日本地質学会学術大会講演要旨
Online ISSN : 2187-6665
Print ISSN : 1348-3935
ISSN-L : 1348-3935
最新号
選択された号の論文の520件中251~300を表示しています
T13.堆積地質学の最新研究
  • 西田 尚央
    セッションID: T13-O-11
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    沿岸域から陸棚,深海域にいたる堆積物の輸送プロセスは,堆積盆の発達や物質循環の理解のために重要である.従来,その制約要因として,河川流,静穏時・ストーム時の波浪,潮流,陸棚外縁における斜面崩壊が挙げられている (Pratson et al., 2007; Gan et al., 2022).またこのような物理プロセスに加えて,陸棚の幅や傾斜も重要な条件である (Walsh and Nittrouer, 2009).これらが具体的にどのように相互作用して堆積物を形成するかを理解するためには,地域ごとの事例の蓄積が必要不可欠である.

     埼玉県西部に分布する中新統秩父盆地層群の地層は,日本海拡大に伴って発達した堆積盆を埋積する深海-浅海環境で形成された地層である (Arai and Kanno, 1960; Latt, 1989; 高橋ほか,2006).従来,地質・古生物学的検討が行われてきた一方で,堆積学的な特徴は必ずしも十分に検討されていない.本研究の主な目的は,秩父盆地層群上部を構成する秩父町層下部(牧本・竹内,1992)を主な対象として岩相の特徴を再検討し,堆積プロセスの層位変化とその制約条件を明らかにすることである.

     秩父町層は,現在の秩父盆地の中央部から南東端に広く分布する地層で,下部の最大層厚は 500–600 m である(牧本・竹内,1992).産出化石や岩相の特徴から,従来,内湾や陸棚など浅海の堆積環境が考えられている (Arai and Kanno, 1960; Latt, 1989). 本研究では,赤平川沿いに連続的に露出する秩父町層下部のうち,下位の小鹿野町層との境界付近から上位に厚さおよそ 250 m の範囲を対象として,詳細な岩相観察を行なった.

     検討対象区間の最下部には,厚さが最大 2.5 m のスランプ状に変形した礫質砂岩層が発達する.これより上位は,砂質シルト岩,シルト質砂岩,極細粒-細粒砂岩によって主に構成され,全体として上方粗粒化傾向を示す.顕著な生物擾乱のため堆積構造が認められない場合が多いが,シルト岩層の一部に弱いラミナが認められる.また砂岩層には,ハンモック状斜交層理,平行層理,およびウェーブリップル葉理が認められる場合がある.一部の砂岩層は植物片を含む.最上部の細粒砂岩層には,オフセットが 7–40 cm の堆積同時性断層が発達し,内部は未固結変形構造や塊状であることで特徴づけられる.

     岩相の特徴に基づくと,最下部の礫質砂岩層は斜面崩壊に伴う塊状運搬堆積物 (mass-transport deposits) と解釈される.またこの上位は,全体として上方粗粒化傾向を示すことに加えて,植物片の濃集により河川からの間欠的な堆積物供給が示されること,最上部で未固結変形構造を伴う堆積同時性断層が発達することから,デルタ堆積物と解釈される.特に,生物擾乱が卓越することや産出化石の特徴から,内湾環境に発達したデルタと考えられる.すなわち,秩父町層の下位の小鹿野町層がタービダイトやスランプを伴う砂岩泥岩互層で構成されることをふまえると,陸棚斜面上部から内湾性のデルタに浅海化したと解釈される.したがって,このような堆積環境の変化に伴って,堆積物輸送プロセスは,土砂重力流,塊状運搬,波浪,河川流へと遷移したことが理解される.また,陸棚斜面から浅海の環境下で形成された地層の厚さが 250 m 以上に達することは,堆積盆の沈降,河川からの活発な土砂供給,さらに当時の陸棚の幅が狭い条件であった可能性が考えられる.したがって,これらの条件を反映した岩相の特徴は,他地域の地層解析にも有用と考えられる.

    <文献> Arai, J. & Kanno, S. 1960, The Japan Society for the Promotion of Science, 396pp. Gan, Y. et al., 2022, Jour. Sedi. Res., 92, 570–590. Latt, K.M. 1989, In: Taira, A. & Masuda, F., eds., Sedimentary facies in the active plate margin, 421–438. 牧本 博・竹内圭史,1992, 地域地質研究報告5万分の1地質図幅,地質調査所,136pp. 高橋雅紀ほか, 2006, 地質雑,112, 33–52. Pratson et al., 2007, IAS Sp. Pub. 37, 339–380. Walsh, J.P. & Nittrouer, C.A., 2009, Mar. Geol., 263, 34–45.

  • 高野 修
    セッションID: T13-O-12
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    <目的と手法> 空知­-蝦夷帯とその南方延長に相当する北海道道央石狩〜日高海岸〜日高沖〜三陸沖の南北狭長ゾーンは,東北日本弧の前弧として,白亜紀以降,前弧堆積盆が断続的に発達し,中新世には千島弧西進により一部が前縁盆地化した。本講演では,同ゾーンにおける白亜紀後期から中新世にかけての堆積盆の変遷と堆積盆内部の堆積システムの変化を概観し,後背テクトニクスの考察を行う。

    <白亜紀後期> 白亜紀後期の空知­-蝦夷帯では,浅海〜斜面〜海底扇状地システムを主体とする蝦夷層群の前弧堆積盆が発達した一方,分布トレンドが西にシフトする形で日高沖〜三陸沖には河川〜内湾システムを主体とする南北方向に狭長な前弧堆積盆が発達していた。日高沖〜三陸沖の前弧堆積盆は,外洋的な蝦夷層群と異なり,外縁隆起帯(trench slope break: TSB)が隆起してリッジを形成した閉鎖的前弧堆積盆(Dickinson, 1995; Takano et al., 2013)であり,分布トレンドの差異ともども,両者の連続性に関して大きな問題点が残っている。

    <暁新世〜中期始新世> 後期暁新世〜前期始新世には道北〜道央〜三陸沖の間に,分断された小堆積盆群が発生し,消長を繰り返した。これらの堆積盆ではいずれも夾炭河川〜エスチュアリー〜内湾〜浅海システムが発達していた(安藤, 2005; Takano and Tsuji, 2017)。中期始新世には,道央から三陸沖まで堆積盆が断続的に連なり,石狩層群が堆積した。この堆積盆は,道央で夾炭河川〜潮汐内湾システム(Takano and Waseda, 2003)を,日高沖〜三陸沖で内湾システムを主体としており,白亜紀の日高沖〜三陸沖同様,TSB隆起の閉鎖的前弧タイプである。この期の前弧堆積盆には横ずれの影響によるセグメント化や差別的沈降が見られる(夕張・空知亜堆積盆など;Takano and Waseda, 2003; Takano et al., 2013)。

    <後期始新世〜漸新世初期> 道央から三陸沖まで,依然TSB隆起の閉鎖的前弧セッティングであったが,相対的海水準上昇により堆積盆央は泥質海成堆積物で占められ,泥質内湾システムが主体となっている(幌内層の堆積)。

    <漸新世> 始新世に始まる右横ずれ運動はこの期にピークを迎え,道央〜道北では南長沼層のプルアパート堆積盆が複数形成されるとともに,日高沖〜三陸沖ではTSBの圧縮隆起を引き起こし,3枚の漸新世不整合(Ounc)の形成をもたらした(Itoh et al., 2014; Takano, 2017)。

    <後期漸新世~前期中新世> 日高沖〜三陸沖では,隆起削剥を受けたTSBが大々的に沈降して外洋環境となるが,西の島弧側からの砕屑物供給が続くため,大規模なデルタシステムが形成された。

    <前期〜中期中新世> 道央〜日高沖では,小規模リフト群と中新世不整合(Munc)の形成後,千島弧前弧スリバー西進に伴う日高ブロックの衝上により前縁盆地が形成される。粗粒砕屑物が供給され,複数のスラストに規制されて階段状に並列したトラフ状堆積盆を粗粒タービダイトが埋積した(川端層・振老層; Kawakami, 2013; 加瀬ほか, 2018)。日高沖では,フォアディープを埋積する多段階の海底扇状地システムが発達した。一方,三陸沖では,TSBの沖合シフトとさらなる沈降により斜面型前弧堆積盆となり,泥質斜面システムが主体となった。

    <文献> 安藤寿男, 2005, 石油技協誌, 70, 24-36; Dickinson, W., 1995, In Tectonics of Sedimentary Basins, Blackwell, 221–261; Itoh, Y. et al., 2014, Prog. Earth Planet. Sci., 1, 6; Kawakami, G., 2013, In Mechanism of Sedimentary Basin Formation, InTech, 131-152; Takano, O. and Waseda, A., 2003, Sediment. Geol., 160, 131-158; Takano, O. et al., 2013, In Mechanism of Sedimentary Basin Formation, InTech, 3-25; Takano, O., 2017, In Dynamics of Arc Migration and Amalgamation –Architectural Examples from the NW Pacific Margin, InTech, 1-24; Takano, O. and Tsuji, T., 2017, Island Arc, 26, e12184; 加瀬善洋ほか, 2018, 地質雑, 124, 627-642.

  • 池原 研, 石澤 尭史, 金松 敏也, 長橋 良隆, 里口 保文, 板木 拓也
    セッションID: T13-O-13
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    巨大地震による海底での強い地震動に伴って発生する表層堆積物の再懸濁起源の混濁流によって形成される地震性タービダイトは地震履歴の検討に好ましいとされ、その堆積時期や堆積間隔の解析に使われてきている。しかし、その多くは現在とほぼ同じ海洋環境と考えられる中期完新世以降についての検討であり、海洋環境の違いが表層堆積物の再懸濁などを含めた地震性混濁流の発生プロセスにどう影響するか、結果として形成されるタービダイトの特徴にどのような違いを生じさせるか、などについての理解はほとんど検討されていない。御前崎沖の斜面域に構造的に形成された小海盆から「ちきゅう」による掘削で採取されたコアは、約5万年間の連続したタービダイトの地震記録を有しており、氷期と間氷期での地震性タービダイトの特徴を比較するのに適している。掘削地点の近傍で採取された不擾乱表層堆積物コアは、1944年昭和東南海地震ではこの地点に明瞭なタービダイトが形成されていないが、100年以上前には比較的厚いタービダイト泥を持つタービダイトが形成されていることを示した。このことから、現在と同じ環境ではこの地点のタービダイトは御前崎以東まで断層破壊が及んだ地震によって形成されたと考えられる。最終退氷期から完新世のタービダイトはおよそ200年程度の堆積間隔を持つのに対して、最終氷期最盛期(LGM)のタービダイトは300年以上から400-500年程度の間隔を、MIS 3のものは300-400年程度の間隔を持つ。タービダイトは完新世からボーリング-アレレード期まではタービダイト砂に比べてタービダイト泥が優勢な20cm程度以上の厚さを持つのに対して、それ以前では徐々にタービダイト泥と層厚が薄くなっていき、最終氷期最盛期のタービダイトはほぼタービダイト泥を持たない層厚10cm以下の砂層からなる。タービダイト砂中に含まれる浅海生の底生有孔虫の割合は完新世では10%以下であるが、最終退氷期から増え始め、LGMでは30%を超える。さらに、タービダイト泥と直下の半遠洋性泥のバルク有機物の年代差は完新世で小さく(500年以下)、最終退氷期からMIS 3で大きい(1000年程度)。以上の結果は、完新世とLGMではタービダイトの供給源の環境が異なり、バックグラウンドの海洋環境の変化が地震性混濁流の発生間隔に影響を与えていた可能性を示唆する。

    一方、中部日本海溝の海盆からIODP Exp 386で採取されたコアにも多数のタービダイトが挟在するが、その厚さは完新世で厚く、最終退氷期で薄くなる傾向にある。半遠洋性泥の堆積速度も最終退氷期の途中で小さくなる。詳細な年代モデルの確立とタービダイト層準認定の確定が必要であるが、海洋環境変化に対応した斜面域の堆積速度や組成の変化が影響を及ぼしている可能性があり、さらなる検討が必要である。

  • 芦 寿一郎, 村山 雅史, 中西 諒
    セッションID: T13-O-14
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    熊野沖の付加体斜面と前弧海盆の間には海底谷と繋がらない孤立した海盆(ターミナル海盆,終端海盆)が分布する.このような地点から採取した試料中のタービダイトは洪水性を含まないため地震履歴の推定に有効である.タービダイトの堆積年代の推定は,タービダイト層直下の半遠洋性泥中の微化石年代がよく用いられる.しかし,タービダイト上部の泥質部分(タービダイト泥)と半遠洋性泥の境界の認定は容易でなく,これまでX線CT,帯磁率,元素濃度など非破壊計測でタービダイト泥の認定を目指してきた.本研究では,厚いタービダイト泥を伴う細粒タービダイトの存在を高密度の放射性炭素年代測定によって明らかにしたので報告する.

     用いた試料は学術研究船「白鳳丸」KH-17-2次航海で採取したピストンコア試料PC06を中心に,ほぼ同一地点で採取された学術研究船「新青丸」KS-14-8次航海のPC03コア試料を補足的に用いた.分析項目はX線CT撮影,帯磁率測定,XRFコアスキャナ(ITRAX)を用いた元素濃度測定および浮遊性有孔虫と全有機炭素の放射性炭素年代測定である.試料は暗緑色のシルト質粘土中に薄い極細粒砂層を多数挟む.本研究で対象とした層準の浮遊性有孔虫の放射性炭素年代は約2万年前から5千年前の年代を示す.X線CT撮影のCT値,帯磁率および元素濃度の深度変化を見ると,やや粗粒層の下で泥質物質からなる変動の小さい層準があり半遠洋性泥と推定できる.これに対して,X線CTスキャンのCT値,帯磁率および元素濃度の値がほぼ一定,あるいは上位へ漸減または漸増を示す無構造の厚い泥層が3層認められた(下位より厚さ22 cm, 43 cm, 46 cm).これらの層の基底部にはいずれも極細粒砂層が存在する.極細粒砂層と無構造の厚い泥層を一組とした場合,上位および下位の泥層の浮遊性有孔虫の放射性炭素年代を調べた結果,大きな違いはなかった.すなわちイベント的な短時間の堆積を示しており,無構造の厚い泥層はタービダイト泥に相当すると考えられる.この無構造の厚い泥層には浮遊性有孔虫がほとんど含まれておらず年代測定が行えていないが,全有機炭素の放射性炭素年代を求めたところ,上下の層と大きく異ならない年代となった.採泥点の海盆は高まりによって孤立しており周囲の斜面からの堆積物供給しか受けない地点である.無構造の厚い泥層がタービダイト泥とすると,供給源は海底の表層部で,古い地層を巻き込むような地すべり起源ではないと解釈できる.無構造の厚い泥層に浮遊性有孔虫がほとんど含まれていないのは,高懸濁の泥(Fluid mud,例えば西田・伊藤,2009, 地質雑)の中で有孔虫殻が沈降して底部に濃集したためと考えられる.X線CT画像には縦方向に長い巣穴化石が多数認められることから,イベント的な厚い泥の堆積による底生生物の脱出孔の可能性がある.

     この地点周辺では2004年紀伊半島南東沖地震の際に無人探査機による海底調査を行っており,海水の広範囲の懸濁に加え,海底付近には高懸濁層の存在を確認している(Ashi et al., 2014, EPS).また,表層試料の分析により厚さ約17 cmの泥がこの地震時に堆積したことを報告している(Okutsu et al., 2019, GSL Special Pub.).本研究は,海底表層物質の同様の地震による再移動が過去にも繰り返し発生していたことを示した.表層堆積物の移動・堆積は homogenitesとして日本海溝(McHugh et al., 2020, Marine Geology)などからも報告されている.イベント層が表層堆積物の再移動のみによるか,地すべりにより古い地層を巻き込むかは,地震の加速度やイベント発生前の堆積場の状況の指標となりうる可能性がある.

     本研究は令和5年度原子力施設等防災対策等委託費(海域の古地震履歴評価手法に関する検討)事業の受託研究の一部として実施した.X線CTスキャン撮影と蛍光X線コアロガー分析は高知大学海洋コア国際研究所の共同利用(17A048, 17B048, 24A012)により行った.

  • 村山 雅史, 阿久津 紗梨, 芦 寿一郎, 原田 尚美, 穴井 千里, 山本 裕二
    セッションID: T13-O-15
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    室戸岬沖から採取された2本の海洋コア試料に挟在するタービダイトについて、供給源,流路などの堆積物の輸送プロセスを解明することを目的とした.2本の海洋コア試料は,KS-22-3次研究航海で採取された,PC03コア:室戸舟状海盆の陸棚斜面の基部(33˚20,50´N, 134˚25,80´E,水深1,210m)とPC02コア:陸棚斜面の麓より東に約 4 km 離れた地点(33˚20,30´N, 134˚29,40´E水深1,280m)である.これらの海洋コア試料を用いて,XRFコアスキャナーによる連続元素分析,有機物分析,帯磁率異方性から古流向分析を行い,タービダイトの起源や輸送経路を推定した.

     両コアの堆積物は,主に半遠洋性泥であり,多くのタービダイトを含み,コア下位はK-Ahテフラ(7300年前)である.PC02コア試料には21層,PC03コア試料では28層のタービダイトが,肉眼およびX-CT観察によって認定され、浮遊性有孔虫殻の14C年代がそれぞれ10-20層測定されてている(芦ほか,2024,JpGU講演要旨).

     タービダイト中にピークを検出した元素は,PC02コア,PC03コア ともに K,Ca,Mn,Fe,Brであったが,全てのタービダイトで必ずしも同じ傾向は示さなかった.これは,タービダイトの起源や規模などが異なるためと考えられる.有機物分析において,タービダイト中とタービダイト堆積前の半遠洋性泥のセットで有機物の炭素同位体比(δ13C)を比較した結果,タービダイト中は,タービダイト堆積前の半遠洋性泥のそれと比べ,明らかに軽い傾向を示し陸起源有機物が混入していた.PC03コアでは最大0.38 ‰,平均0.17 ‰ の差があり,PC02コアでは最大0.14 ‰,平均0.07 ‰ の差があり.崖下のPC03コアと崖から離れたPC02コアでは異なる傾向を示した.この結果から,崖下のPC03コアのタービダイトは,より多くの陸起源有機物が混入しており,崖から離れたPC02コアでは,タービダイトは陸起源有機物を含むが,その含有量は少なかった.自然残留磁化測定から,両コアの古流向推定をおこなった.古流向は,磁北からほぼ0-180°の南北方向を示し,帯磁率異方性強度は,PC03コアはタービダイトと半遠洋性泥と重なってプロットされ,PC02コアではタービダイトと半遠洋性泥が異なる位置にプロットされた.この結果から,PC03コアでは,崖上由来のタービダイトが堆積物を巻き上げながら堆積していた結果となり,PC02コアでは,タービダイトがリワークしながら堆積したと考えられる.両コアとも,古流向は,崖上(北)から南に向かっての流れであると考えられる.

     以上のことから,崖上の陸を起源とする堆積物が,タービダイトによって崖下へ運搬されていたことが明らかになった.

    引用文献

    Ashi et al., 2024, JpGU meeting.

