ジェンダー史学
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7 巻
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論文
  • ─ザンジバル保護領(英領)の事例─
    富永 智津子
    2011 年7 巻 p. 5-24
    発行日: 2011年
    公開日: 2012/10/01
    ジャーナル フリー
    本稿は、イギリス植民地支配の介入の歴史的意義を、司法制度と家族法との関連で、ジェンダーの視点から読み解くことを課題としている。対象は、現在タンザニアと連合共和国を構成しているイギリス保護領ザンジバル(1890~1963)である。
    史料としては、『ザンジバル法令集』と『ザンジバル保護領判例集』を使用した。法令集からはイギリス支配の人種・民族・階層・ジェンダー差別を読み解き、判例集からは女性が原告または被告となった62件の家族法に関わる判例を分析の対象とした。
    分析の視座は、研究史の中で主な論点となっている次の2点に絞った。ひとつは、植民地支配による法的介入を「伝統の創造論」の系譜から読み解くこと、第2は、植民地下でも維持された女性の自律性を判例から導き出すこと、である。最後に、現在のザンジバルにおけるポストコロニアル状況を、脱植民地下の問題とも絡ませながら考察した。
    以上の分析から見えてきたことは、植民地下で導入されたイギリス人判事による裁判は、植民地化前から設置されていたイスラーム裁判所の判決を覆して女性に有利な判決を導き出すことがあったが、それは、必ずしもイギリス人判事が女性の社会的地位を向上させようとしたためではなく、ザンジバル社会に内在していた女性の自律性が新しい裁判制度の中で光を当てられたにすぎない、ということだった。イギリス人判事は、ザンジバルにおける男性主導の硬直したイスラーム法解釈を修正し、本来のイスラームが持っている柔軟性をザンジバルの慣行に即して修復したと見ることもできる。
    このように、植民地支配の介入は、ジェンダーの視点から見ると、善か悪か、近代か伝統か、あるいは支配か抵抗か、といった二元論に還元できない問題を含んでいる。それは、対立・抗争・調整・妥協の紆余曲折を経ながら乗り越えてゆく課題であり、アフリカ固有の価値観・イスラーム的価値観・西欧的価値観・国際社会が共有しつつある価値観のすべてが検証され、修復され、選択され、ハイブリッド化されて、新しいジェンダー関係やジェンダー秩序が創出されるプロセスなのである。
  • ─1908年から1923年までを中心に─
    野木 香里
    2011 年7 巻 p. 25-41
    発行日: 2011年
    公開日: 2012/10/01
    ジャーナル フリー
    本稿では、1908年以降、朝鮮における「妻の能力」と「離婚」の「慣習」がどのように記録され、認識されたのか、そしてそれが1921年と1923年の朝鮮民事令第11条の改正にどのように影響したのか、検討した。
    法典調査局が1908年から朝鮮各地で行った実地調査は、日本人事務官補が「上流社会」に属する朝鮮人男性の認識を記録したものであったが、「妻の能力」と「離婚」に関する記録からは、地域や階層によって多様な「慣習」が垣間見られた。
    こうした記録は『慣習調査報告書』が編纂される過程で日本人事務官によって取捨選択され、夫の権力は頗る強大であり、妻は夫に対して絶対に服従する存在であるというイメージがステレオタイプ化された。このイメージは、「妻の能力」を日本の民法に依るとする朝鮮民事令第11条の改正において、日本の民法の規定が「女子の人格の向上を認め」るものだということを示すための根拠として利用された。
    また、朝鮮総督府は「保護政治」以降に「婦人ノ地位ノ向上」が見られ、妻が提起する離婚が「増加」し、「内地の法制と同様」になったと捉えた。その実は各地で多様に存在していた「慣習」が表面化したものであったが、日本の民法に読み替えられたのである。他方、朝鮮総督府は増加する妻からの離婚訴訟を「乱訴」と捉え、それを抑制するために「裁判上の離婚」を日本の民法に依るとした。
研究ノート
  • ─「密航婦」記事を手がかりにして─
    嶽本 新奈
    2011 年7 巻 p. 43-53
    発行日: 2011年
    公開日: 2012/10/01
    ジャーナル フリー
    開国以降に海外へ出稼ぎに行った女性たちを「からゆき」と総称するが、「からゆき」の渡航に際してどのような人間が関わっていたのかを当時の九州メディアである『福岡日日新聞』、『門司新報』、『東洋日の出新聞』3紙を用い、主に「密航婦」検挙に関する記事から渡航幇助者を抽出したうえでジェンダーと役割を検討した。その結果、渡航幇助者の多面的なネットワークと、そこでの男女の役割の異同が明らかになったが、まず、渡航幇助の役割上では周旋業と国外就航船乗船までの宿泊場所提供に関しては男女の別なくどちらも役割を担っていた。一方、ジェンダー的役割に注目すると、「からゆきさんあがりの誘拐者」が自分の身をもって経済的に「成功」した実例とすることで渡航を促す役回りであったり、奉公口探しは主に同郷出身の同性に依頼するという縁故利用の習慣によって、女性という〈性〉が機能する役割があったことを確認できた。こうした属性は個々に独立したものではなく重なることもあり、女性たちが〈出稼ぎ〉目的の渡航をする際のネットワークの端緒にこのようなジェンダー的役割が組み込まれていたからこそ、数多くの女性たちが海を渡っていったといえる。
    このことは誘拐者とは男性であり加害者であり、「からゆき」とは女性であり被害者であるといった一面的な捉え方を排すが、同時に、女性がいかなる役回りで渡航幇助に関わっていたのかを見極める必要がある。女性もある種の加害性を帯びているのかに関しては、紙面の都合上、表象レベルにおいて新聞報道が男性幇助者と女性幇助者とでは異なり、とりわけ「からゆきさんあがりの誘拐者」は自身の過去を別の密航婦に引き継ぎしているに過ぎない受動的な主体として表象されており、その点で女性は女性の抑圧者になりきれていないことを指摘するに留めておく。
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