収係数が間接遷移型半導体にも関わらず大きい理由は,間接遷移の0.1~0.3 eV上に複数の直接遷移が存在していることを明らかにした.更に,
BaSi2
の主要な点欠陥であるSi空孔はバンドギャップ内に深い準位を作るがキャリアをトラップしにくいこと,固有欠陥がキャリアの生成には寄与せずpn接合の形成に必要不可欠な両極性ドーピングが可能であることを示した.
このように本研究では
BaSi2
が持つ幾つかの太陽電池材料として有望な物性の起源について明らかにした.今後,本研究の成果が,太陽電池の変換効率の向上の一助となること期待する.
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