  • ★「日本地質学会学生優秀発表賞」受賞★
    プラート アルヴィン, 吉田 英一, 村宮 悠介, 狩野 彰宏, 城戸 太朗, 勝田 長貴
    セッションID: T13-O-16
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    【はじめに】

     炭酸塩コンクリーションは、海底堆積物中に埋没した生物遺骸が分解され拡散した重炭酸イオンと海水中の金属イオンとの過飽和・沈澱反応によって形成される岩塊を指す (e.g., Yoshida et al., 2015)。球状コンクリーションは中心部から外縁部にかけて連続的に形成されるため、間隙水中の化学的な時間発展を記録していると考えられている (e.g., Raiswell, 1971)。特にゾーニングを示すコンクリーション(以後二重層球状コンクリーション)は、コンクリーションの形成環境を制約する情報に富む試料だと考えられる。しかし、二重層球状コンクリーションの詳細な成因の検討例は少ない (e.g., Gautier & Claypool, 1984)。本研究では、北海道石狩市に分布する新生界新第三系中新統の深海成層である厚田層から産出した二重層球状コンクリーションの分析を行い、その形成メカニズムを明らかにすることを目的とした。

    【産状】

     厚田層の二重層球状コンクリーションは球状の核(Inner Concretion)とそれを覆う外殻(Outer-Concretion)の2つの領域に大別される(図a, c)。その産出は厚田層の中でも生物擾乱の著しい青灰色塊状泥岩〜シルト岩層の一部の層準に限定されている(図d)。現地調査で採取したコンクリーションの直径は70 ~ 180 mmで、その形状は僅かな圧密を受けているものの概ね球状である。また、コンクリーションの中心には、スナモグリの爪と体の一部の化石が含まれていることが多く、コプロライトの化石も見つかった。

    【結果・考察】

     XRD分析から、核および外殻は主にカルサイトからなることが分かった。炭酸塩含有率は核および外殻において概ね80%を超えることに加え、圧密による化石の変形は核および外殻共にわずかである。この観察事実は、コンクリーション全体が浅い埋没深度で急速に形成されたことを示唆し、核と外殻の形成に地質学的時間スケールで時間差はないとみなせる。また、コプロライトも底生生物に分解されずに保存されていたことから、堆積後速やかに還元的な環境に遷移したと考えられる。

     炭素安定同位体比(δ13C)は領域ごとに特徴的な値を示し、核と外殻の境界の前後で急激に変化した。核のδ13Cは-5 ~ +15‰程度と硫酸還元とメタン生成の中間的な値とみなすことができ、中でも核の外縁部のδ13Cは正の値(+10 ~ +15‰)でメタン生成帯起源の炭酸塩に典型的な値だった。外殻のδ13Cは負の値(-15 ~ -5‰程度)で生物遺骸起源の炭酸塩を示唆する。外殻にはフランボイダルパイライトのハロが観察できることも考慮すると、外殻は硫酸還元帯で形成されたと考えることができる。これらを総合すると、硫酸還元帯中で局所的にメタン生成が起こり、硫酸還元とメタン生成の2つの反応のバランスが時間的に変化したと考えられる。

     SXAMによる元素マッピング及びEDS分析の結果、カルサイト中の鉄とマンガンの含有量は領域間で異なることが分かった(核 > 外殻)。これは初期続成作用における各還元帯・メタン生成帯ごとに鉄やマンガンなどの金属イオンの取り込みの傾向が異なることに起因する可能性がある(Loyd et al., 2012)。また、隆起に伴う除荷によって核と外殻の境界における鉱物の違いによる物性差によって球状に割れ目が形成されたと考えられる。

     以上より、厚田層の多重層球状コンクリーションは初期続成過程における生物遺骸の分解過程の変化を記録していることに加え、境界部の鉱物学的な差が後天的な割れ目の形成によって強調された結果だと考えられる。

    【引用文献】

    Yoshida et al., 2015, Scientific reports, 5(1), 14123.

    Raiswell, 1971, Sedimentology, 17(3‐4), 147-171.

    Gautier and Claypool, 1984, Clastic Diagenesis, 37, 111-123.

    Loyd et al., 2012, Geochimica et Cosmochimica Acta, 78, 77-98.

  • 佐久間 杏樹, 狩野 彰宏, 高島 千鶴, 村田 彬, 山口 飛鳥, 奥村 大河, 長島 佳菜, 久保田 好美
    セッションID: T13-O-17
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    土壌成炭酸塩とは、蒸発の盛んな乾燥地域の土壌中で間隙水から沈殿する炭酸塩であり、様々な年代・地域の土壌中で、ノジュールや層状カルクリートといった形態で産出する。多くの場合、土壌成炭酸塩の主要な構成鉱物はカルサイトであるが、ドロマイトも沈殿することが知られている(例:Kearsey et al., 2012)。地質年代の試料では続成の影響を考慮する必要があるので、その沈殿メカニズムを明らかにするためには第四紀に沈殿した土壌成炭酸塩の観察が重要だが、その研究例は限られている (Capo et al., 2000)。第四紀の土壌成炭酸塩に関する先行研究では主に苦鉄質な成分を持つ火山岩や凝灰岩を母岩とする土壌成炭酸塩について記載されており、堆積岩や変成岩等を母岩とする土壌炭酸塩については詳細な報告がされていない。ドロマイトは熱力学的に安定して存在しうる鉱物であるが、自然環境を模した実験室での合成が非常に困難な鉱物であり、合成には微生物活動や高温条件が必要とされており(例:Gregg et al., 2015)、土壌成ドロマイトの産状の観察は沈殿形態やメカニズムの解明の手掛かりとなりうる。本研究では、南オーストラリア州の異なる母岩を持つ3地点の土壌プロファイルを調査し、第四紀の土壌成炭酸塩試料を採取した。採取した試料は偏光顕微鏡や電子顕微鏡を用いて観察し、元素分析や鉱物組成の同定、炭素・酸素同位体比の局所分析を行った。全岩のXRD分析の結果から、カルサイト、ドロマイト、石英、長石類が主な構成鉱物であることが分かった。研磨スラブを用いたµXRF分析、µXRD分析や電子顕微鏡観察から、ドロマイトを含む石灰岩を母岩とする土壌中で沈殿した炭酸塩は母岩粒子に対して被膜上に沈殿した部分に、母岩由来の砕屑性ドロマイト粒子が取り込まれ、再成長している様子が見られた。砂岩を母岩とする土壌中で沈殿した土壌成炭酸塩試料では、カルサイトが多くみられる部分ではドロマイトの沈殿は見られず、砕屑粒子の周囲の粘土鉱物が集積した部分でドロマイトの菱面体結晶が沈殿しており、粘土鉱物の存在がドロマイトの沈殿に影響している可能性があると解釈される。クォーツァイトを母岩とする土壌中で沈殿した土壌成炭酸塩試料では、砕屑物粒子の間にマグネシウムを含んだ粘土鉱物もしくは非晶質ケイ酸塩と共にドロマイトが沈殿していることが分かった。土壌が発達して際に、間隙水中のシリカ濃度が比較的高くなったことで、ドロマイトの沈殿が促進された可能性があると考えられる。今後、鉱物組成や間隙水元素濃度の土壌プロファイル中の深度分布や炭酸塩の沈殿年代を調べることで、詳しく沈殿メカニズムの推定を行うことが出来ると期待される。

    Kearsey, T., Twitchett, R. J., & Newell, A. J. (2012). Geological Magazine, 149(2), 291–307.

    Capo, R. C., Whipkey, C. E., Blachère, J. R., & Chadwick, O. A. (2000). Geology, 28(3), 271–274.

    Gregg, J. M., Bish, D. L., Kaczmarek, S. E., & Machel, H. G. (2015). Sedimentology, 62(6), 1749–1769.

  • 加藤 大和, 森 大器, 仙田 量子, 狩野 彰宏
    セッションID: T13-O-18
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    発表者らは、鍾乳洞内に発達する石筍から過去の気温変化や降水の変化を読み解く研究をおこなっている。日本の気候はアジアモンスーンの影響を強く受け、夏季には太平洋側から、冬季には日本海側から降水のソースとなる水蒸気がもたらされる。日本では一般に、夏季モンスーンによってもたらされる夏季の降水の酸素同位体が高く、冬季モンスーンによる冬季の降水は低い酸素同位体比を持つ。石筍の酸素同位体比は、降水の同位体組成を反映するばかりでなく、沈澱時の温度と負の相関関係にある。発表者らは、石筍の酸素同位体比に含まれる両者の情報を定量的に分離するため、炭酸凝集同位体温度計の原理を併用し、日本における気温と降水現象の共進化過程の復元してきた(Kato et al., 2021QSR; 2023CG)。

    凝集同位体とは、結合エネルギーの強い重い元素(同位体)同士が結合した分子であり、その存在度は各同位体がランダムに結合した場合に予測計算される存在度より僅かに大きくなる。この差分が生成温度と負の相関を持つことから、凝集同位体は温度指標となる。

    本研究では三重県産の石筍KA03(5.2–13.2,22.6–83.4 ka: Mori et al., 2018)の60層準以上から炭酸凝集同位体(Δ47値)の測定を行い、陸上古気温と古降水の共変動過程の復元を行なった。本研究ではKato et al. (2021QSR; 2023CG) の広島県・岐阜県産石筍の記録より長期の古気候データを提示し、ハインリッヒイベントH2–7に対応する周期的な寒冷化イベントやヒプシサーマル期をピークとした完新世の温暖化を復元したことに加え、陸域の気温変化に対応した降水現象の変動も復元することができた。

    最終氷期(更新世後期)の降水酸素同位体比は現在(完新世)より低い値であり、ハインリッヒ氷期やヒプシサーマルの温暖期のような数百年規模の寒冷化/温暖化現象に対応して、地域の平均的な降水酸素同位体比が変動してきたことも明らかになった。これらの事実は、Kato et al. (2021QSR; 2023GJ) によってすでに報告された他地域のデータとも同調的であり、本邦陸域において広範に見られる、数百年スケール温暖化や寒冷化の気候ステージに対応した夏季/冬季アジアモンスーンの交互的盛衰を反映したものであると結論づけられる。

    References

    Kato H, Amekawa S, Hori M, Shen C-C, Kuwahara Y, Senda R, Kano A, 2021. Influences of temperature and the meteoric water δ18O value on a stalagmite record in the last deglacial to middle Holocene period from southwestern Japan. Quaternary Science Reviews 253, 106746.Kato H, Mori T, Amekawa S, Wu C-C, Shen C-C, Kano A, 2023. Coevolutions of terrestrial temperature and monsoonal precipitation amounts from the latest Pleistocene to the mid-Holocene in Japan: Carbonate clumped isotope record of a stalagmite. Chemical Geology 622, 121390.Mori T, Kashiwagi K, Amekawa S, Kato K, Okumura T, Takashima C, Wu C-C, Shen C-C, Quade J, Kano A, 2018. Temperature and seawater isotopic controls on two stalagmite records since 83 ka from maritime Japan. Quaternary Science Reviews 192, 47−58.

  • 村田 彬, 狩野 彰宏, 加藤 大和, 白石 史人, 柏木 健司
    セッションID: T13-O-19
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    近年,地球温暖化の進行とともに将来の気候予測の精度向上が喫緊の課題となっている。そのためには,気候変動を駆動する要因と実際の気候変動の関係を理解する必要がある。古気候研究では,様々な記録媒体を用いて気候変動のプロセス理解が進められてきたが,定量的な記録は未だ少ない。特に,人類の生活圏が密集する中緯度帯の陸域古気候記録は不十分で,海域と陸域の気候変動の違いやデータソース間の違いについては十分に理解されていない。完新世は比較的安定した気候条件であるとされているが,多くの気候記録には中期に温暖期が認められる。しかし,この完新世温暖期はモデル計算では再現されていない。また,気候記録においても,温暖な時期は海洋記録と陸域記録で異なり,さらに地域差もある。また,日本列島を含めた東アジアでは陸域での連続的な気温記録が少ないという問題もある。そこで,本研究では三重県霧穴から採取した石筍試料を対象に研究を進めた。U-Th放射年代測定(16層準)の結果,三重県霧穴で採集された石筍KA01は完新世にわたる記録を連続して保持していることがわかった。本章では,KA01の酸素同位体比・炭素同位体比(1712試料),炭酸凝集同位体比(18試料),Mg/Ca比(163試料)の分析結果から気温を定量的に復元し,降水量を評価した。霧穴の特徴として,雨水の酸素同位体比が降水現象と相関せず,石筍の酸素同位体比が一義的に温度情報を記録すると解釈できる点がある。酸素同位体比から復元された古気温は,10.3~6.5 kaに最暖期を,3 kaごろには寒冷化イベントを示した。最暖期の気温は(温暖化の)現代よりも3℃ほど高く,寒冷期の気温は2℃ほど低いと見積もられる。この傾向は温度情報を示す炭酸凝集同位体比の分析結果とも整合的であった。この温暖期のタイミングは海の記録と類似しており,太平洋に突出し,黒潮経路にも近い紀伊半島の地域性が現れていると考えられる。一方,炭素同位体比とMg/Ca比からは,Prior Calcite Precipitation (PCP)を計算することで滴下水量(降水量)を推定した。PCPとは滴下水が石筍に到達する前に炭酸カルシウムの割合であり,PCPが高くなると炭素同位体比とMg/Ca比も高くなる。石筍の実測値から算出された2つのPCPには相関が見られ(R = 0.49),温暖な時期だと推定された10.3~6.5 kaは多雨,寒冷化のあった 4~2 kaは少雨であったことが示された。霧穴のある日本列島の大平洋側では,気温と降水量の相関が強く,今後の地球温暖化により降水量も増加すると予想される。

  • 松田 博貴, 佐藤 翔弥
    セッションID: T13-O-20
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    これまで鍾乳石の種々の分析により,気候変動や植生変遷などの陸域環境に関する様々な研究が行われてきた(例えば,狩野,2012;Sone et al.,2015など).琉球列島東方約340 kmに位置する南大東島は,中新世以降のサンゴ礁性堆積物からなる太洋島であり,苦灰岩と石灰岩が広く分布する.南大東島にも多数の鍾乳洞があり,これらの鍾乳石についても,成長速度や酸素・炭素安定同位体比の分析に基づき,1900年の入植・開島以降の地表環境の変遷に関する研究が行われてきた(今村洞-甘蔗園下-・山下洞-亜熱帯森林下-;例えば,松田ほか,2013a).しかしこれまでの研究は,島東部中央低地の苦灰岩分布域における鍾乳石の分析・解析が主であり,島西部環状台地からその外側の石灰岩分布域における鍾乳石の分析・解析は行われていない.そこで本研究では,石灰岩分布域に位置し,植生が異なる金毘羅洞(植生:海岸植生;西港近傍)と星野洞(植生:甘蔗園と亜熱帯森林の境界部;観光洞域外)において採取した鍾乳石を用いて,鍾乳洞が位置する地点の母岩の岩質,ならびに植生変遷がどのように鍾乳石に記録されているかを明らかにすることを目的とした.研究では,採取した鍾乳石を半割し,断面をスケッチした後,薄片を作成し顕微蛍光法により年縞測定を,さらに酸素・炭素安定同位体比測定を実施した.また過去に実施した島東部中央低地の鍾乳洞から得られた鍾乳石のデータと比較・検討した.

     分析の結果,金毘羅洞KP-1試料では年縞は平均約100μmであるのに対し,星野洞HN-2試料では平均約90μmであった.また酸素・炭素安定同位体比は,KP-1試料では平均δ13CPDB = -6.20‰,δ18OPDB = -4.41‰,HN-2試料では平均δ13CPDB = -9.68‰,δ18OPDB = -5.15‰であった.KP-1試料では,表面から約2mm,4mm,8mm,10mm,ならびに14mm付近においてδ13CPDB値に大きな変化が見られたが,HN-2試料のδ13CPDB値には大きな変化は認められない.またδ18OPDBの値は,どちらも比較的安定している.

     金毘羅洞KP-1試料の表面から約14mmまでのδ13CPDB値変化について,年縞を基にその要因について検討した結果,これらの変化は1900年以降の西港周辺の開発や人間活動に関連している可能性が強く示唆された.金毘羅洞周辺では,1910年代後半に砂糖運搬専用軌道が敷設され1980年代前半まで製品や資機材運搬に利用された.その後,専用軌道は撤去されたものの,1990年代後半にはキャンプ場や公園に利用されるようになったことから,これらが鍾乳石のδ13CPDB値に大きな影響を与えたと推定される.このような地表の利用形態の変化に伴う鍾乳石のδ13CPDB値の変化は,開墾により亜熱帯森林から甘蔗園へと植生が大きく変わった島東部中央低地下の今村洞の鍾乳石でも顕著である.一方,星野洞HN-2試料の地表植生は,島東部中央低地下の山下洞と同様に亜熱帯森林から大きく変化していないと推定される.また両洞の鍾乳石のδ18OPDB値には大きな違いはなく比較的安定しているが,苦灰岩分布域(中央低地)の今村洞・山下洞の鍾乳石と比較すると,δ18OPDB値は全体に3〜4‰程度重い.南大東島の苦灰岩と石灰岩のδ18OPDB値は苦灰岩の方が7‰程度重く,鍾乳石と逆である.一方,鍾乳洞内の滴下水のδ18OPDB値は,風送海塩と防風林の影響により,島の環状台地から海岸下に位置する鍾乳洞の滴下水の方が,中央低地下に位置する鍾乳洞の滴下水より塩分は高い(松田ほか,2013b)このことから鍾乳石のδ18OPDB値は,母岩の岩質や植生よりも鍾乳洞の島内位置による滴下水の塩分の違いが影響を与えている可能性が大きい.

     講演では,先行研究データを含め,南大東島の鍾乳石に記録された地表環境とその変遷について議論する.

    引用文献

    狩野,2012, 地質学雑誌, 118, 157-171.

    松田ほか,2013a,月刊地球,35,650-658.

    松田ほか,2013b,月刊地球,35,659-665.

    Sone et al.,2015, Island Arc, 24, 342-358.

  • 浅海 竜司
    セッションID: T13-O-21
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    第四紀の気候は,地球軌道要素変動に伴う緯度別の日射量変化,温室効果気体の濃度変化,氷床量変化などの内的・外的営力や相互フィードバックにより変化してきた.これまで,堆積物や氷床コアなどの地質試料の解析によって陸海の古環境記録が蓄積され,数値シミュレーション研究の進展とともに第四紀の気候変動の詳細が明らかにされつつある.なかでも炭酸塩試料は,それが形成された当時の環境(温度,母液水の組成など)を定量的な化学的情報として記録するため,古海洋・古気候のプロキシとして重要である.本講演では,海洋のプロキシとなる海棲生物(サンゴと硬骨海綿),大気のプロキシとなる石筍を用いた解析から,第四紀における季節,数年〜数十年,数千〜数万年スケールの気候変動を探る研究例を紹介する.

     造礁サンゴは,明瞭な骨格年輪の形成と放射性同位体測定によって正確な時間決定が可能である.骨格の酸素同位体組成(δ18O)の解析によって,水温や塩分の時間変化を月単位の分解能で,そして数百年というデータ長で捉えることができる.そのため,過去の海洋変化の季節性だけでなく,モンスーンやエルニーニョ,PDO(Pacific Decadal Oscillation)といった数年〜数十年スケールの大気海洋変動を議論することが可能である.発表者らの研究グループでは,南〜北琉球に生息する複数のサンゴから300年長のδ18Oデータを抽出し,北西太平洋亜熱帯域の海洋場の時空間変動を解析している.その結果,琉球列島の表層水温には近年の温暖化トレンドの影響のほか,東アジアモンスーンやPDOによる変動が明瞭に認められる.沖縄島や喜界島の化石サンゴからは,後期完新世において約40年,約20年,9–6年,4–3年の有意な周期性が検出され,各成分の変動と関係性が60–90年で変化することが示された(Asami et al., 2020a; Chuan et al., 2023).これは,PDOとモンスーンの琉球列島に及ぼす影響が大西洋数十年規模変動によって変調する可能性を示唆する.

     硬骨海綿は,共生藻類を有しないため骨格が海水と同位体平衡で形成され,同位体組成の個体差が小さい(Asami et al., 2020b).骨格構造が複雑で成長速度が小さい(1 mm/yr以下)ために,高時間分解能の解析には不向きであるものの,数年〜百年スケールの海洋変動を高確度で捉えることができる.南〜北琉球の硬骨海綿を解析した結果,δ18Oは琉球列島全域において20世紀半ばから水温上昇と塩分低下が顕著であることを示した(Asami et al., 2021a).また,炭素同位体組成は人為起源CO2の海洋への吸収が長期的に増加していることを示し,20世紀半ば以降の増加速度はそれ以前の速度と比べて約5倍大きい.

     鍾乳石(石筍)は,そのδ18O変化に大気の情報(気温,降水量など)を記録する.沖縄島の石筍解析では,過去5万年間のd18Oの時系列データが構築され,退氷期ターミネーションが明瞭に復元された.氷期にはDansgaard–Oeschgerイベントに対応する変化がみられ,北西太平洋亜熱域においても千年スケールの気温変化が支配的であった可能性を示唆する.また,洞穴遺跡から出土した貝化石と石筍を組み合わせた地質考古学的手法によって,最終氷期の気温が季節レベルで復元された(Asami et al., 2021b).これは,生息場の温度と水のδ18Oで決まる貝化石のδ18Oと,石筍中の流体包有物(形成時の洞内水=降水)のδ18Oを分析することによって,当時の気温を算出する手法である.その結果,沖縄の気温は現在と比べて23kaで6〜7℃低く,16〜13kaで4〜5℃低かったことが示された.最終氷期における気温低下は海水温低下より約2倍大きく,ターミネーションにおける海と大気の温度変化が異なることを意味する.

     過去の気候変動様式を理解するためには,様々な時間スケールの大気・海洋の変動現象を捉えることが重要である.本講演では,発表者が参加したIODP Expedition 389 -Hawaiian Drowned Reefs-の科学的探求(過去50万年間に起きた複数回のターミネーション,氷期の数年〜数十年スケール気候変動の新たな知見)とその成果への期待についても紹介したい.

    Asami et al. (2020a) GRL, 47, e2020GL088509.

    Asami et al. (2020b) PEPS, 7, 15.

    Asami et al. (2021a) PEPS, 8, 38.

    Asami et al. (2021b) Sci. Rep., 11, 21922.

    Chuang et al. (2023) QSR, 322, 108392.

  • 山本 和幸, 高柳 栄子, アルジュネイビ マリアム, アルファルファン ザハラ, 栗田 裕司, 佐藤 時幸, 辻 喜弘, 井龍 康文
    セッションID: T13-O-22
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    アラビア湾南岸地域には、白亜紀を通じて浅海性炭酸塩プラットフォーム堆積物が厚く堆積している。これらの堆積物は、地下深部の油田の岩石コア試料や陸上の露頭で観察可能であり、古くから研究されてきた。本研究の研究対象であるアラブ首長国連邦アブダビ沖に位置する油田では、白亜紀中期のセノマニアン階炭酸塩プラットフォーム堆積物が貯留岩を形成しているが、同貯留岩は、他の層位区間の白亜系堆積物と比較して岩相が多様で、貯留岩性状が極めて不均質である。また、炭質頁岩の挟在が認められ、これはアラビア湾南岸地域の白亜系層序の中でも稀な事例である。このような不均質な岩相・貯留岩性状の成因や分布を明らかにするために、油田内の坑井で得られた岩石コア試料や物理検層データを用い、岩相解析、化学分析、微化石抽出などの包括的な検討を実施した。

    検討した坑井が位置するエリアは、炭酸塩プラットフォームの頂部から斜面、陸棚内堆積盆地の沖合までの広い範囲を網羅している。プラットフォーム頂部の坑井では、厚歯二枚貝化石を含むバイオストロームが厚く発達しており、これは沖合に向かって大型生砕物の量を減じながら、有機物と浮遊性有孔虫化石に富む陸棚内堆積盆地の深海性堆積物に側方変化する。プラットフォーム頂部で厚く堆積する厚歯二枚貝のバイオストロームの最上部では、黒色の炭質頁岩を伴う坑井が多数認められる。この炭質頁岩は植物片に富み、シダ植物の胞子化石や渦鞭毛藻化石が含まれている。炭質頁岩の上位と下位の炭酸塩堆積物の炭素・酸素・ストロンチウム同位体比組成および微量元素濃度には差異が無く、岩相の違いも認められないことから、この炭質頁岩は、厚歯二枚貝が生息する浅海環境に隣接した海浜の塩性湿地で堆積し、軽微な海進・海退イベントで炭酸塩プラットフォーム堆積物に塩性湿地堆積物が挟在したものと考えられる。

    一方、この炭質頁岩が集中的に分布する炭酸塩プラットフォームの頂部では、炭酸塩堆積物がカルスト化による溶脱やセメンテーションを不規則に被っている。カルスト化による角礫化や古土壌の挟在、埋没後の化学圧密でスタイロライトが発達している岩相が多く認められる。角礫化している岩相には炭質頁岩の角礫も多く含まれている。これらのカルスト化の程度は、炭酸塩プラットフォームの頂部から沖合に向かって減少する傾向が認められる。また、炭酸塩プラットフォーム頂部において炭酸塩プラットフォーム堆積物の最上部を水平に掘削した坑井の物理検層データの解析から、同堆積物の層位区間内に、その上位を不整合で覆うコニアシアン階海成頁岩が見出された。これは、同海成頁岩の堆積時あるいは堆積後に、セノマニアン階炭酸塩プラットフォーム堆積物内のカルスト化により形成されていた洞窟が崩落し、上位の同海成頁岩が構造的に落ち込んできたものと解釈され、実際の水平坑井で得られたカッティングス試料でも同海成頁岩が確認された。

    油田内の坑井の岩石コア試料から採取された多数のコアプラグの薄片観察結果、および孔隙率・浸透率の測定データをコンパイルしたところ、孔隙率・浸透率のトレンドは初生的な堆積相だけでなく、堆積後のカルスト化による溶解・セメンテーション・フラクチャー形成などの続成作用により大きく改変されており、その改変の度合いは、淡水レンズが発達したプラットフォームの頂部で大きく、その外側のエリアでは小さいことが分かった。

    以上より、地球環境が極めて温暖であったと考えられている白亜紀中期において、セノマニアン期のアラビア湾南岸地域では湿潤化が強まり、陸化した炭酸塩プラットフォーム上の一部では植生が発達し、それらは炭質頁岩として堆積した。この湿潤化によりカルスト化が顕著に進んだ結果、炭酸塩プラットフォーム堆積物よりなる貯留岩の分布・性状に大きな不均質性が生まれたことが分かった。

  • 前田 宗孝, 江﨑 洋一, 足立 奈津子, 劉 建波, 閻 振
    セッションID: T13-O-23
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    北中国山東省済南市鋼城区には,カンブリア系上位のフロンギアン統に相当する炒米店層が広範囲に分布している.炒米店層は,頁岩や石灰質扁平礫岩から成るGushan層の直上に累重し,最下部オルドビス系(トレマドキアン階)の三山子層に被覆される.フロンギアン統最下部のペイビアン階には,炭素同位体比の正偏位が顕著な「SPICE事変」の記録が残されている.本発表では,炒米店層中の微生物岩の特性に注目し,SPICE事変が地球生物相の変化に及ぼした影響を考察する.

    炒米店層では,「樹状のコラムが特徴的なストロマトライト礁」や「ドーム状形態を示すスロンボライト礁」が,数層準に渡り認められる.ストロマトライト礁は,石灰質扁平礫岩層の直上に形成される場合が多い.個々のコラムの直径は層準によって異なるが,数cmや10 cm前後の場合が多い.直径が数cmの場合,コラムは分岐や癒合を頻繁に繰り返し,三次元的に複雑な形状を示す.コラム間では充填作用が顕著で,コラム周縁部で部分的な侵食作用が認められる.充填物の中では,三葉虫の生砕片が卓越するが,巻貝,頭足類の生砕片も含まれる.ストロマトライトのコラムは,暗灰色ミクライトと明灰色ミクライトの細互層から形成される.バーミフォーム状の組織で特徴づけられる「ケラトライト様の岩石」やペロイド状粒子の側方への集積から形成される場合もある.コラム全体がケラトライト様の岩石から構成されている場合もある.ケラトライト様の岩石がコラム外の周縁部に張り付くように産する場合もある.スロンボライト礁は,ストロマトライト礁に比べ産出が限定的である.礁の周縁部が侵食され,礁内部に石灰質扁平礫岩の充填物が認められる場合がある.スロンボライトを特徴づける斑点状組織は,それぞれGirvanellaやEpiphyton, Renalcis様の石灰質微生物類の集合から構成される.とくにGirvanellaが多様な集合様式を示す.基質部には三葉虫の生砕片の他に,海綿骨針が散在している.

    フロンギアン世の生物相は,汎世界的に生じたSPICE事変(無酸素水塊の発達や有機質黒色泥岩の堆積)の影響も関係しきわめて乏しい.山東省長清区に分布する炒米店層の下位層準のストロマトライトでは,ドロマイト化作用が顕著な場合が多い.石灰質微生物類もきわめて限定的であるが,ケラトライト様の岩石は頻繁に認められる.一方,鋼城地域の炒米店層の微生物岩は保存が比較的良好で,数種類の石灰質微生物類が認められる.SPICE事変の影響が弱かった地域では,石灰質微生物類が微生物岩の形成に積極的に関わっていたと考えられる.炒米店層では張夏層とは異なり,なぜストロマトライトの形成の方がスロンボライトよりも卓越したのであろうか.また,炒米店層のストロマトライトとスロンボライトの形成は,どのような形成環境の違いや石灰質微生物類の種類の違いに由来したのだろうか.今後さらなる検討が必要である.

  • 足立 奈津子, 上村 葵, 江﨑 洋一, 劉 建波, 渡部 真人, Altanshagai Gundsambuu , Enkhbaatar ...
    セッションID: T13-O-24
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    内部をセメントで充填され,直径が数mmから数cmの多様な形態を示す空隙構造は,微生物岩組織にしばしば認められる.現生の微生物マットでは,シアノバクテリアの光合成由来の酸素の気泡が,フィラメント間にトラップされ,急速に石灰化することで砂時計様の空隙 (砂時計組織) が形成される場合がある (Mata et al., 2012).モンゴルゴビ・アルタイ県に分布するBayan Gol層上部 (カンブリア系テレニュービアン統) では,空隙構造が顕著なオンコイドが産出する.空隙は,見掛け上,砂時計組織に類似し,酸素の気泡に起源したと説明される (Wilmeth et al., 2015). 本発表では,石灰質微生物類の分布に注目し,多様な空隙の特徴とその起源を検討する.

     空隙は,石灰質微生物類Botomaella (樹状形態) を豊富に含むオンコイドによく発達する.一方,Girvanella (フィラメント状形態) が豊富で,明層・暗層の同心円状ラミナが規則的なオンコイドでは空隙は顕著ではない.形態に基づいて,樹状タイプ (高さ約4 mm),円柱〜球状タイプ (直径0.2‒0.8 mm, 長さ約4 mm), 塊状タイプ (直径2‒10 mm) の空隙が識別される.樹状タイプが最も豊富で,内部が完全にスパーセメントで充填されたものから,上方に伸びるフィラメントを保存しているものまで,様々に変化する.Girvanellaを産するラミナが,樹状タイプの間やそれらの上部の凸凹起伏に沿って発達する.円柱〜球状タイプでは,周縁部は不規則で,内部をスパーセメントが充填する.本タイプの空隙間でGirvanellaが密集する.塊状タイプは,Botomaellaの間に発達する.空隙は,下部をペロイド状粒子が,さらに上位を等層厚セメントやモザイク状セメントが充填する.

     樹状タイプの空隙は,Wilmeth et al. (2015) によって気泡由来とされた空隙に対比される.樹状タイプの内部に残されたフィラメントは,保存が良好なものから不明瞭なものまで様々である.フィラメントの集合からなる微生物本体が,石灰化する前に分解したり,石灰化の程度が弱かった部分が二次的に溶解したことに起因したと考えられる.円柱〜球状タイプは,Girvanellaの密集部に存在し,密集部間で最後まで石灰化することなく残された空隙であったと考えられる.塊状タイプは,Botomaellaが作る微小な枠組み間に形成された空隙に起源した.今後,豊富な樹状タイプの空隙の存在がどのような環境を反映しているのかについてもさらに検討を進める.

    (引用文献)

    Mata et al. (2012) Palaios 27, 206‒219. Wilmeth et al. (2015) Palaios 30, 836‒845.

  • 江﨑 洋一, 増井 充, 長井 孝一, Gregory Webb, 清水 光基, 須蒲 翔太, 足立 奈津子, 杦山 哲男
    セッションID: T13-O-25
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    層孔虫は,シルル紀とデボン紀に床板サンゴとともに礁の主要な形成者であった.層孔虫は,後期デボン紀の絶滅事変によって大きなダメージを受け,石炭紀における層孔虫の存在や造礁作用についてはほとんど理解されていない.本発表では,山口県に分布する秋吉石灰岩層群(とくにペンシルバニアン亜紀最前期のバシキーリアン期)における「層孔虫による造礁作用」と,石炭紀における「層孔虫の復活と終焉」に言及する.

    パンサラッサ海の海山上で形成された秋吉石灰岩層群のバシキーリアン階では,礁核環境が発達し,礁環境が側方に分化していた(Nagai et al., 2007).そこでは,「水平方向のラミナ構造」と「上に凸の組織が上方に重なり合うcone-in-cone構造」からなる骨格生物が豊富で,同時に産出するようになったケーテテスとともに礁の構築に大きく寄与している.骨格生物の形態は,前期オルドビス紀(フロイアン期)に出現したlabechiid型層孔虫に酷似している.礁核部の中でも,最も顕著な地形的な高まりを示す礁嶺部では,層孔虫とケーテテスが交互に積み重なり合い,波浪抵抗性が強い堅牢な構造物を形成している.

    礁を形成する層孔虫は,最後期デボン紀の絶滅事変(ハンゲンベルク危機)後もパンサラッサ海で生き延び,熱帯域の温暖な海山上でバシキーリアン期に再出現した.層孔虫が,既に寒冷な気候が支配的であったミシシッピアン亜紀に,どこで,どのように生き延びていたのかは不明である.バシキーリアン期以降,地球規模での氷河作用が継続した結果,海洋循環,湧昇,栄養供給が強化された.そして,とくに海山の浅海域では炭酸塩飽和度が上昇し,高石灰化海綿(hypercalcified sponge)であるケーテテスや層孔虫の繁栄に好都合であった可能性が考えられる.「ケーテテス-層孔虫礁」は,カシモビアン期まで継続して形成された.しかし,同時期の大規模な寒冷化と頻繁に生じた陸上露出が原因で崩壊し,「Palaeoaplysina-石灰藻類礁」に置き換えられた.バシキーリアン期における層孔虫の出現は,層孔虫は,少なくともパンサラッサ海では,後期デボン紀の絶滅事変後も造礁生物として存続したことを示している.広大な海洋中でも,秋吉海山のような孤立した海洋環境の証拠は稀にしか保存されないが,地球規模での生物地理や生物進化の解明にきわめて重要である.

    [引用文献]Nagai, K., Kido, E., and Sugiyama, T., 2007, Late Palaeozoic oceanic reef complex, Akiyoshi Limestone, Japan, in Vennin E., Aretz, M, Boulvain, F., and Munnecke, A., eds., Facies from Palaeozoic Reefs and Bioaccumulations: Memires du Museum national d’Historire naturelie, Tome 195, p. 257–259.

  • 葉田野 希, 福地 亮介, 沢田 健, 川野 律歩, 吉田 孝紀
    セッションID: T13-P-1
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに:諏訪湖は,中部山岳域に位置する高標高湖であり,その集水域の土壌や湖内の環境は,更新世末から完新世の気候変動に対して敏感に反応してきた(福澤ほか, 2003; Hatano et al., 2023, 2024).諏訪湖沿岸で掘削された堆積物コア(更新統上部~完新統)は,縞状粘土層を断続的に挟むことで知られる(Hatano et al., 2023, 2024).現在,諏訪湖では,冬季の結氷による表層水の密度変化や風によって湖水の鉛直循環が生じており(豊田ほか, 2010),湖底生物活動が年間を通じて活発であることから,年縞のような縞状構造は残りにくいはずである.諏訪湖の堆積物コアに認められる縞状粘土層は,現在とは異なる湖水条件下で保存されたことが想定される.本発表では,鏡下観察,連続化学組成分析,XRF分析,バイオマーカー分析に基づき縞状粘土層の記載を行い,その成因を考察した.

    コアの概要:諏訪湖の堆積物コア(ST2020コア,SK2021コア)は,それぞれ掘削長30.0 mであり,諏訪湖の南西岸と南東岸において掘削された.粒度,堆積構造,構成物,古土壌,全有機炭素/全窒素比に基づくと,両コアの堆積ユニットは,下位より礫層,砂層,砂泥互層,泥層,亜炭層からなるユニットI(河川・氾濫原堆積物,約27.2–13.3 cal kyr BP),珪藻質泥層と炭質泥層からなるユニットII(湖沼性堆積物,約13.3–4.2 cal kyr BP),礫層,砂層,炭質泥層からなり上方粗粒化サクセッションに特徴づけられるユニットIII(デルタ堆積物,約4.2 cal kyr BP–)に区分される(Hatano et al., 2023, 2024).これらのコアは,木片の放射性炭素年代から年代―深度モデルが構築されており,ユニットIで0.7–1.8 m/kyr,ユニットIIで0.5–1.2 m/kyr,ユニットIIIで2.0 m/kyrの堆積速度を示す.

    結果:ユニットII(湖沼性堆積物)は,主に無層理の塊状泥層からなるが,縞状粘土層を断続的に挟む.特に,深度17.87–17.35 cm(約12.7–11.8 cal kyr BP)には,連続して厚い縞状粘土が残存する.縞状粘土層と塊状泥層とでは,粒度に明瞭な違いはない.縞模様は,それぞれ厚さ1–3 mmの暗色・オリーブ灰色葉理,灰色葉理,黄褐色葉理からなり,その重なりに明瞭な規則性はない.鏡下観察とXRFコアスキャナー(ITRAX)による連続化学分析によると,各葉理は,シデライト葉理(Fe, S, P, Cu, Pbに富む),珪藻葉理(Si, Srに富む),フランボイダルパイライト・砕屑物・有機物・ペレット葉理(S, Ca, Al, Laに富む)に相当する.シデライトは自形結晶として産し,堆積後の初期続成過程で沈積した可能性が高い.全岩でのXRF分析とCHN元素分析に基づくと,縞状粘土層では,Al2O3/TiO2, P2O5/TiO2, Fe2O3/TiO2, TN/TOCの増加が認められ,土砂供給と湖内の生物生産性の増加が示唆される.バイオマーカーの酸化還元指標であるステロイドのスタノール/ステロイド比(Ste/Sta)は,縞状粘土層において顕著な増加を示す.

    議論:ユニットII(湖沼性堆積物)を構成する塊状泥層と縞状粘土層とでは,明瞭な粒度の違いは認められず,堆積速度の増加が縞模様の残存に寄与したとは考えにくい.縞状粘土層においてSte/Sta比の増加が認められることから,湖底の貧酸素化が湖底生物による表層堆積物の擾乱を抑制し,縞模様の残存に寄与した可能性は高い.縞状粘土層は,珪藻遺骸からなる葉理や砕屑物からなる葉理を含み,湖表層の生物活動や湖内流入物質の年々もしくは季節変化によって形成されたと考えられる.湖底貧酸素化の要因として,流域からの土砂(土壌栄養塩類)供給による富栄養化と生物生産の増加による湖底の酸素消費のほかに,冬季の結氷の欠如,季節風による湖水の動揺の減少などが考えられ,最終氷期末から完新世初期の気候変動が諏訪湖の鉛直循環に寄与した可能性がある.

    文献:福澤仁之ほか, 2003, 第四紀研究 42, 165–180. Hatano, N. et al., 2023, Palaeogeogr. Palaeoclimatol. Palaeoecol. 614, 111439. Hatano, N. et al., 2024, Geomorphology 455, 109194. 豊田政史ほか, 2010, 陸水学雑誌 71, 45–52.

  • 柴尾 創士, 川鍋 健, 藤森 大輝, 中村 希, 曽原 隼斗, 林 優斗, 坂本 泉, 横山 由香
    セッションID: T13-P-2
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    駿河湾周辺の地質は多様であり,湾西岸には後期白亜紀から第四紀の付加体が,湾東部の伊豆半島には第三紀から第四紀の火山岩が,湾北部には富士川谷に分布する富士川層群や富士火山岩・甲府花崗岩などの火成岩体がそれぞれ分布している.これらの後背地の違いは,各地域から湾内に供給される砕屑物にも影響し,駿河湾に流入する各一級河川の礫種組成みると,湾西部に流入する大井川・安倍川では堆積岩が9割以上,湾北部に流入する富士川では堆積岩が約7割,湾東部に流入する狩野川では火成岩が約7割となっている.本報告では,表層堆積物中に含まれる礫や粘土鉱物の特徴を明らかにし,その起源を明らかにすることを目的とした. 試料は2022年~2024年の調査で,スミスマッキンタイヤ式グラブ型採泥器を用いて採取した.試料の採取地点は,後方散乱強度マップを基に,富士川前面に南北方向,三保半島沖で東西方向に沿ってそれぞれ設定した(水深100~1500 m).また採取地点周辺の環境を把握するため,カメラ,方位傾斜計,水深水温計を採泥器に設置した.堆積物試料は,角柱状のアクリルケース(5×6×20 cm)を用いて柱状試料を採取した.持ち帰った試料のうち,表層試料はレーザー回折散乱法による粒度分析を行い,試料の粒度を測定した.柱状試料では半割したのち,肉眼観察,ソフトX線写真を用いた岩相記載とレーザー回析散乱法による粒度分析を行った.礫試料は礫種同定を行った.

    分析によって得られた各海域の表層堆積物の特徴を以下に示す.

    三保半島沖海域:表層には,主に7Φから5Φ最頻値を持つ泥質堆積物が分布し,沖合から沿岸に向かって細粒化する傾向が見られた.また,採取時期によっては,表層試料の粒度分布において,水深450 m以浅の地点では粒径2~3Φのピークが,水深1200 mの地点では5Φピークが観察された.柱状試料の岩相は,多くの試料で,下位に礫を含む粗粒堆積物と,その上位の生物擾乱を受ける泥質堆積物からなった.また,水深1200 mの地点では,最頻値が5Φの砂層と最頻値が6Φの泥層からなる砂泥互層試料が得られた. 礫種組成では堆積岩が9割以上を占め,泥岩,砂岩,安山岩などが同定された.

    富士川沖海域:表層には,水深100 m-900 mには3Φに最頻値を持つ泥質堆積物まじりの砂質堆積物が,水深900-1400 mには3Φに最頻値をもつ砂質堆積物(泥質堆積物を含む場合もある)が,1400 m以深では5Φに最頻値を持つ泥質堆積物(砂質堆積物を含む場合もある)がそれぞれ分布する.柱状試料の岩相は,水深100~600 mの試料では上方細粒化を示す砂質堆積物,水深800 mの地点では塊状の泥質堆積物,水深900~1000 mでは砂層を含む泥質堆積物,水深1000~1200 mでは下位の上方細粒化を示す砂層と上位の塊状泥質堆積物,水深1200~1500 mでは砂泥互層であった.ただし,水深1420 mの地点では下位のラミナの発達する砂層部と上位の泥質堆積物(砂層を含む)試料も得られた.礫種組成は堆積岩が70%,火成岩が30%であり,砂岩,泥岩,安山岩,玄武岩,花崗岩,デイサイトなどが同定された.ただし,沖合の1420 m地点のみ堆積岩85%,火成岩15%となった. 粘土鉱物は,すべての地点で石英,Mg緑泥石,イライト,曹長石が同定された.また,X線回折分析によって得られた回析図は,分析を行ったすべての地点でほぼ同じ角度にピークが確認された. 

    考察 二つの海域を比較すると,三保半島沖海域の試料のほうが細粒な堆積物で構成されており,水深による堆積構造の違いが出にくいといった特徴がみられた.これは富士川沖海域のほうが河川からの距離が近く,堆積物の移動が活発であるためと推測された.両海域で粘土鉱物種の違いが見られない原因としては,海流や底層流などによる混合,もしくは河川起源の微細粒子の長距離運搬が考えられる.もし後者が原因だった場合,河川からの距離によって粘土鉱物組成に違いが出ると考えられるため,今後は定量分析も行い,粘土鉱物組成についても検討していく予定である.礫種組成の結果は,水深1420 mの地点を除いて,柴(2017)で示された安倍川・富士川河床での礫種組成の結果と調和的である.富士川沖の水深1420 mの地点で堆積岩の割合が増えたのは,三保半島沖海域から駿河トラフに流入した堆積物の影響の可能性があるため,今後地点を増やして検討する予定である.

    【参考文献】柴正博(2017):駿河湾の形成 島弧の大規模隆起と海水準上昇. 東海大学出版,神奈川,35-36

  • 荒戸 裕之, 金子 一夫, 國香 正稔, 山本 由弦, 保柳 康一, 山田 泰広, 白石 和也, 千代延 俊, 藤田 将人, 吉本 剛瑠, ...
    セッションID: T13-P-3
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに  著者らは,海底地すべり発生メカニズムについての研究を進めている[1~3].その一環として実施した富山県上市町の稲村露頭(南北約80 m,東西約70 m,最大比高約30 m)の調査では,一般的な地質調査ではあまり用いられない手法を活用[3]し成果を得た[4]ので概要を報告する.

    2.手法

    (1) 覚書締結:調査対象は私有地に人造された露頭であることから,地権者の理解と賛同を得るため,調査に先立って学術的・普及活動上の意義について説明を行なった.地権者との交渉には,地元のジオパーク協会の協力を得た。以上の関係は,地権者(甲),地元協力者(乙),研究代表者が所属する研究機関(丙)の三者による覚書として締結された.覚書は,甲は甲が所有する対象地を,乙および丙が学術研究,普及活動等に活用することを認める内容となっている[5]

    (2) 調査準備作業:調査に先立ち,重機等を導入して露頭を覆う灌木や下草類の伐採と露頭前面下部に堆積した崖錐被覆物の除去を行った.また,露頭高所の調査を行うための仮設階段を設置した.これら各種土木作業等は,ジオパーク協会が地元町役場から紹介された地元の土木建設業者に依頼した.

    (3) 地質調査:露頭低所および仮設階段で登坂できる範囲に対しては,一般的な踏査による岩相層序解析,ならびに堆積相解析を実施した.大露頭において,地質学的注目点と空撮写真(後述)との対照を容易にするため,測点明示釘と樹脂製保持板(直径26mm)を注目点毎に設置した.また,詳細な堆積構造および変形構造を観察するため[6]ディスクグラインダー等を用いて一部露頭面の研磨を行なった.各岩石試料採取では削岩機(電気ピック),電動ダイヤモンドカッターエンジンカッター等を活用した.

    (4) トレンチ掘削:地すべり層の三次元的な分布を追跡するため,また,地すべり層の基底面(すべり面)を含む新鮮な大型試料を採取するため,調査地中央部に幅約1.5m,長さ約10m,深さ約1.2mのトレンチを掘削した.

    (5) 高所地質調査:露頭高所に対しては,高所作業車(3段ブーム、最長約30m)を用いて研究者自身が近接肉眼観察し,岩相層序解析および堆積相解析を実施した.

    (6) 空中写真撮影:露頭の全体像の把握,露頭高所の観察,ならびに三次元デジタル地質モデル製作等を目的として,ドローンを用いた空中写真および動画撮影を行なった.第一段階では,鉛直上空および露頭面に直角となる斜め上空からのシリーズ画像を撮影し,露頭全体で約600枚の画像を得た.これらを三次元モデリングソフト「pix4Dmapper」に取り込んで三次元地質モデル化し,パソコン上での露頭全体像の把握に用いた.第二段階では、より高解像度のシリーズ画像を1,000枚以上撮影した.ドローンオペレーションは,地元および関西圏の専門業者に委託した.

    (7) 三次元地質モデル製作:第二段階のドローン画像からは,Metashapeモデルを作成した.このモデルは,Agisoft Viewer(フリーウェア)に読み込むことで,パソコン上で自由に回転,拡大縮小が可能である.さらに,解釈線を書き加えることができモデルデータとともに回転,拡大縮小できることから,全ての形態的な特徴を,肉眼観察点を起点として同モデル上で追跡し一括して整理した.

    3.結果

     稲村露頭の折戸凝灰岩部層は前期中新世の火山砕屑岩類からなり[7],下位からA~Gの7ユニット(A, E~G:凝灰岩および凝灰角礫岩,B~D:凝灰質砂岩泥岩互層)に区分される.8層(D1~8)の凝灰質砂岩鍵層と挟在する凝灰質泥岩層からなるユニットDは,露頭北部では南方向への滑動により布団を畳むように折り曲げられ,褶曲軸面付近に形成される低角逆断層によって上盤側が下流へ衝上して,8層全体ないしその一部,ならびに逆転した一部が繰り返すことによって層厚を増している.ユニットEの凝灰岩および凝灰角礫岩中には,直下のユニットD上部から剥離された砂岩泥岩互層がブロック状,スランプ状に変形して取り込まれている.

    謝辞:英修興産有限会社,立山黒部ジオパーク協会の諸氏,有限会社きんた,鉄建建設株式会社に心より感謝する.なお,当該調査には科研費B(19H02397)の一部を使用した.

    文献: [1] 荒戸, 2018, 地質学会要旨, 110, [2] 荒戸, 2022, 石技誌, 87, 136, [3] 荒戸他, 2023, 堆積学会要旨, 9, [4] 荒戸他, 2023, 地質学会要旨, T-6-P20, [5] 金子他, 2023, 地質学会要旨, T-3-O-4, [6] 荒戸他, 2024, 地質雑, 130, 167, [7] 金子, 2001, 地質雑, 107, 729.

  • 藤島 誠也, 成瀬 元
    セッションID: T13-P-4
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    混濁流は,陸域から深海底へ土砂を運搬する主要なプロセスの1つであり,海底に土砂を堆積させることによって海底扇状地と呼ばれる大規模な海底地形を形成する.海底扇状地の形状の特徴は混濁流の水理条件によって大幅に変化することが知られている(Wahab et al., 2022).しかし,実際に海底扇状地を発達させた過去の混濁流から古水理条件を知ることは一般に困難である.そこで,近年,ディープニューラルネットワークを用いることで計算負荷を下げた,混濁流の1次元逆解析手法が提案された(Naruse and Nakao, 2021).この手法は実験スケールの混濁流の水理条件をよく復元することが示されている(Cai and Naruse, 2021).この混濁流1次元逆解析モデルは,海底谷や海底チャネルのような側方に制限のある地形を流れる混濁流を解析することに適した手法である.一方で,深海平原などの側方に広がりをもつ地形を流れる混濁流に適用することはできない.このような地形条件での混濁流の水理条件を推定するためには,平面2次元フォワードモデルを採用した逆解析を行う必要がある.

    そこで,本研究では,ニューラルネットワークを用いた混濁流の平面2次元逆解析モデルを構築し,水槽実験結果を用いて逆解析モデルの性能検証を行った.まず,様々な計算条件のもとで混濁流の数値計算を行い,計算条件とそれに対応するタービダイト層厚と粒度分布を保持した訓練データを作成する.作成した訓練データを用いてニューラルネットワークの訓練を行い,計算条件と層厚分布・粒度分布との関係をニューラルネットワークに学習させる.これにより,タービダイトの層厚分布・粒度分布を入力すると計算条件を返す逆解析モデルを構築した.

    本研究では,訓練データセットを作成するための数値モデルとしてturb2dを改良したものを採用した.このモデルでは混濁流の乱流運動エネルギー保存則(Parker et al., 1986)が考慮されているが,新たに,流れの界面が浮遊粒子沈降に伴って低下するdetrainment効果も新たに考慮するようにモデルを修正した.モデル計算にあたっては,底面摩擦係数は0.004とし,底面近傍濃度と層平均濃度の比は2.0に設定した.ニューラルネットワークは,各分析地点における各粒径階ごとの面積あたり堆積量を入力値として受け取り,2層の隠れ層を経て,出力層から流入口での流速・浮遊砂濃度・流れの厚さ・流れの継続時間が出力されるように設計した.損失関数は平均ニ乗誤差とし,重み係数の最適化手法としてはAdagradを採用した.

    訓練データとは独立に生成した人工データを用いて,逆解析モデルの性能評価を行ったところ,計算条件をよく推定できた.さらに,水槽実験結果に平面2次元逆解析モデルを適用し,得られた計算条件をもとに数値計算を行い,タービダイト層厚および浮遊砂濃度,流速,流れの厚さ,流れの継続時間の実測値と計算値を比較した.その結果,水槽実験で得られたチャネル・レビー状の地形を再現することができた.また,浮遊砂濃度が小さいものは相対誤差が大きかったが,それ以外の流速,浮遊砂濃度,流れの厚さ,流れの継続時間は,計算値と推定値の相対誤差が100%以内であり,よく推定することができた.今後は,2次元逆解析モデルを既存の水槽実験結果を用いて性能検証を進めること,フィールドのタービダイトへの適用を行う予定である.

    引用文献

    Cai, Z., & Naruse, H. (2021). Journal of Geophysical Research: Earth Surface, 126(8), e2021JF006276.

    Naruse, H., & Nakao, K. (2021). Earth Surface Dynamics, 9(5), 1091-1109.

    Parker, G. et al. (1986). Journal of Fluid Mechanics, 171, 145-181.

    Wahab, A. et al. (2022). Nature Communications, 13(1), 7563.

  • Liu bofu, 石原 与四郎, 中西 諒, 成瀬 元
    セッションID: T13-P-5
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    石垣島は有史以前・以降に複数回の巨大津波に襲われたことが明らかになっている.本研究は,津波に由来すると考えられる洞窟堆積物の分布に基づき,数値実験によって過去に石垣島を襲った古津波の震源断層の特性を推定することを目的としている. 石垣島を襲った津波のうち,文字記録により知られているのは,1771年4月24日に琉球海溝で発生した明和津波である.この津波は,八重山諸島近くで起きた地震によって引き起こされたとされており,石垣島を含む多くの島々に甚大な被害をもたらした.明和津波の断層パラメータについてはいくつかの数値実験による研究(e.g., Nakata et al., 2024)があり,主として津波石の分布に基づき,極めて大規模な滑り量(30 m以上)を持つ海溝型地震が発生源として推定されている.一方,先史時代の津波として,約2000年前に発生した沖縄先島津波(以下先島津波)の存在も推定されているが,この津波の発生源についてはあまりよくわかっていない. 近年になり,石桓島の洞窟で複数の津波堆積物が発見された(石原・山崎,2024).発見された津波堆積物の年代は約200年前と2000年前,すなわち明和津波と先島津波が発生した時期に対応する.特筆すべきは,一部の洞窟の開口部の標高が海抜40メートルに達していることである.これは,津波石の標高(約30メートル)から推定されてきた津波遡上高よりも大幅に上回る標高であり,明和・先島津波が従来の想定よりもさらに大規模なイベントであったことを意味する. そこで,本研究では,津波シミュレーションモデルJAGURS(Baba et al., 2015)を使用して,1771年明和津波と先史時代の先島津波の規模を推定し,両者の特徴の違いを検討した.津波を発生させた断層は海溝沿いに分布していたことを想定し,断層の長さ,幅,すべり量をさまざまに変更して数値計算を繰り返し行った.得られた浸水範囲を津波堆積物がみられた洞窟の分布と比較し,明和および先島津波を引き起こした断層パラメータを推定した. 結果として,明和津波を起こした断層は,幅が40km,すべり量が30m以上であったことが推定された.この結果は,Nakata et al. (2024)とおおむね整合的である.一方,約2000年前の先島津波を引き起こした津波は更に大規模な震源域をもっていたことが推定された.検討の結果,現実的な断層滑り量(< 40 m)で先島津波を引き起こすためには,震源断層に複数のセグメントを設定し,それぞれのセグメントに異なる滑り量を設定する必要があることが示唆された.今後は津波モデルに土砂輸送モデルを組み込み,洞窟で観察された津波堆積物を再現することで,震源断層の規模に関するさらなる制約を得ることを目指す.

    引用文献

    1.Baba et al. (2015), Parallel Implementation of Dispersive Tsunami Wave Modeling with a Nesting Algorithm for the 2011 Tohoku Tsunami Pure Appl. Geophys. 172 (2015), 3455–3472.

    2.Ishihara and Yamazaki (2024),陸域アーカイブとしての石灰岩洞窟とそこにみられる第四紀研究(The Quaternary Research)63(2)p. 00─00

    3.Koki Nakata et al.(2024),New source model for the 1771 Meiwa tsunami along the southern Ryukyu Trench inferred from high-resolution tsunami calculation, Progress in Earth and Planetary Science (2024) 11:28

  • 今井 悟
    セッションID: T13-P-6
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    四国南西部に位置する高知県土佐清水市には,南海トラフ地震に関する記録が数多く残されており,地殻変動や津波浸水域について議論されている.しかし17世紀以前の歴史資料は少なく,また津波堆積物についても嶋田ほか(2021)が15世紀の年代を示す砂質津波堆積物を報告しているのみである.ところで,津波により運搬された直径1 m以上の巨礫を一般に津波石という(後藤,2012).日本における津波石の研究事例は琉球海溝沿いのサンゴ礁地域に集中しており,その他の地域では少ない(後藤,2017).しかし,認定基準の検討は必要なものの,巨礫の供給源がある沿岸地域には未知の津波石が存在する可能性が指摘されている(後藤,2012).そうした津波石を調査することで,砂質津波堆積物の調査適地が少ない地域における過去の地震津波情報の取得が期待できる.このような背景のもと,本研究では土佐清水市千尋岬に見られる巨礫群について,それらが津波石である可能性を検討した.

    千尋岬の海岸には,中新統三崎層群の砂岩泥岩互層および厚層砂岩からなる海食崖と,離水および現世の波食棚が発達する.波食棚上には巨礫が点在しており,本研究では千尋岬南西岸に分布する3点について,付着する海生生物遺骸の放射性炭素年代測定を実施した.また,巨礫近傍の波食棚上に付着する生物遺骸についても年代を測定した.なお年代測定は(株)パレオ・ラボに依頼した.

    調査対象の巨礫は,標高約0.8–1.6 mの波食棚上に位置する.それらの直径は約3.0–5.5 m,推定重量は約15–40 tで,形状はいずれも角ばっている.また巨礫の平坦面の一つにはヤッコカンザシやヒラフジツボ類を主体とする海生生物の遺骸が付着する.付着生物遺骸は標高約1.8–3.6 mの範囲に分布し,その生息水深を考えると明らかに離水している.得られた付着生物遺骸すべての暦年代(2σ)の範囲は西暦775–1752年で,各巨礫から得られた最も新しい年代を最終的な離水年代と考えると,それぞれ西暦1102–1419年, 西暦1138年–1437年,西暦1437–1752年となる.

    巨礫に付着する生物が離水する要因としては,巨礫の移動と地殻変動による相対的海水準変動とが考えられる.付着生物の生息環境を考慮すると,付着生物遺骸が見られる巨礫の平坦面はかつて波食棚に接しており,その間隙部に付着生物が生息していたのが,巨礫が転動したことで離水したと解釈できる(北村ほか, 2014).しかし,標高1.1–1.5 mの波食棚上の付着生物遺骸から西暦1316–1620年の年代が得られたため,巨礫の離水は地盤隆起によるもので,その後に巨礫が転動した可能性もある.この問題の検証のため,付着生物遺骸が見られる平坦面に発達するタフォニの深さを計測し,その形成に要する時間を試算した.平坦面は,波食棚に接していた時期は乾燥しにくく塩類風化の影響は少なかったが,巨礫の転により直射日光を受ける潮上帯に位置するようになると,塩類風化によりタフォニが形成され始めたと考えられる.すなわち巨礫が転動後,現在まで姿勢を保っていたとすると,タフォニと付着生物遺骸の示す年代は一致する.この試算には,千尋岬と岩石やその露出環境が類似する和歌山県白浜のデータを用いた(Sunamura and Aoki, 2011).その結果,平坦面のタフォニの形成期間は800–1300年程度という値が得られた.よって,三崎層群の岩石物性値を用いた再検討の必要はあるものの,巨礫の転動は付着生物の死滅と同時期と考えられる.

    海岸巨礫を転動させうる営力としては,台風などにともなう高波と津波とが考えられる.ドローンで撮影した2022年と2024年の空中写真を比較したところ,直径2 m以下,推定重量1 t以下の巨礫が複数移動していた.これらは高波によって移動したと考えられる.一方,国土地理院の空中写真など過去の写真資料と,2024年の空中写真を比較した結果,本研究の調査対象を含む直径2 m以上の巨礫は少なくとも過去50年間ほとんど移動しておらず,それらは台風時の高波では移動しない可能性が高い.

    以上の結果から,本研究対象の巨礫は津波石だと考えられる.付着生物遺骸の年代をそのまま適用すれば3点のうち2点は正平地震(1361)にともなう津波により転動したこととなる.もう1点の年代範囲には,明応地震(1498),慶長地震(1605),宝永地震(1707)が含まれており,歴史地震との対比は今後の課題である.

    引用

    北村ほか, 2014, 第四紀研究, 53, 259–264. 後藤, 2012, 堆積学研究, 71, 129–139. 後藤, 2017, 地質学雑誌, 123, 843–855. 嶋田ほか, 2021, Diatom, 37, 8–21. Sunamura & Aoki, 2011, Earth Surf. Process. Landforms, 36, 1624–1631.

  • 永田 篤規, 梶田 展人, 安藤 卓人, 箕輪 昌紘, 梅田 浩司
    セッションID: T13-P-7
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    周辺の植生や地質,湖の水文・生物学的な季節変動を反映させながら一年毎に形成される年縞を含んだ堆積物には,集水域及び湖内の環境変遷史が精密に記録されている.さらに,年縞堆積物には地震や大雨・洪水イベントに起因するタービダイトやホモジナイト,MTD(Mass transport deposit)が挟在する場合があり,これらは過去の自然災害に起因する可能性がある.ただし連続的な年縞堆積物が形成されるには,季節毎に異なる堆積プロセスが存在していること,湖底の生物擾乱が少ないこと,湖盆が沈降場であることなど,幾つかの条件が必要であり,それらを満たす湖沼は非常に限られている.また,イベント堆積物のトリガーとなった災害の種類を特定することも困難である.そのため,湖沼の年縞堆積物に挟在するイベント堆積物から,過去に発生した地震・大雨災害の規模や発生周期の復元を成し遂げた研究例は少ない.

      男鹿半島に位置する一ノ目潟は,マグマ水蒸気爆発により形成されたマール(爆裂火口)に水が溜まって形成された湖沼であり,面積(直径600mの円形)に対して水深(最大水深45m)が深く,湖底は鍋底状の平坦な形状をしている.この特徴が底層における無酸素の水塊を生み出していると考えられ,湖底の堆積物には年縞がよく保存されている.一ノ目潟の年縞は,春から夏にかけて堆積する珪藻ブルームを主体とした明色層と,夏の終わりから冬期に堆積する陸源性の砕屑物質(非晶質物質,葉片など)に富む暗色層から構成されていること(山田ほか2014, 月刊地球),また,そのように形成された年縞が少なくとも過去3万年分堆積していることが明らかにされている(Okuno et al., 2011, Quat.Int.).本研究では一ノ目潟の年縞による年代軸を基にして,堆積物コア中に挟まれているイベント層を,過去に男鹿半島を襲った地震・大雨災害と対応させることを試みた.

      堆積物コアの採取は2度に渡って実施した.1回目の調査は2023年11月上旬に行い,一ノ目潟の最深部やや北側の湖底から32.5cmの堆積物コアを採取し,層相観察および年縞の本数を計測した(永田ほか2024, JpGU).過去に一の目潟から採取されたコアと対比した結果,年縞が現在も1年毎に形成されていることが判明した.さらに,採取したコアの中に,年縞部分とは層相が異なる4つのイベント層(E1,E2,E3,E4)を認定した.これらの結果と秋田県の災害年表を照合することで,E1,E2,E3,E4がそれぞれ1983年日本海中部地震,1979年の大雨イベント,1964年男鹿半島沖地震,1955年の大雨イベントに対応していると解釈した.年縞層とイベント層について粒度分析を行った結果,両者では粒度分布が大きく異なっており,イベント層ごとにも違いが見られた.地震に起因すると考えられるE1とE3と,大雨に起因すると考えられるE2とE4では,粒度分布が異なっていた.さらに,イベント層の供給源を特定するため,湖底斜面の表層堆積物や,一ノ目潟に流入する河川の河床堆積物の粒度分析を行った.その結果,地震によるイベント層と湖底斜面の表層堆積物,大雨によるイベント層と流入河川に含まれる砕屑物で,それぞれ粒度分布が類似していた.

      2回目の調査は2024年6月中旬に行い,湖の最深部から39.5cm,湖に流入する人工的な小規模河川付近(最深部より南側)の湖底から37.0cmの堆積物コアを採取した.また,湖底地形図の取得を行った.今回の発表では,これまでに採取した計3本のコアの対比結果を報告する.イベント層の空間的分布を明らかにすることで,成因毎に異なるイベント層の堆積プロセスを堆積層から判定ですることを目指している.これにより,一ノ目潟の長尺堆積物コア(Okuno et al., 2011, Quat.Int.)から,過去3万年にわたって地震や大雨などの自然災害の履歴を復元できるようになると考えられる.

  • 山口 季彩, 吉田 孝紀, 筬島 聖二
    セッションID: T13-P-8
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに:南西諸島の山地,丘陵地,段丘上には,砂岩や頁岩,千枚岩,国頭礫層など非石灰質母材に由来する赤色,黄色を呈する土壌が広く分布し,沖縄地方では古くから“国頭マージ”と呼ばれている[1].現在,沖縄本島において赤土等の流出が問題視されており,これらの問題に関連した国頭マージの物理的,化学的性質について検討されている[2][3].日本における赤色土の起源や生成過程については考察されているものの[4],沖縄県の赤色土に関して,岩石や堆積物が国頭マージに変化する過程の詳細は報告されていない.また,岩石の風化過程について,花崗岩などの火成岩を対象とした諸性質の変化に関する研究は多くなされているが[5][6],千枚岩などを対象とした風化過程の研究は未だ少ない.本研究では,沖縄県国頭郡の白亜系名護層千枚岩を対象とし,その岩石風化過程を露頭規模,薄片規模での観察,XRD分析を用いて明らかにすることを目的とする.

    研究手法:風化した千枚岩と礫質堆積物が不整合面を境に接する沖縄県国頭郡東村のアカアササキ露頭(弱~中程度風化)と,沖縄県国頭郡大宜味村の白浜露頭(強風化)をマンセル土色表に基づいた色相で区分し,区分した各層のサンプルについて岩石薄片観察,X線回折分析を行い,岩石組織と含有鉱物の組み合わせや組織の変化を検討した.また,露頭の千枚岩の母材に比較される,大宜味村津波地区で採取した比較的新鮮な名護層千枚岩の試料から,原岩の評価を行った.

    風化過程の評価:アカアササキ露頭は沖縄本島の東海岸に位置しており,比較的新鮮な千枚岩が露頭下位から上位に向かって風化し,赤色化する過程が観察できる.これに対し白浜露頭は,標高160mの山地に位置しており,千枚岩とこれを不整合で覆う堆積物が強風化した露頭である.これら2つの露頭に対し,下位から上位への風化状況の変化を記載した.亜熱帯気候条件下での千枚岩の岩石組織の変化として,アカアササキ露頭に見られる初期の風化段階では,片理や割れ目から風化が進んだ後,風化は割れ目よりも片理に制御されていた.続いて片理に関わらず,すべてが均質に風化したのち,赤色化が進行し元の岩石の硬度が失われ脆くなっていた.その後の風化段階を保存する白浜露頭において,千枚岩の片理構造が破壊され,最終的に赤褐色の土壌(国頭マージ)に変化している様子が観察できた.鉱物の変化としては,風化初期に新鮮な千枚岩に含まれていた方解石が消失し,その後長石が変質したものと思われるカオリナイトが生成していた.さらに風化が進むとバーミキュライトが生成し,緑泥石や斜長石の消失が認められた.岩石が赤色化すると針鉄鉱が生成し,カリ長石が消失していた.白雲母もまた消失し,薄片観察において,干渉色の低いイライトやイライト/スメクタイト混合層鉱物へと変化することが認められる.最終的には石英が残り,ギブサイトを含む赤色土壌に漸移していた.

    議論:本研究では亜熱帯気候下で強風化を被った千枚岩の風化過程について,岩石組織的,鉱物学的変化をそれぞれ明らかにした.現段階で千枚岩の風化は,割れ目や片理による制御を被っている風化初期からその制御が弱まり,均質に風化したのち最終的に片理構造が分解されることが示唆される.また,鉱物の変化は方解石の消失→カオリナイトの生成→緑泥石や斜長石の消失,バーミキュライトの生成→カリ長石や白雲母の消失,ゲーサイトやイライト,イライト/スメクタイト混合層鉱物の生成→ギブサイトの生成といった過程を辿ったと思われる.しかし,構造的な変化と鉱物的変化,化学的な変化の相互関係は未だ不明瞭である.また,構造的な制御は風化による物理的性質の変化によく反映されることが考えられる.今後,岩石の色や組織,鉱物の変化の他に物理的な特性や化学組成変化について併せて検討し,これらの相互作用について議論する必要があると考える.

    引用文献:[1]前島勇治,2016,ペドロジスト,第60巻,第1号,65-70.[2]宮城調勝・近藤 武,1990,農業土木学会論文集,1990巻,第149号,39-44.[3] 翁長謙良・吉永安俊・渡嘉敷義浩,1993,農業土木学会誌,第62巻,第4号,307-314.[4]荒木 茂,1988,ペドロジスト,第32巻,第2号,91-98.[5] 木宮一邦,1975,地質学雑誌,第81巻,第6号,349-364.[6]Nesbitt H.W. and Markovics G,Geochimica et Cosmochimica Acta,1997,Vol.61,No.8,1653-1670.

  • 杉山 春来, 吉田 孝紀
    セッションID: T13-P-9
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに:中新世以降,地球全体で中期中新世の温暖期をピークとして,それ以降鮮新世中盤まで温暖期が継続した.この時期は現在よりも2-3℃気温が高いものの,その後の鮮新世末から更新世にかけて急激に寒冷化したとされる(Zachos et al.,2001).鮮新世末以降の急激な寒冷化に伴い大陸の中緯度帯では乾燥化が進み,森林植生から草原植生への変化や,哺乳類の大型化,特殊化が起こるなど,陸上環境は大きく変化した(Juha et al., 2014).寒帯域から亜熱帯域にまで及ぶ日本列島は,鮮新世寒冷化に伴う陸上環境の変化を気候区ごとに復元する上で好適である.本研究では,日本各地に分布する鮮新統の古土壌を用いて古環境復元を行い,当時の陸上環境の包括的復元を目標としている.九州地方の鮮新世の陸上環境の復元をめざして, 人吉盆地西部に分布する上部鮮新統の人吉層下部を対象とした. 人吉層は凝灰岩のK-Ar年代が測定によって,堆積年代が詳細に検討されている.人吉層最下部の船戸凝灰岩部層から2.72±0.25Ma,人吉層最上部の山田凝灰岩から2.58±0.08Maが報告されている(鳥井ほか, 1999).

    地質概説:人吉層は四万十帯や肥薩火山岩類を起源とする礫岩・砂岩優勢な下部と,凝灰質泥岩優勢な上部に区分されている(田村ほか, 1962).人吉層下部では林ほか(2007)による堆積相解析が行われており,湖周辺に発達したファンデルタ堆積物であると解釈されている.人吉層上部からはヒシ化石(今西・宮原, 1972),淡水貝化石(田村ほか, 1962),淡水海綿化石(松岡ほか,2006)などの湖沼環境を示す化石が報告されている.

    堆積環境と古土壌:堆積相解析の結果,人吉層下部は網状河川堆積物・氾濫原堆積物・沿岸堆積物・デブリフロウ堆積物から構成される.氾濫原を示す細粒な堆積物では細根がよく発達し,土壌化が認められる.本研究地域の古土壌は明灰色もしくはクリーム色を呈し,地下水の影響による,グライ化の特徴を示さない.さらに,軽石や火山ガラスを豊富に含むことから火山灰質土壌であるAndisolの特徴を示す.土層分化を示す層準が局所的に発達しているものの,土壌化の程度は弱く未成熟な土壌である.

    議論:Andisolは風化に対する抵抗性が非常に低い火山ガラスを豊富に含むため,比較的短時間で形成される(Shoji et al., 1993).本研究地域の古土壌は,風化しやすい特性を持っているのにも関わらず,土壌としては未成熟なものが発達している. グライ化の特徴を示さないことから,古土壌が形成された層準は適度に乾燥し,土壌化が進行しやすい水分条件であったと言える.そのため,本研究地域に発達する未成熟なAndisolは,鮮新世末期の冷涼な気候条件下で形成されたことを示唆する.

    引用文献:林ほか. 2007, 熊本大学教育学部紀要, 56, 71-77. 今西・宮原, 1972, 熊本大学教養部紀要, , 27-31. Juha et al., 2014, Proc. R. Soc. B., 281, 20132049. 松岡ほか, 2006, 豊橋市自然史博物館報, 16, 31-37. Shoji et al., 1993, Developments in Soil Science, 21, 37-71. 田村ほか, 1962, 熊本大教育学部紀要, 10, 49-56. 鳥井ほか, 1999, 地質雑, 105,585-588. Zachos et al., 2001, Science, 292, 686-693.

  • 白石 史人, 清水 真音, 中田 亮一
    セッションID: T13-P-10
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    中新世には日本各地に広く海が侵入したことが知られており,それに伴って広島県では三次・庄原地域に備北層群が堆積した.備北層群は主に礫岩,砂岩,泥岩など珪砕屑性堆積岩を主体とするが,有孔虫や二枚貝類などの石灰質遺骸も多く含まれる.特に庄原市西城川河床の中原セクションでは,石灰質遺骸の濃集した“藻類石灰岩”が小規模に発達している(杉村ほか, 1990; 山本, 1999).しかしながら,そのような石灰質堆積物がなぜ形成されたのかについては,十分に理解されていない.そこで本研究は,中原セクション周辺において石灰質構成要素に着目した岩相記載を行い,石灰岩の形成に至った古環境要因を推定した.また,そのような石灰岩がいつ形成されたのかという情報も成因を考えるうえで重要であるため,本セクションから産出するカキ化石に対し,白石ほか (2005) の手法に基づいてSr同位体層序の適用を試みた.

     山本 (1999) は西城川河床に露出する備北層群を5つのセクションに分けて記載したが,中原セクションはその北西部に当たる.本研究では,中原セクションの西方約200 mから,隣接する甲代セクションの約50 mまでの約500 mを調査範囲とした.地層は調査範囲の中心付近で緩やかに向斜しており,向斜軸で最上位層が露出する.調査範囲の西側には最下部層の礫岩が露出しており,しばしば東向きの古流向を示すインブリケーションが認められ,また平板型・トラフ型斜交層理を伴う砂岩層もしばしば狭在することから,網状河川堆積物であると考えられる.XRD分析の結果,これらの砂岩層には石英・長石に加えて方解石も約7–33%含まれていたが,薄片観察の結果,方解石は砂岩のセメントとして存在しており,石灰質遺骸は含まれていなかった.この礫岩の東側には,カキ殻や植物片を多く含む上位の砂岩層が露出しており,しばしばウニ棘を含むことから海水環境で堆積したと考えられる.この砂岩層にも方解石が約7–50%含まれており,それは石灰質遺骸やセメントとして存在していた.向斜軸付近では,この砂岩層の上位に泥岩層が見られ,原地性と思われる大型のカキが含まれることから,これも海水環境で堆積したと考えられる.この泥岩層には方解石が約0–11%含まれており,それは微小な石灰質遺骸や石灰泥として存在していた.向斜軸の東側では下位の礫岩層が露出しており,それは南北走向の高角小断層を介して,さらに東側の“藻類石灰岩”と接していることから,断層によって東側がやや沈降しているものと考えられる.この“藻類石灰岩”は,西側でカキ殻や有孔虫を含む細粒砂岩を,東側で礫岩を覆っていた.石灰岩は方解石が約96%であり,それは主に紅藻類の石灰藻である無節サンゴモから構成されていたことから,海水環境を示している.石灰岩はグレインストーン~ラドストーンに分類され,サンゴモ骨格は異地性の特徴を示すことから,比較的高エネルギー環境で運搬・堆積したことが推定される.これらの結果と調査地周辺の地理的特徴をふまえると,中新世の中原セクションでは,海進によって網状河川から海へと環境が変化し,潮流によってサンゴモが破断・運搬されて堆積することで“藻類石灰岩”が形成したと考えられる.

     一方,Sr同位体層序に関しては,用いたカキ化石のFe・Mn濃度が高く,一部はドロマイト化も被っており,年代決定に適さないことが判明した.測定されたSr同位体比は,先行研究で推定された年代における海水の値よりもかなり低いことから,火成活動の影響を受けている可能性が考えられる.

    引用文献

    杉村昭弘・藤井厚志・橋本恭一・長井孝一・杦山哲男・木戸悟・岡本和夫 (1990) 瑞浪市化石博物館研究報告, 17, 51–59; 山本裕雄 (1999) 地球科学, 53, 202–216; 白石史人・早坂康隆・高橋嘉夫・谷水雅治・石川剛志・松岡淳・村山雅史・狩野彰宏 (2005) 地質学雑誌, 111, 610–623.

  • 足立 奈津子, 川村 寿郎
    セッションID: T13-P-11
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    テチス海縁辺域に発達したジュラ系生物礁は,古くから研究がなされ,それらは,六射サンゴ,層孔虫,珪質海綿,微生物類などから主に構築された (Leinfelder and Schmid, 2002).パンサラッサ海の中緯度西域に位置した高知県佐川地域で代表される鳥巣石灰岩 (上部ジュラ系〜最下部白亜系) からも,六射サンゴ,層孔虫,微生物類によって主に構築された礁が知られている.北海道北見地域の仁頃層群中に分布する上部ジュラ系〜最下部白亜系石灰岩は,パンサラッサ海の低緯度域に発達した海山に起源し (榊原他,1993),同時代に類例の稀な海山頂に発達した礁の特性を理解する有用な情報を提供する (川村他,1995).本研究では,北見地域に分布する礁性石灰岩を対象に,微生物類を含めた造礁生物の特徴や形成環境を検討する.

     石灰岩は,玄武岩質凝灰岩や泥岩中に囲まれた数10cm〜数10m規模のブロックとして産出する.礁性石灰岩は,主要な造礁生物を基に,(a) 紅藻類−層孔虫,(b) 六射サンゴ−層孔虫,(c) 層孔虫−微生物類の各boundstoneが識別される.(a) 紅藻類−層孔虫boundstoneでは,紅藻類 (solenoporaceans) や層孔虫,六射サンゴの造礁骨格生物が40〜50% (面積比率) を占める.被殻微生物類のLithocodiumBacinella, Girvanella, Iberopora が3〜15%を占有し,それらが,礁の枠組み表面や枠組み間を充填する.Bacinellaは特に紅藻類の成長中断面や周縁部に発達し,穿孔する場合が認められる.枠組み間は,ウミユリや二枚貝などの生砕物やコートイド,ウーイドを含むgrainstoneが充填する.(b) 六射サンゴ−層孔虫boundstoneでは,六射サンゴや層孔虫が主要な枠組み構築者で40〜60%を占有する.1〜2mmの厚さの層状層孔虫と被覆微生物類が繰り返し累積することでboundstoneを形成する場合も認められる.(c) 層孔虫−微生物類boundstoneでは,造礁骨格生物は,10〜15%と少ないものの,LithocodiumBacinellaの他に,フィラメ ントや球状微生物を散点的に含むペロイド状粒子が40%程度を占有し,それらが,枠組み表面でドーム状に発達したり,枠組み間を充填する.

     (a) や (b) タイプのboundstoneは,生砕物やウーイドを含むgrainstone中に発達する.造礁骨格生物の割合が高く,被覆微生物類が二次的に補強することで,水流エネルギーの高い浅海環境下で,強固な枠組みを備えた礁を発達させた. solempporaceansが豊富な上部ジュラ系礁の例は少ないものの,本研究と同様の高エネルギー環境からの報告がある (Dupraz and Strasser, 1999). 一方,(c) タイプのboundstoneは,微生物の代謝起源や生砕物の細粒子化に起源するペロイド状粒子を豊富に含んでおり,(a) や (b) タイプより水流エネルギーの低い浅海環境下で発達した.今後さらに詳しく,同時代に発達した礁の生物相とも比較することで,当時の海山頂に特異な礁生態系の特性を明らかにしていく.

    (引用文献)

    Dupraz and Strasser (1999) Facies 40, 101-130. 川村寿郎他 (1995) 日本地質学会学術大会講演要旨, 141. Leinfelder and Schmid (2002) Phanerozoic reef pattern. SEPM Special publication 72, 465-520. 榊原正幸他 (1993) 地質学雑誌99, 615-627.

  • 鬼頭 岳大, 中田 亮一, 白石 史人
    セッションID: T13-P-12
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    上部ジュラ系~下部白亜系の鳥巣式石灰岩は,南は九州,北は北海道まで広く分布し,一般的に砂岩や泥岩などが卓越する地質体中に小規模岩体として産する (例えば,田村, 1960).このことは,ジュラ紀後期~白亜紀前期のある時期に,炭酸塩鉱物の供給量が陸源砕屑物の供給量を局地的に上回るイベントが,ユーラシア大陸東縁の比較的広い範囲で起こったことを意味する.先行研究では,その原因が汎世界的な海水準上昇や富栄養化などにあると推測している (Kakizaki et al., 2012).しかしながら,鳥巣式石灰岩はしばしば周囲の砕屑岩との境界露頭を欠いていることに加えて,その年代が精度よく決定された石灰岩体がいまだに限られていることもあり,炭酸塩鉱物の相対的な供給量の増加に至った原因は十分に理解されていない.本研究において,愛媛県西予市城川町で詳細な地質調査を行ったところ,新たに鳥巣式石灰岩と下位の砕屑岩の連続露頭を発見し,これを中津川セクションとした.本セクションにおいて,石灰岩・砕屑岩の構成要素を明らかにし,また石灰岩に対してSr同位体層序学を適用することで,鳥巣式石灰岩形成の開始・終了に至った要因について明らかにすることが本研究の目的である.

     中津川セクション周辺では,下位からハンモック状斜交層理を伴う砂岩泥岩互層,平板型・トラフ型斜交層理を伴う砂岩,層状石灰岩,塊状石灰岩へと変化した.このことは,石灰岩が相対的海水準の低下に伴って形成したことを示唆する.XRD分析および薄片のポイントカウンティングの結果,本セクションの岩相は下位から陸源砕屑物とペロイドからなるグレインストーン,石灰泥と陸源砕屑物からなるワッケ・パックストーン,造礁性生物・微生物被殻・被覆微生物からなるフレームストーン,陸源砕屑物・放散虫を含むワッケストーンへと変化した.これらの結果を踏まえると,石灰岩の形成は,浅海化と石灰質骨格を持つ生物の生育により開始し,水深増大によって終了したことが示唆される.また,石灰岩体の中部から発見した腕足動物の殻に対し,白石ほか (2005) の手法に基づいてSr同位体層序学を適用したところ,147.5±0.5 Maという堆積年代が得られた.これは,先行研究がSr同位体層序によって推定した他の石灰岩体の堆積持続期間と一致する.

    引用文献

    Kakizaki, Y., Ishikawa, T., Nagaishi, K., Tanimizu, M., Hasegawa, T., Kano, A. (2012) Strontium isotopic ages of the Torinosu-type limestones (latest Jurassic to earliest Cretaceous, Japan): Implication for biocalcification event in northwestern Palaeo-Pacific. Journal of Asian Earth Sciences, 46, 140–149.

    白石史人, 早坂康隆, 高橋嘉夫, 谷水雅治, 石川剛志, 松岡淳, 村山雅史, 狩野彰宏(2005) 高知県仁淀村に分布する鳥巣石灰岩のストロンチウム同位体年代. 地質学雑誌. 111(10), 610–623.

    田村実 (1960) 鳥巣層群および類似層の層位学的研究. 熊本大教育紀要, 8, 1–40.

  • ★「日本地質学会学生優秀発表賞」受賞★
    シュテンゲル ハネス, 富岡 尚敬, 高橋 嘉夫, 白石 史人
    セッションID: T13-P-13
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    Terrestrial hot spring environments have long been deemed a favourable setting for the dawn of microbial life on Earth and perhaps elsewhere in the universe. As such, they were identified as promising loci for the exploration of potentially extant life on Mars, meanwhile associated carbonate rock (travertine) precipitates are vigorously studied as analogues for ancient microbialites dating back to the Archaean. Although CO2 degassing and abiotic carbonate precipitation has conventionally been deemed a major driver of travertine formation, variable microbial influences are increasingly being acknowledged. Nevertheless, the complex interplay between the two on travertine fabrics (among others) remains a matter of controversy.

    A particularly enigmatic travertine micro-component are peloids, (sub)rounded and internally structureless grains ca. 30–100 μm in diameter that are ubiquitously found in the carbonate rock record. These grains are generally considered to have several origins, ranging from biotic to abiotic processes. Recent research suggests potential cyanobacterial mediation based on sundry coccoid-shaped microstructures in peloid interiors (Adachi et al., 2004; Shiraishi et al., 2017), although the spatiotemporal extent of aforementioned hypothesis is yet to be determined. In order to shed new light on said discussion, we herein investigated and reconstructed the formation mechanism of aragonitic peloids from recent travertine deposits at Satono-yu hot spring (Oita Prefecture, Japan). Integration of advanced microscopical and mineralogical-geochemical techniques allowed an in-detail observation of peloid microstructures on a to-date unprecedented scale. This study critically contrasted arguments in favour of both microbial and abiotic mediation, and a novel, four-step peloid-formation mechanism based on (cyano)bacterial influence shall be proposed.

    References:

    Adachi N., Ezaki Y. and Liu J. (2004) The fabrics and origins of peloids immediately after the end-Permian extinction, Guizhou Province, South China. Sedimentary Geology, 164, 161–178.

    Shiraishi F., Hanzawa Y., Okumura T., Tomioka N., Kodama Y., Suga H., Takahashi Y. and Kano A. (2017) Cyanobacterial exopolymer properties differentiate microbial carbonate fabrics. Scientific Reports, 7, 11805.

  • ★「日本地質学会学生優秀発表賞」受賞★
    パンディ アブヒシェク, チャクラボルティ パルタ, 中田 亮一, 白石 史人
    セッションID: T13-P-14
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    The eukaryotic clade is composed of stem and crown groups, and the emergence of latter is gathering particular attention because it diversified into all kind of eukaryotes that we see today. Based on eukaryotic fossils reported from worldwide, it is widely believed that they emerged in early Mesoproterozoic. Among them, Mesoproterozoic Chitrakoot Formation, lower Vindhyan Supergroup, India, recently gained attention for its well preserved early eukaryotic fossils including red algae, i.e. crown group (Bengtson, et al. 2017). However, there are still some uncertainties with Chitrakoot Formation: (1) the inhabiting environment of these eukaryotes is unclear, although it is important for understanding O2 demand of the early eukaryotes, and (2) the depositional age is not well constrained because the upper part (1650 Ma; Bengtson, 2009) is older than the lower part (1406–1483 Ma; Kumar et al., 2001). In this presentation we will describe the lithological characteristics, depositional features, and eukaryotic microfossils from Chitrakoot Formation.The lower part of Chitrakoot Formation is composed of granular dolostone (it was called peloidal dolomite by previous studies), glauconitic sandstone and intraclastic dolostone. Some horizons of granular dolostone have chert matrix, which contains many microfossils including spherical with meshwork, smooth ornamented, and multicellular filamentous forms. The depositional setting of the lower part is tentatively considered as high energy setting and deepening upward.The upper part of Chitrakoot Formation is composed of bedded dolostone with overlying stromatolite-bearing dolostone and phosphorite. The latter is partly deformed by slump folding. The stromatolitic/oncolitic phosphorite contains filamentous structures representing probable mold of filamentous microorganisms. The depositional setting of the upper part is tentatively considered as a relatively low energy environment with flourished microbial mats. In the summary, we believe that detailed investigation is required to elucidate the depositional environment and possible eukaryotic assemblage of Chitrakoot Formation.

    References

    Bengtson et al. (2009) PNAS 106, 7729–7734; Bengtson et al. (2017) PLoS Biology, 15, e2000735; Kumar et al. (2001) Current Science, 81, 806–809

  • 石原 与四郎, 森本 直記, 森田 航, İsmail BAYKARA
    セッションID: T13-P-15
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    洞窟は,化石や遺物,堆積物をよく保存することで知られる.一方で洞窟の入口付近は,しばしば動物やヒトが利用し,堆積物を様々な形で乱すことも知られている.特にヒトが洞窟を利用する形態は,居住地,墓など様々であり,特に居住地として利用した場合には,整地やメンテナンスなどの堆積物が生じることがあるとされる.

     Üçağızlı II Cave Siteは,トルコ南部,ハタイ県の地中海に面した中期旧石器時代の洞窟遺跡である.本遺跡では厚く塊状の堆積物が認められ,石器,動物骨,軟体動物の殻など豊富な遺物や化石を産出するほか,U-Th年代に基づき,75,000年前以降から21,500~24,200年前までにこれらの堆積物や遺物が形成されたと考えられている(Baykara et al., 2015).本洞窟のある場所はレバント地域の最北部にあたり,中期旧石器時代後期の文化的変化と人類集団の相互作用を理解する上で重要な遺跡である. 発掘は,北北東-南南西および西南西-東北東方向の割れ目に沿って,形成されたL字型の谷の海抜5 mほどにある海食台と崖面との境界付近に認められる洞窟(Chamber A~D)のうち,Chamber D(海抜12 ~ 13 m)で行われている.Chamber群は,割れ目に沿って形成された谷の基部に分布していることや,谷の中,壁面や床面には落盤堆積物が認められることなどから,これらはかつてひとつの洞窟であったと考えられている.Chamber内および谷の側面に認められる堆積物は,上位のA層からD層に区分されており,D層は海浜堆積物,B,C層が遺物や化石,灰などのヒトの痕跡を多く含む層,A層が表土にあたる.このうち,B層は120 cmと厚く,便宜上上部と下部に分けられる.堆積物は主として昆虫によって生物擾乱を受けている(Baykara et al., 2015).

     本研究では,Üçağızlı II Cave Siteの調査を行い,地形の3次元計測や堆積物の再検討を行っている.現地では許可を得た上でChamber Dのトレンチの西壁のB層(層厚約50 cm)においてブロック試料の採取を行った.採取した試料は国立科学博物館のマイクロフォーカスX線CTで内部構造を可視化した後,微細形態観察用に樹脂で包埋し,一部について薄片試料を作成した.

     トレンチの西壁の露頭において,B層はほぼ塊状で化石や遺物を多く含むが,表層部を中心に固結が進んでおり,一部を除いて粒子配列等の構造を現地で認識することが難しい.一方,X線CT画像では,洞窟の奥側に向かって数度ほど傾斜する粒子が多い層準,直立した粒子を含む層準,ほぼ水平に配列する層準などが認められた.粒子の傾斜方向は,洞窟の入口から奥方向で,わずかに認められるB層中の構造と調和的である.また,粒子の一部はその縁に細粒なコーティングが認められる場合も認められる.堆積物内には立体的な構造のパイプ状の脈が可視化された.

     堆積物のスラブおよび薄片においては,B層最上部から20 cmほどを境に基質の色調や含まれる石灰岩片の量が異なること,微細な骨片や石器片,焼土片,灰の粒子などが確認されたほか,直径数mmの穴が確認された.一部の粒子はX線CT画像で認められたのと同様に,薄いコーティングが覆うことがある.基質は上位から下位にかけての変化は少なく,茶褐色を呈し,基本的には基質支持である. B層は,遺物や化石などを多く含むほか,特定の層準には燃焼に伴う灰の層が認められることから,ヒトの活動の証拠となる重要な地層である.一方で,その堆積過程は必ずしも良くわかっていなかった.塊状で基質支持であること,粒子配列がいくつかの層準で認められること,傾斜が緩いことなどからは,これらがChamber Dよりも外側にあったと考えられる生活場所のメンテナンスの過程(廃棄作業)で洞奥にもたらされたことが示唆される.しばしば水平な粒子配列をなすことや層準によって含まれる粒子がことなることからは,メンテナンスによる廃棄は複数回に渡って繰り返し行われた可能性が高い.一方で明瞭な生活面は,Baykara et al.(2015)による炉跡の痕跡しか認められず,不連続面・侵食面等も確認できない.したがって,これらのプロセスが比較的短期間に行われたのか,あるいは長期間にわたって行われたのかは現時点では不明である.

     本研究を実施するにあたり,京都大学SPIRITS(#A15190500003),科研費(#19KK0188),住友財団基礎科学研究助成(#210652),JST創発的研究支援事業(#JSTJFR21467169)を利用した.

    文献:Baykara et al., 2015, Journal of Archaeological Science, 4, 409-426.

  • 佐藤 碧海, 石原 与四郎, 澤浦 亮平, 藤田 祐樹, 砂川 暁洸
    セッションID: T13-P-16
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    石灰岩洞窟の堆積物は,絶滅動物を含む脊椎動物化石を多く産出することが知られている(Gillieson,2021).これは石灰岩洞窟では方解石に対して過飽和な地下水が供給されやすいことや,離水した洞窟では水流等からの侵食から取りのこされやすいこと一因があると考えられている.沖縄諸島以南の琉球列島では,更新世のサンゴ礁性堆積物からなる琉球層群中の琉球石灰岩層が広く分布しており,化石化した動物骨だけではなく,旧石器人骨なども発見されている(Fujita et al.,2016;沖縄県立埋蔵文化財センター編,2017a,b,2019;沖縄県立博物館・美術館編,2018).

     久米島は沖縄本島の西方約90 kmに位置する.下地原洞穴の全長は約185 m,洞幅は平均約10 m,天井高は約8 mで2つの洞口をもつ(長谷川・佐倉,1983).本洞窟では,長谷川・佐倉(1983)や大城(2001)によって絶滅種であるリュウキュウジカや旧石器時代の乳児の人骨なども発見されてきたが,それらを含む地層の堆積過程は明らかになっていない.発表者らは,2022~2024年に上記のシカ化石等産出区画周辺域に新たにTP1~TP3の区画を設け,発掘を行った.特にTP2からはリュウキュウジカの化石6個体分以上の化石が発見された(澤浦ほか,2023).本研究では,洞窟の壁面の溶食形態等を記載し,古水文環境の推定を行った.また,堆積物の分布や層序,形成過程を明らかにするため,TP2を中心とした堆積物の採取を行い,微細形態学的検討をおこなった.微細形態の観察には定方位試料を用いた.また,TP2の東壁と北壁では,はぎとり試料の作成および観察をおこなった.

     TP2の堆積物は未固結の砂やシルトを主体とする.本研究では,層相や連続性に基づき,上位から0層~Vc層に区分した.0層は現代の攪乱層で,よく攪拌された地層である.I層は植物片を主体とする灰層で,ピット周辺を含む洞内の表層部分では全域で連続的に分布する.II層は2層に細分され,IIa層は石灰質粒子まじりの細粒砂層で,グアノ層を覆うように分布するのに対し,IIb層は石灰質まじりの粗粒砂層で,斜交層理が見られる.III層も2層に細分され,IIIa層は,赤褐色のシルト質粘土層で,侵食により不連続的かつ下層の割れ目中に分布するのに対し,IIIb層は茶色の細粒砂層で,乾燥等による割れ目が認められる.IV層は,鉄・マンガン染色のある砂質シルト層で,下層の乾燥割れ目に脈状に落ち込むのが観察される.V層は3層に区分され,Va層は,鉄・マンガン染色のある砂質シルト層で,割れ目に堆積するのに対し,Vb層は,砂質シルト層で,マンガンを含み不連続的に分布する.Vc層は,シルト質のシカ化石包含層である.シカ周辺は比較的柔らかい堆積物で,シカ包含層は黒色の堆積物に囲まれている.堆積物の層相からは,堆積物のほとんどが静水中や流入する水流によって形成され,しばしば乾燥化してスランプや割れ目が生じたものであることがわかった.すなわち,(1)水中でできた洞窟が離水し落盤が生じる,(2)洪水・増水等により堆積物が流入・堆積,(3)乾燥化に伴ってスランプや割れ目が生じる,(4)土壌中の間隙水のpHの変化によって,鉄・マンガン酸化物による堆積物の染色が起こるといった,プロセスが生じており,特に(2),(3),(4)が繰り返されたと考えられる.このうち,絶滅シカ化石は,外部から流入した洪水あるいは増水による堆積物に含まれており,乾燥化によって生じた割れ目等に入り込んだものと見られる.本研究の一部には,科研費基盤研究(A)(22H00027)を利用した.

    文献:Fujita,M. et al., 2016, PNAS,113; Gillieson, 2021,Caves: processes, development, and management, 2nd ed., 508, Wiley Blackwell; 長谷川・佐倉,1983,科学朝日,5,52-53.; 沖縄県立博物館・美術館編,2018,沖縄県南城市サキタリ洞遺跡発掘調査報告書I.227; 沖縄県立埋蔵文化財センター編,2017a,沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書85,135; 沖縄県立埋蔵文化財センター編,2017b,沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書86,200; 沖縄県立埋蔵文化財センター編,2019,白保竿根田原洞穴遺跡-重要遺跡範囲確認調査報告書III(補遺編).沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書100,125; 大城逸郎,2001,野原朝秀教授退官記念論文集刊行会編,野原朝秀教授退官記念論文集,37-136; 澤浦ほか,2023,日本人類学会大会プログラム・抄録集(Web),77,69.

  • 石渡 千博, 岩崎 理樹, 横川 美和
    セッションID: T13-P-17
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    混濁流は地球表層の土砂移動現象の中で最も土砂移動量が多い事が知られており,その性質や土砂輸送の結果生じる地形や堆積物の特徴を知ることが重要である.しかし,混濁流の現地観測は難しく,水路実験やシミュレーションで研究されることが多い.シミュレーションに関しては,流れに関するものは多く開発されているが,その結果生じる地形や堆積物の特徴を調べるものはまだ少ない.本研究は,北海道大学で開発された混濁流のシミュレーションソフトを用いてサイクリックステップを形成する混濁流のシミュレーションを行い,大阪工業大学での水路実験の結果と比較を行った.

    本研究では,iRICソフトウェア(たとえば,Shimizu et al.,2020)で混濁流シミュレーションモジュールを用いたシミュレーションを行い,その結果についてParaViewというソフトウェアで堆積物の可視化や粒度分布の測定を行った.実験データは,大阪工業大学での先行研究である,藤田・森(2018)と福岡・永野・松波(2022)の条件を使った.実験とシミュレーションで,(a)流れのヘッドの移動速度,(b)地形,(c)粒度分布の3つを比較した.それぞれの条件は以下の通りである.(1)内部水路の傾斜5.5度,1回の混濁流の流量3.67Lで140回.(2)(1)の水路条件で,1回の混濁流の流量5.03Lで100回.(3)内部水路の傾斜を7度+上流側に7度のスロープを付設.1回の混濁流の流量17.7Lで141回.

    実験結果とシミュレーションの結果の比較から,以下のことがわかった.(a)ヘッドの移動速度は,いずれも,シミュレーションの方が速かった.(1)では,最大で約20cm/s実験よりも速い.(2)では最大で25cm/s実験よりも速いところがあったが、実験の流速を下回るところもあった.(3)では,最大で40cm/s実験よりも速い.(b)地形.(1)は上流端の形は少し異なるが,ほぼ同様の地形.(2)も上流端の地形が異なったが,ステップのでき方は類似していた.ステップの数は3つあり,実験よりも若干下流側に出来た.(3)ではステップの形成位置がかなり異なり,実験では3m付近であったものがシミュレーションでは6m付近に形成された.(c)地形表面の中央粒径.(1)は,実験では下流に向かうほど中央粒径が大きくなった(下流粗粒化)が,シミュレーションでは下流細粒化を示した.(2)では,ステップの上流側と下流側それぞれを調べたところ,どのステップでも上流側の中央粒径が大きかった.また水路全体では,実験と同様に下流細粒化が見られた.(3)では,中央粒径はどの場所も同じような数値になったが,実験とは異なりわずかに下流細粒化が見られた.(d)条件(3)について,鉛直方向の中央粒径の変化を比較した.底面から上方へ粗粒化する傾向は実験と同じパターンが再現されたが,表面近くで急激に上方細粒化するパターンは再現できなかった.

    以上の結果から流量が少ない(1)(2)の条件では,シミュレーションは実験結果と類似しているが,流量が多い条件(3)では,流れの再現性が落ちることがわかった.また,粒度分布については,水路実験で見られた中央粒径の下流粗粒化は,シミュレーションでは見られないことがわかった.本研究により,本シミュレーションで堆積物内部の粒度分布も再現できることがわかった.今後の課題として,流量が多い場合でも計算ができるように,また地形の発達について,シミュレーションを改善する必要がある.

    引用文献:

    福岡篤生・永野蓮・松波和真,2022,サイクリックステップを形成する混濁流の特性と粒度分布についての実験的研究,2021年度大阪工業大学卒業論文,51pp.

    藤田和典・森勇,2018,サージ的混濁流によって形成されるサイクリックステップに関する研究,2017年度大阪工業大学卒業論文,65pp.

    Shimizu, Y.,Jonathan, N.,Kattia, A.F.,Asahi, K.,Giri, S.,Inoue, T.,Iwasaki, T.,Chang-L.J.,Taeun, K.,Kimura, I.,Kyuka, T.,Jagriti, M.,Mohamed, N.,Supapap, P. and Yamaguchi, S.,2020,Advances in computational morphodynamics using the International River Interface Cooperative (iRIC) software,Earth Surf. Process. Landforms,Vol. 45,11–37 (2020), DOI: 10.1002/esp.4653

  • 長門 巧, 成瀬 元
    セッションID: T13-P-18
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    砂岩などの堆積岩を構成する粒子の大きさや形状,配列は,地層が形成された当時の環境を復元する上で重要な役割を果たすことが知られている.砕屑物の粒径や形状,粒子配列は,堆積岩を形成した流れの強さや方向を推定するために役立つ.また,粒子の組成は供給源の推測にも用いられる.さらに,堆積岩の間隙率は,地層中の水分や化石燃料の貯留量を見積もるために利用されている.このように,堆積岩の粒子部と基質部の微細組織を解明することは,地質学的な研究や現在の社会にも影響を与えるメリットがある.

     固結した試料の堆積岩組織(粒径・粒子配列)を測定するため,既存研究では露頭の採取試料から作成した薄片の顕微鏡画像やX線CT画像などの人為的トレース画像が用いられてきた(Hiscott & Middleton (1980)など).これらの手法は正確なデータが得られる一方で,ごく狭い(~1 cm2)領域の情報しか得られず,大量の手作業を伴うため労力が大きい.そのため,大量の試料を観察して分析する場合には適していない.

     そのため,固結・未固結の状態を問わず,堆積岩試料の組織観察に必要な処理の自動化・半自動化が試みられてきた.例えば,Francus (1998)やNaruse and Masuda (2006)は,未固結な堆積物や実験堆積物の薄片画像や反射電子像の輝度に対して閾値を設定し,粒子部と基質部を二値化した.また,宮田(2017)は,スプレーを塗布した剥ぎ取り試料のスキャン画像に対して同様の輝度閾値による二値化処理を行い,広範囲の粒子配列や粒度分布を比較的簡便に分析している.一方,Starkey and Samantaray(1993)や向里・太田(2020)はCanny法(Canny, 1986)と呼ばれる輪郭抽出の手法を応用し,薄片画像や現世の砕屑物の形状を半自動的かつ高精度に測定することに成功している.

     上述した二値化処理やCanny法は,粒子部と基質部との色がはっきりと分かれている試料の場合,非常に強力な手法である.しかし,固結した堆積岩の場合は,間隙や基質部に着色できないうえに,粒子と基質の色の差異が小さいことが多い.さらに,複数の鉱物種から構成され,構成粒子の色が多様であるような場合は,薄片画像や断面画像の輝度が単峰性を示し,二値化処理がうまく適用できないことがある.

     そこで,本研究では畳み込みニューラルネットワーク(CNN)による堆積岩断面画像中の粒子自動抽出法を開発し,既存の手法との精度の比較を行った.奥田ほか(2024)はCNN画像認識(セマンティックセグメンテーション)モデルを応用した粒子判別手法を提案した.本研究は,この研究手法を発展させ,CNNモデルの構造としてSegNetではなくより新しいResUNet (Diakogiannis, et al., 2020)を採用した.観察対象とした試料は,上部白亜系和泉層群の灘層で採取した粗粒砂岩である.採取した砂岩試料を切断したのち,研磨した断面をデスクトップスキャナー(EPSON製,GT-X700)でスキャンして画像を取得した.スキャン画像の解像度は4,800 dpiとした.スキャン後,Adobe製のPhotoshopを使用して断面画像に観察される粒子をトレースし,粒子部を黒色に,基質部を白色に塗り分けた.スキャン画像とトレース画像の組み合わせを8セット作成し,教師データとしてCNNに入力して学習させた.学習の結果,CNNモデルが出力した粒子判別画像と,トレース画像との一致度を表すDice係数は0.8程度と高い値を示した.

     固結した砂岩試料の断面画像に対する粒子の抽出方法の精度を調べるため,新たに用意した灘層の断面画像に対して(1)小領域ごとに閾値を計算する適応的二値化処理,(2)Canny法,(3)学習済みCNNモデルをそれぞれ適用し,人為的にトレース画像との比較をおこなった(図1).適応的二値化処理およびCNNモデルによって処理した画像については,白色のノイズを減らし,粒子同士が連結してしまった部分を切り離すためのopening処理を複数回おこなった後に,粒子部に相当する各黒色部の面積を算出した.Canny法による画像では粒子の輪郭が出力されているため,opening処理を一度おこない連結した部分を切り離し,各輪郭に対する近似楕円の面積を算出した.この手順をテスト用画像10セット分おこない,各テスト画像に含まれる粒子について面積加重平均粒径を算出した.

     正解として用意した人為的トレース画像の面積加重平均粒径とそれぞれの手法で得られた結果を比較する二乗平均平方根誤差(RMSE)は,(1)適応的二値化処理で1.957,(2)Canny法で2.427,(3)CNNモデルの場合で0.591という値であった.この結果は,今回テストしたような粒子部と基質部との色の差が小さい砂岩研磨断面のスキャン画像の場合,CNNモデルによる粒子の抽出が最も有効であることを示している. 参考文献Hiscott and Middleton (1980) Journal of Sedimentary Research, 50, p. 703-721.Francus (1998) Sedimentary Geology, 121, p. 289-298.Naruse and Masuda (2006) Journal of Sedimentary Research, 76, p. 854-865.宮田 (2017) 日本地質学会第124年学術大会講演要旨.Starkey and Samantaray (1993) Journal of Microscopy, 172, p. 263-266.向里 ・ 太田 (2020) 堆積学研究, 78, p. 91-100.Canny (1986) IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence, 8, p. 679-698.奥田ほか (2024) 堆積学研究, 82, p. 3-26.Diakogiannis, et al. (2020) ISPRS Journal of Photogrammetry and Remote Sensing, 162, p. 94-114.

T14.沖縄トラフと東シナ海陸棚研究の最前線
  • 小原 泰彦, 南 宏樹
    セッションID: T14-O-1
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    沖縄トラフは、ユーラシアプレートに位置する活動的な背弧海盆であり、大陸地殻においてリフティングの発生を理解できる場であり、地質学研究の対象として長年にわたり注目されてきた。 海上保安庁水路部(当時)では1975年から1982年に奄美大島以南の琉球弧の調査を実施した。その後、1984年から1986年にかけて、当時の新造の測量船「拓洋」による総合的な大陸棚調査を沖縄トラフと東シナ海陸棚の広範囲で実施した。この調査では、沖縄トラフで初めてマルチビーム測深が実施され、沖縄トラフの地形・テクトニクスの詳細が明らかとなった。その直後、リソスフェア探査開発計画(DELP)の調査や「しんかい2000」の潜航調査、フランスの調査船ジャンシャルコーとドイツの調査船ゾンネによる調査など、海上保安庁水路部の大陸棚調査を皮切りに、マッピング調査と潜航調査が数年間に渡って集中的に実施された。これらの調査を受け、リフトの発達史や複数の海底熱水サイトの発見など、沖縄トラフの地球科学的理解の基礎が1980年代に形作られてきた。 2008年からは、海上保安庁海洋情報部は領海・EEZ調査として、より高分解能なマルチビーム測深と地殻構造探査、ドレッジとコアによる包括的な底質調査を沖縄トラフと東シナ海陸棚で実施している。2013年からは自律型潜水調査機器(AUV)による精密地形調査を開始し、2020年と2021年には、海上保安庁で最大の測量船となる「平洋」と「光洋」が就役し、領海・EEZ調査が更に強化されたところである。 2008年からの領海・EEZ調査の成果の一つとして、縮尺100万分の1の海底地形図「南西諸島」(No. 6315)が2014年4月に刊行されている。また、2014年6月には久米島沖において、AUV調査によって日本周辺で知られている中では最も規模の大きなチムニー群が発見され、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構により海底熱水鉱床であることが確認され、「ごんどうサイト」と命名されている。2016年には火山フロントの位置が不明瞭である琉球弧南部において、AUV調査による詳細地形の解析から宮古島沖の第3宮古海丘が海底火山であることを発見した。地殻構造探査では、大陸性地殻で特徴的に存在するP波速度6 km/sの中部地殻が、地殻の薄化が顕著な南部沖縄トラフにおいても確認され、沖縄トラフは大陸地殻の伸張段階にあることが示された。このように、領海・EEZ調査からは、今後の資源開発や、海底火山やテクトニクスの解釈にかかる基盤情報として活用が期待される成果が得られている。 これまでの沖縄トラフと東シナ海陸棚の調査は、国内の調査機関がそれぞれ独自に実施しているのが現状である。そのような中、海上保安庁海洋情報部と産業技術総合研究所は今年(2024年)から沖縄トラフと東シナ海陸棚のデータ・試料解析に係る包括的な共同研究を開始した。今後、沖縄トラフと東シナ海陸棚の地球科学的な理解がより一層深まることが期待される。

  • 荒井 晃作
    セッションID: T14-O-2
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    産業技術総合研究所では,日本周辺海域の地質情報整備の一環として海洋地質図の作成を行っている.2008年度にスタートした沖縄周辺の海域地質学的研究(沖縄プロジェクト)は、海洋地質学的観点から,琉球弧及び周辺海域の形成史に関するデータの取得を系統的に行ってきた.沖縄プロジェクトでは,先ず沖縄島周辺から調査を開始し,その海底地質図は,荒井ほか(2015)荒井ほか(2018)荒井・井上(2022)として出版されている.本発表では沖縄島の成立に関して,海洋地質学的な調査から得られた成果をもとにして議論する.沖縄島を含む琉球諸島は琉球弧と呼ばれ,フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでいることによって形成された高まりの列にあたる.弧状に並ぶ島の列は,九州から台湾まで約1200 kmも連続する.そして,琉球弧の南東側にはプレートの沈み込み境界である水深7000 mにも達する南西諸島海溝が発達し,一方,島弧の北西側には水深2000 mに達する沖縄トラフ(舟状海盆)と呼ばれる活動的な背弧海盆が形成されている.沖縄プロジェクトで行った反射法音波探査は,音源として355cu.inchのGIガン(Sercel社製),受信部としてGeometrics社製の16チャンネルのストリーマケーブルを用いた.さらに,ロックコアラーやグラブ採泥及びドレッジによる固結・半固結試料の採取,及び微化石年代を基にして地質層序の検討を行った.

     沖縄島周辺の地質は,先新第三系とした音響基盤を,不整合面を境とする4つの堆積層が覆っている.産総研の調査では,島弧の周りの上部斜面の調査を密に行っているが(図),プレート沈み込みに伴うような圧縮応力を示すような断層や褶曲構造は認められず,むしろ島弧を横切る方向の正断層が支配的であった(Arai et al., 2018).沖縄島南東側の海溝軸に向かう斜面に沿って多数発達している海底谷は,この様な活動的な正断層が規定していると言える.一方,背弧側の沖縄トラフにも,多数の活断層が認められた.その多くは,島弧と平行な方向と,それとやや斜交する東西方向の走向の正断層の発達に分けられるが,沖縄トラフが活動的であることを示し,沖縄トラフに至る沖縄島背弧側の複雑な地形を規定している.また,中琉球と南琉球を境とする垂直変位量が2000 mに達する慶良間海裂が存在するが,この垂直変位は中新統〜更新統の堆積層を切っている.この断層の運動によって,沖縄島南部が隆起し,現在の沖縄島の形を形成したと考える.

    (引用文献)

    荒井晃作・佐藤智之・井上卓彦(2015)沖縄島北部周辺海域海底地質図.海洋地質図,no. 85,産業技術総合研究所地質調査総合センター.26 p.

    荒井晃作・井上卓彦・佐藤智之(2018)沖縄島北部周辺海域海底地質図.海洋地質図,no. 90,産業技術総合研究所地質調査総合センター.26 p.

    Arai, K., Sato, T. and Inoue, T. (2018) High-density surveys conducted to reveal active deformations of the upper forearc slope along the Ryukyu Trench, western Pacific, Japan. Progress in Earth and Planetary Science. 5:45 doi.org/10.1186/s40645-018-0199-0

    荒井晃作・井上卓彦 (2022) 久米島周辺海域海底地質図.海洋地質図,no. 92,産業技術総合研究所地質調査総合センター.28 p.

  • 新井 隆太, 大坪 誠, 三澤 文慶, 木下 正高, 石野 沙季, 山本 朱音, KH-21-3およびKH-23-11 乗船研究者
    セッションID: T14-O-3
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    本講演では、近年の地球物理観測から明らかとなってきた沖縄トラフの海底下構造と背弧リフティングに伴って発生する多様な地殻活動の関係についてレビューする。

     琉球海溝の背弧側に位置する沖縄トラフでは、約1000万年前に開始したとされる大陸地殻のリフティングによって、現在も様々な地殻活動が発生している。リフティングがより進行している沖縄トラフ南部では海底が北部に比べて深く、八重山海底地溝や与那国海底地溝といったリフト軸と考えられる線状の凹地形が発達している。幅約100kmの狭い海盆内には正断層が密に発達するとともに、海底火山や熱水噴出孔も多数分布している。また、地殻伸長に伴う地震活動も活発であり、歴史的には1938年宮古島北方沖地震のように、M7以上の巨大地震が地殻浅部で発生することも知られている。これら一連の地殻活動は空間的に近接して発生していることから、背弧リフティングを真因とする相互に関連した現象と考えられるものの、その背景にある構造や岩石物性については不明な点が多く、地殻活動の駆動源を含む総合的な理解にはまだ至っていない。さらに、日本の他の海域と比較して沖縄トラフにおける地震・津波・火山の災害リスク評価は遅れており、それらに資する地球物理学的調査の充実が望まれている。

     海洋研究開発機構は2013年以降「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」の一環として、琉球海溝から沖縄トラフにいたる複数の島弧横断測線において大規模な地震波構造探査を実施してきた(Arai et al., 2016; Arai et al., 2017b)。また、本稿著者らの研究グループは2021年および2023-2024年に白鳳丸による共同利用航海を活用し、反射法地震探査を始めとする各種の地球物理観測を沖縄トラフ南部で実施した(Otsubo et al., in prep)。これらの調査で明らかになった重要な知見として、まず八重山海底地溝直下の貫入体構造が挙げられる。反射断面で確認されるこの貫入体は幅数kmの筒状構造をなし,その上端は海底面近傍まで到達している。また、周囲の堆積層より地震波速度が高くかつ透明な領域としてイメージングされることから、散乱強度の高いダイク等で主に構成されていると考えられる。八重山海底地溝内に位置する八重山海丘では高温の熱水噴出が発見されていることから、こうした貫入体が熱水噴出と関係している可能性が高い。貫入体の構造は八重山海底地溝に沿った方向にも大きく変化することもわかった。地溝帯の中央部で見られる成熟した貫入体とは対照的に、地溝帯の端ではその幅は狭い、もしくは堆積層相当の深度では存在が確認できない。こうした構造変化に対応するように、地震活動度にも場所ごとの違いが見られる(Arai, 2021)。つまり、地溝帯の中央部より端において正断層型の地震が活発である。これらの観測事実から、地溝帯の中央部から端に向かってダイクが進展しており、それに伴う応力集中によって地震活動が駆動されていることが示唆される。

     本発表では、上記に加えて、与那国海底地溝のリフト構造、石垣海丘周辺の火山性の構造(Arai et al., 2017a)、および沖縄トラフ南部と北部のリフトシステムの違い(Arai et al., 2018)についても言及する予定である。

    引用文献

    Arai et al. (2016) Nature Com, 7, 12255

    Arai et al. (2017a) JGR-SE, 122, 622–641

    Arai et al. (2017b) GRL, 44, 6109-6115

    Arai et al. (2018) EPS, 70, 61

    Arai (2021) EPS, 73, 160

    Otsubo et al. (in prep) Cold rifting genesis in the Okinawa Trough: Crustal thinning in absence of magmatism.

  • 大坪 誠, KH-21-3 乗船研究者一同, KH-23-11 乗船研究者一同
    セッションID: T14-O-4
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    背弧海盆の形成と進化を支配するメカニズムは地球規模のテクトニクスにおける長年の課題である.背弧海盆は,基本的に厚い大陸地殻の海洋底リフティングから始まり,拡大軸で薄い海洋地殻が形成されていく[1].背弧で拡大開始すると,上昇するマグマによって地殻に伸長変形を起こしていくといわれている[2].海盆形成のプロセスには主に「ロールバックモデル」と「コーナーフローモデル」がある[3,4]が,背弧海盆内のマグマの影響が小さい初期段階における地殻が薄化する過程はまだ明らかにされていない.リフティングの開始は地殻を伸長変形させる正断層の存在と地殻の岩石強度を弱める熱の影響にかかっていると思われる.しなしながら,古典的なMcKenzie[3]やWernicke[4]の2つの地溝発達モデルを示す決定的な地質学的証拠はないのが現状である.その重要性は認識されているものの,リフティングの発生に寄与する根本的なメカニズムの明確な理解は現在も継続中の課題である.西南日本弧の沖縄トラフは,大陸縁辺における背弧リフティングの初期段階を研究するのに最適な地域である.沖縄トラフ[5]は,海洋底拡大によって海洋地殻を形成していない,地球上でほぼ唯一の活動的でアクセス可能な大陸縁辺の背弧海盆である.測地学的な観測によると,沖縄トラフの南部では,5~10 cm/年の速度でリフティングが進行している[6,7].沖縄トラフ南部での八重山海底地溝の海底面は沖縄トラフ全体で最も深く,水深2,200m以上に達する.この地溝の南西側には,現在沈降が進行している与那国海底地溝がある.八重山海底地溝での地殻熱流量[8,9]は,他の世界の地溝帯のそれよりも明らかに低い(例えば,紅海では約300 mW/m2[10]).これらの結果は冷たい地殻によるリフティングを示唆している.しかし,乏しいマグマ活動と直接結びついた冷たい地殻に関する証拠は限られている.したがって,これらのプロセスに関する包括的な理解はまだ手つかずのままである.沖縄トラフの発達プロセスを深く理解するために,我々は学術調査船「白鳳丸」による2回の調査航海(KH-21-3およびKH-23-11)において,リフティングの異なる段階にある2つの海底地溝(八重山海底地溝および与那国海底地溝)を調査した.本発表ではその調査航海結果を中心に紹介する.それらの調査では,地殻浅部の地下の正断層群や貫入構造をイメージングすることに成功した.さらに,地殻熱流量測定と地磁気測定を行った結果,冷たいリフティングでの発達が始まる2つのステージを示すことができた.沖縄トラフ南部での,これら熱を含む構造的な特徴はこの地域における将来のリフティングと地震の空間的範囲を評価するための重要な情報を提供するだろう.

    引用文献:[1] Martínez, F. et al. 2002, Nature, 416, 417–420; [2] Karig, D. E. et al., 1970, J. Geophys. Res. 75, 239–254; [3] McKenzie, D, 1978, Earth Planet. Sci. Lett. 40, 25–32; [4] Wernicke, B, 1985, Can. J. Earth Sci. 22, 108–125; [5] Sibuet, J.-C. et al., 1995, in Backarc Basins: Tectonics and Magmatism (ed. Taylor, B.) 343–379; [6] Sagiya, T. et al., 2000, Pure Appl.Geophys. 157, 2303–2322; [7] Nishimura, T. et al., 2004, Geophys. J. Int. 157, 901–916; [8] Yamano, M. et al., 1988, in Exploration and Development of Geothermal Resources / International Symposium on Geothermal Energy 313–316; [9]Kinoshita, M. et al., 2021, JpGU 2021 meeting Abstract SCG45-09; [10]Martínez, F. et al., 1989, J. Geophys. Res. Solid Earth 94, 12239–12265.

  • 山本 朱音, 大坪 誠, 三澤 文慶, 新井 隆太, KH-23-11 乗船者一同
    セッションID: T14-O-5
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    地球表面のおよそ5%は背弧海盆由来のものであるといわれているが,その発達メカニズムについて,特に形成初期段階での力学的な特徴は詳しくは分かっていない.沖縄トラフは背弧拡大の初期段階であり(Sibuet et al., 1998),世界でほぼ唯一海洋底拡大する直前の状態を研究可能な背弧海盆である.沖縄トラフのうち,海底面が最も深く,かつ正断層群が明瞭に確認できる沖縄トラフ南部では,近年の反射法地震探査により,同海域の海底下の詳細な断層構造が明らかになっており,八重山海底地溝直下に下部からの貫入構造が存在する可能性が指摘されている(Arai et al., 2017)が,貫入構造に伴う熱水などの流体の上昇についての議論はほとんど行われていない.また,南部では毎年数千の震源の浅い地震が活発に発生している(e.g., Nakamura and Katao 2003).しかし,地震活動の地域的特性や,貫入構造や正断層群などの力学的構造との関係性は十分に理解されてはいない.そこで,本研究では反射法地震探査データと地震データを用いて,八重山海底地溝・与那国海底地溝での地質構造,地震活動および間隙流体圧異常の可能性について検討を行った.加えて,沖縄トラフ南部周辺のリフティングにかかわる力学特性について検討を行った.

    本研究では,2024年に実施された白鳳丸KH-23-11航海(大坪ほか, 2024)で得られた反射法地震探査データを使用した.さらに,本研究での地震データは,防災科研F-net(https://www.fnet.bosai.go.jp/top.php?LANG=ja)で公表されている,2000年から2024年の期間での20 km以浅の発震機構解を使用した.ここでの発震機構解は過剰間隙流体圧の推定(Terakawa et al., 2010)に用いた.Terakawa et al. (2010)の手法とは,地震データ(発震機構解)の姿勢と応力場との差から,断層運動時の間隙流体圧の静水圧からの余剰圧を求めるものである.

    本発表では,八重山海底地溝・与那国海底地溝を横断する反射断面からの,海底地溝周辺の正断層群と貫入構造の存在,および発震機構解の特徴と応力場の関係から示される,間隙流体圧異常の可能性を中心に紹介する.

    引用文献: Arai, R., et al., 2017, J. Geophys. Res., 122, 622–641; Nakamura, M., and Katao, H., 2003, Tectonophysics, 372, 167–177; 大坪ほか, 2024, JpGU2024, SCG48-16; Sibuet, J.C., et al., 1998, J. Geophys. Res., 103, 30245–30267; Terakawa, T., et al., 2010, Geology, 38, 995-998.

  • 石野 沙季, 石塚 治, 針金 由美子, 三澤 文慶, 有元 純, 井上 卓彦, 高下 裕章, 谷 健一郎
    セッションID: T14-O-6
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    トカラ列島は,九州南方から台湾にかけて分布する琉球弧の北端に位置しており,九州につながる第四紀火山フロント上の島弧である[1].過去の構造探査や応力場解析等の研究によって,トカラ列島周辺海域は沖縄トラフの拡大に関連したテクトニクスに特徴付けられることが知られている[2, 3].中でも,トカラ列島東方の前弧域には,琉球弧を南北に区分する構造境界の1つであるトカラ海底谷が分布する.トカラ海底谷付近で四万十帯白亜紀の岩石が発見されている[4]ことから,トカラ列島東方海域は,北部沖縄トラフの初期段階やトカラ海底谷形成に関わる構造発達過程が記録されている可能性があり,日本列島の地史において重要な海域である.本発表では,マルチチャンネル反射法地震探査プロファイルの音響層序区分及び各層序・構造のマッピングから明らかになったトカラ列島東方の新生代地質構造発達史について発表する.

    トカラ列島周辺海域における20万分の1海底地質図作成を目的として,2021–2022年に地質調査航海を実施した.調査の一環として,G.I. Gun(355 cu.in.)を用いてマルチチャンネル反射法地震探査を行い,2-4マイルのグリッド状の測線沿いにプロファイルを取得した.トカラ列島東方において,50を超える測線で層相を対比し,広く分布する不整合面を基準に4つの音響ユニット(Unit TY1–TY4)に区分した.また,ドレッジ及びグラブ採泥器で採取した堆積岩の年代をもとに各ユニットの年代を推定した.これらの情報を統合することで,音響基盤であるUnit TY1を覆う堆積層として,Unit TY2(鮮新統―下部更新統), TY3(中部-上部更新統), TY4(上部更新統-完新統)の分布及び堆積過程が明らかになった.Unit TY2はトカラ列島東方に広く分布し,内部には琉球弧に並行なNNE-SSW走向の西落ち正断層による累積性のある変位が認められ,Unit TY2以下の地層は右横ずれを伴いながらブロック化している.それに対して,Unit TY3はトカラ海底谷西方の堆積盆を中心に分布し,内部には琉球弧に垂直のWNW-ESE走向の正断層による累積性のある変位が認められ,南へ遷移しながら堆積していた.Unit TY4は,トカラ海底谷西方域の堆積盆において往復走時1秒ほど厚く成層しており,累積性のある内部構造の変化は現在も沈降を続けていることを示す.一連の堆積層の分布・内部構造の変化は,中期更新世以降に琉球弧に並行な引張応力が作用し,トカラ海底谷付近の胴切り構造が形成されたことを示唆している.

    引用文献:[1]下司信夫・石塚治,2007,地質ニュース,634,6–9; [2] Kubo, A. & Fukuyama, E., 2003, EPSL, 210, 305–316; [3] Minami et al., 2021, Marine Geology, 441, 106623; [4] 木村政昭ほか,1993,第9回深海シンポジウム報告書,283–307.

  • 青木 智, 石塚 治, 針金 由美子
    セッションID: T14-O-7
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    西南日本弧の西端に位置する肥前鳥島は五島列島の南西方向の延長線上に位置する小規模な無人島である。五島列島南方域は五島海底谷を隔てて岩盤露出地域であることが知られており(徳山ほか, 2001)、肥前鳥島及び男女群島がその岩盤露出地域の南縁に位置している。20万分の1地質図幅「福江及び富江(松井・河田, 1986)」によると、肥前鳥島は花崗閃緑岩・トーナル岩と記載されており、五島列島の福江島に露出する花崗岩類と対比されるが、肥前鳥島の試料採取の困難性から地球化学的なデータに基づいた研究例は極めて少ない。同海域は対馬構造線のほか、五島海底谷に沿ってNW-SE走向の構造線による大きな横ずれ変位を被っている可能性も指摘されており(e.g., Liu et al., 2017)、肥前鳥島と福江島の地質的対比にあたっては精査が必要である。そこで本研究では、肥前鳥島の北東約3 kmの海底に存在する小丘及びその近傍において行ったドレッジにより得られた花崗岩類6試料を用いて、五島海底谷を跨ぐ南北の花崗岩類の対比を試みた。全岩主要元素組成に基づくノルムを用いた岩相分類により、採取した試料はgraniteであることがわかった。FeO*/MgO比とSiO2 wt.%は正の相関を示すことから、ソースマグマはMgに枯渇しておらず、二次的な地殻の部分溶融の影響を受けていないことが想定される。この結果は直接的にマントルから供給されたマグマに由来することが示唆される(Koga and Tsuboi, 2021)。また、AFMプロットの値はKoga and Tsuboi (2021)で報告された五島列島のgranodioritic (GD)グループや対馬で産する花崗岩(Shin et al., 2009)と同じトレンドに乗っていることがわかった。反射法地震波探査による調査の結果、平均数百m厚の堆積物層の下に基盤岩と考えられる音響基盤が福江島南西部から肥前鳥島周辺にかけて連続的に追跡でき、その一部が本研究のドレッジ地点にて地表に露出していることが認められた。この結果から、本研究で得られたgraniteは肥前鳥島を構成する物質と同質である可能性が高く、福江海盆を跨いで連続的に海底下に分布していることが確認できた。これらのことから五島列島や対馬と同様に日本海拡大に伴う一連のマグマ活動により形成された花崗岩であることが示唆される。さらに二点のgranite試料中の斜長石を用いてK-Ar放射年代測定を実施した。いずれも先行研究で得られている五島列島に露出する花崗岩類の年代値よりも若い年代が得られた。この結果は、肥前鳥島周辺に露出する花崗岩が五島列島を含めた一連の花崗岩体を形成したイベントの最終期に形成された可能性を示唆する。

    References:

    [1] 徳山ほか (2001) 海洋調査技術 13(1), 27-53.

    [2] Liu et al. (2017) Marine Geophysical Research 38, 137-147.

    [3] Koga and Tsuboi (2021) Minerals 11(3), 248.

    [4] Shin et al. (2009) Resource Geology 59, 25-50.

  • 土岐 知弘
    セッションID: T14-O-8
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    メタンは,二酸化炭素の21倍もの温室効果ガスであり,地球表層における物質循環の定量的な把握が極めて重要である1。大陸棚は大気に放出されるメタンの供給源として,極めて重要な役割を果たしていることが指摘されており2-4,東シナ海においても夏場に成層化した海水中に蓄えられたメタンが,冬場に発達する混合層によって大気に放出されるサイクルが報告されている5。この他にも,大陸棚や沖縄トラフにおいて,泥火山と推定される地形とガスチムニーが観測されており6,7,実際に大陸斜面上において冷湧水域と考えられるサイトが発見されており8,化学合成する大型生物も採取されている9。また,北部沖縄トラフでは,海底面に炭酸塩が露出している場所が見つかっており,かつての冷湧水活動が示唆されている10-12。また,これらのサイトの直上において,メタン濃度異常や,気泡の放出を示唆する音響異常が観測されており,現在でも活発な冷湧水活動が続いていると考えられている13。これらの冷湧水活動は,メタンハイドレートの崩壊とも関連があると考えられており11,12,最終氷期において起きた斜面崩壊と地球温暖化の原因とも考えられていることから12,現在の斜面崩壊及びメタンハイドレート崩壊の可能性と現状把握を目的として,東シナ海における沖縄トラフから陸側にかけて大陸斜面域及び大陸棚域において,また海側にかけて島棚域及び前弧域において,海水中のメタン濃度を調べ,メタンの分布と潜在的な供給源の推定を行った。

     海水試料は,2011~2015年にかけて,5月の終わりから6月の頭にかけて長崎丸を用いて行われる乗船実習期間中に採取した。海水の採取にはニスキン採水器を用い,CTDセンサーを用いて,水温,圧力及び塩分を計測した。バイアル瓶に分取した海水は,直ちに飽和水銀溶液500 µLを添加して,微生物活動を固定し,ブチルゴム栓及びアルミキャップを用いて密栓した。バイアル瓶は,分析に供するまで冷蔵庫において保管した。測定は,採取してきた海水試料から,溶存ガスを抽出して,FIDを搭載したガスクロマトグラフ測定装置を用いて測定した。

     温度と塩分の組み合わせからは,黒潮域,大陸斜面域,大陸棚域といった海域ごとの水塊が分布していることが見え,基本的には黒潮と大陸からの河川水が混合した大陸棚混合水をエンドメンバーとする水塊の混合で説明ができると考えられた。一方,メタン濃度を見ると,地質学的な特性が上乗せされた特徴を示した。大陸棚域の水塊には穏やかなメタン濃度の異常が見られ,海底堆積物の巻き上がり起源のメタンが多く含まれた水の影響を受けていることが示唆された。泥火山の直上で採取した海水は,活動度と泥火山の山頂からの距離に応じて,メタンの濃度がより大きく観測されることが示唆された。一方で,南部琉球弧で見つかっていない泥火山の端緒となるメタン濃度異常も確認された。海底熱水系の直上からは,その他の海域からは観測されないレベルのメタン濃度異常が観測され,メタンの供給源としてのポテンシャルの高さを示した。冷湧水域直上においても,メタン濃度の異常は観測されたが,海底熱水系の比ではない。冷湧水域には2年にわたって訪れたが,海底直上においてメタン濃度が高く観測される様子はいずれの年も観測され,冷湧水がある程度定常的にメタンを供給していることが示唆された。冷湧水域も含めた大陸斜面域から採取した鉛直分布では,100~200 mにおいてメタンの濃度異常が観測されることが多く見られ,大陸棚から巻き上がった海底堆積物が流れ込んでおり,メタンの供給源になっているのではないかと考えられた。大陸斜面域から採取した海水の鉛直分布は,メタン濃度が他の海域よりもバックグラウンドに比べて大きくばらついているように見える。このことは,大陸斜面域においては,大陸斜面から様々な深さにおいてメタンの供給がなされ,メタンの濃度をばらつかせているのではないかと考えられた。この他,琉球列島の島棚域における中層水においても,わずかなメタン濃度異常が検出され,周辺海底からメタンの湧出が起きている可能性が示唆された。

    引用文献

    1 Intergovernmental Panel on Climate Change. Climate Change 2007 - The Physical Science Basis: Working Group I Contribution to the Fourth Assessment Report of the IPCC. (Cambridge University Press, 2007).2 Bange, H. W. et al. Global Biogeochemical Cycles 8, 465-480 (1994).3 Bange, H. W. Estuarine, Coastal and Shelf Science 70, 361-374 (2006).4 Holmes, M. E. et al. Global Biogeochemical Cycles 14, 1-10 (2000).5 Tsurushima, N. et al. Journal of Oceanography 52, 221-233 (1996).6 Yin, P. et al. Marine Geology 194, 135-149 (2003).7 Xing, J. et al. Geological Journal 51, 203-208 (2016).8 Xu, C. et al. Ore Geology Reviews 129, 103909 (2021).9 Kuhara, T. et al. Venus : journal of the Malacological Society of Japan 72, 13-27 (2014).10 Peng, X. et al. Geochimica et Cosmochimica Acta 205, 1-13 (2017).11 Sun, Z. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 95, 37-53 (2015).12 Cao, H. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 155, 103165 (2020).13 Zhang, X. et al. Frontiers in Earth Science 8 (2020).

  • 齋藤 京太
    セッションID: T14-P-1
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    完新世の東シナ海北部陸棚外縁部から沖縄トラフにかけての堆積物については,男女海盆南方を中心とする沖縄トラフ内と済州島南西方の”mud patch”等と呼ばれる泥の割合が高い海域において,発達史等の詳細な研究がなされている.一方,その間に位置する陸棚外縁部から沖縄トラフ西側斜面にかけての堆積物については,表層堆積物の粒径や構成粒子などが示されているものの,海進が終わった7ka以降の堆積相やその形成作用については明らかにされていない.本発表では,海上保安庁が同海域から採取した表層・柱状堆積物および周辺のサブボトムプロファイラーの記録に基づき,中期~後期完新世の陸棚外縁部における堆積相の分布と形成過程について述べる.海底表層の堆積物の粒度分布は西側でシルトと細粒砂のバイモーダルを示す一方,シェルフエッジに相当する東側では極細粒砂から細粒砂でピークが一つのみで淘汰がよいという特徴がみられた,他方,男女群島に近い北側(水深>120m)においては中粒砂の割合10%程度と相対的に高いことが特徴であった.また,これらの粒度分布の特徴などを基に,陸棚外縁部の堆積相は5つに区分された.次に,柱状堆積物から得られた浮遊性もしくは底生有孔虫の年代測定の結果に基づくと,(1)調査海域における高海水準期の堆積層がおよそ6ka以降に形成されたこと,(2)西側のシルト主体の地点のみならず,砂主体の地点においても年代の上下の逆転が少ないこと,(3)層厚は西側でやや厚く1m前後,東側や北側では50cm以下の地点が多く,陸棚内側や沖縄トラフに比べ堆積速度が非常に遅いことが示された.また,堆積物採取地点の近傍から得られた3.5kHzサブボトムプロファイラーの断面では,海底面直下には海退期もしくは海進期に堆積したと推定される層が広がっており,高海水準期の堆積層が最大でも1m程度であるという堆積物コアの結果と整合的であった.したがって,現在の東シナ海北部の陸棚外縁部では,広い範囲でごく遅い速度の堆積が起こっているという共通点はあるものの,粒径や粒子の種類については空間的な差異が大きい状態にあるということがいえる.

  • 針金 由美子, 石塚 治, 谷 健一郎, Murch Arran, Conway Christopher, 下田 玄, 佐藤 太一, 南 宏 ...
    セッションID: T14-P-2
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    The Ryukyu Arc is situated between the islands of Kyushu and Taiwan (~1200 km in the full length). This arc is formed by subduction of the Philippine Sea plate beneath the Eurasia Plate along the Ryukyu trench, and is composed of forearc islands, chains of arc volcanoes, and a back-arc rift called Okinawa Trough. Ryukyu Arc is commonly divided into three segments (northern, central and southern) that bounded by the Tokara Strait and the Kerama Gap, respectively (e.g., Konishi, 1965; Kato et al., 1982). The northern Ryukyu Arc (i.e., the Tokara Islands) has more numerous active frontal arc volcanoes occurred at both of subaerial and submarine fields. However, there are sparse active submarine volcanoes related to frontal arc volcanism from the southwest of Iotori-shima in the central-southern Ryukyu Arc (Kimura et al., 1986; Shinjo et al., 1999). In addition, the volcanic activities related to back-arc rifting of the Okinawa Trough well-develop around the central-southern Ryukyu Arc. The existence of volcanic activity associated with volcanic front developed in the central-southern Ryukyu Arc and their petrological characteristics, magmatic features, and contribution of slab-derived materials are still unknown due to few geological surveys and studies.In 2021, detailed geophysical and geological investigation around the Daisan-Miyako Knoll, the Ikema Knoll and the Daiichi-Miyako Knoll was undertaken by KS-21-16 cruise based on the detail morphological data reported from Minami and Ohara (2018). In this presentation, we present the cruise summary of the KS-21-16 and preliminary petrological and geochemical data for these submarine volcanoes.

    References:

    Kato, S., Katsura, T., Hirano, K., 1982. Submarine geology off Okinawa Island. Report of Hydrographic and Oceanographic Researches, 17, 31–70 (in Japanese with English abstract).

    Kimura, M., Kaneoka, I., Kato, Y., Yamamoto, S., Kushiro, I., Tokuyama, H., Kinoshita, H., Isezaki, N., Masaki, H., Oshida, A., Uyeda, S., Hilde, T. W., 1986. Report on DELP 1984 Cruises in the Middle Okinawa Trough. V: Topography and geology of the central grabens and their vicinity. Bulletin of the Earthquake Research Institute, University of Tokyo, 61, 2, 269-310.

    Konishi, K., 1965. Geotectonic framework of the Ryukyu Islands (Nansei-Shoto). Journal of the Geological Society of Japan, 71, 437–457 (in Japanese with English abstract).

    Minami, H., & Ohara, Y., 2018. Detailed volcanic morphology of Daisan-Miyako Knoll in the southern Ryukyu Arc. Marine Geology, 404, 97-110.

    Shinjo, R., Chung, S. L., Kato, Y., Kimura, M., 1999. Geochemical and Sr-Nd isotopic characteristics of volcanic rocks from the Okinawa Trough and Ryukyu Arc: Implications for the evolution of a young, intracontinental back arc basin. Journal of Geophysical Research, 104, B5, 10591-10608.

  • 三澤 文慶, 石塚 治, 南 宏樹, 木下 正高, 古山 精史朗, 森 光貴, 松永 都和, 石垣 秀雄, 井和丸 光, 高下 裕章
    セッションID: T14-P-3
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    沖縄トラフ南部では約200万年前から断続的な背弧拡大が発生している(例えば、Sibuet et al., 1998)。沖縄トラフ南部には八重山海底地溝及び与那国海底地溝といった複数の地溝帯が存在し、正断層によって形成された凹地であるグラーベンが発達している。背弧拡大は、これらのグラーベンでその形成が進行していると考えられている。産業技術総合研究所地質調査総合センターでは、沖縄周辺海域での海域地質情報整備の一環で2018年8月に石垣島周辺海域での海底地質・海底地球物理調査を実施し、石垣島北方の鳩間海丘から石垣海丘群の地域に、これまで未報告の活動的な正断層により形成されたグラーベンを新たなに発見し、かつグラーベンの内部に複数の小規模な海底火山が点在することも明らかにした(Misawa et al., 2020)。また、海上保安庁海洋情報部では2017年に測量船及び自律型無人探査機(AUV)を用いた海底地形調査を同海域で実施し、同じグラーベンの存在及び海底火山の詳細な地形について報告した(Minami et al., 2020)。このグラーベン周辺では、複数の水中音響異常域の存在を指摘し、海底熱水域の存在の可能性が示唆された(Minami et al., 2020)。これまでの各調査結果を総合するとリフティング域である八重山海底地溝などで認められる特徴と一致するため、本グラーベンが非常に若い新たなリフティング域である可能性を指摘した(Misawa et al., 2020,Minami et al., 2020)。しかしながら、グラーベン内に点在する海底火山の目視観測事例及び山体を構成する岩石の種類や形成年代に関する報告は未だに無く、その詳細は不明であった。

     本研究では、2024年1月から2月にかけて実施した東北海洋生態系調査研究船新青丸(JAMSTEC)を用いたKS-24-1航海を実施し、石垣島北方沖に新たに発見したグラーベンである、石垣グラーベン(仮称)にて無人探査機ハイパードルフィン(HPD)による潜航調査を通じて、海底火山の形成・活動年代の特定および海底火山を作るマグマの起源や形成メカニズムなどの解明を目指して海底観察・岩石試料採取・地殻熱流量観測を行った。本発表では、新青丸KS-24-1航海での潜航調査で明らかになった石垣グラーベン内の海底火山の実態及び採取した岩石の特徴などについて、速報的に報告する。

    引用文献

    Minami et al., 2020, Marine Geology

    Misawa et al., 2020, Geophysical Research Letters

    Sibuet et al.,1998, JGR(Solid Earth)

T15 .地域地質・層序学:現在と展望
  • 鈴木 敬介, 栗原 敏之, 原 英俊, 石川 賢一, 大槻 丈瑛, 植田 勇人
    セッションID: T15-O-1
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    近年,ジルコンU–Pb年代測定がアジア大陸東縁域で幅広く実施され,南中国地塊東縁,中央アジア造山帯東端の微小地塊群(Jiamusi–Khanka–Bureya地塊),西南・東北日本の各古期岩類の同時代性が明らかにされた [1].これらが本来,同一の大陸基盤として発達したとする新たな枠組みが提案され,’原日本’の初期形成史が見直され始めている [2].しかし,アジアの諸地塊群・島弧が前期古生代にゴンドワナ大陸北東縁に沿ったプロトテチス海あるいは古太平洋のいずれかの沈み込み帯 [3] の影響を受けたことを考慮すると,現状の原日本の形成論には再解釈の余地がある.すなわち,ゴンドワナ大陸北東縁の分裂以前における原日本と他地塊群の具体的な復元位置を確定させ,相互の関連性を議論する必要がある.

    ここで演者らは東北日本の南部北上帯に着目した.本地帯西縁の下部古生界は松ヶ平―母体変成岩類とそれらを不整合で覆う合の沢層・鳶ヶ森層で構成され [4],後者の地層からはゴンドワナ大陸北東縁や南中国地塊との古生物地理学的関連性を示唆する後期デボン紀の植物化石(Leptophloeum)が産出する [5].南部北上帯西縁の下部古生界から砕屑性ジルコンを抽出し,その供給源となった原岩を探索することは,前期古生代におけるゴンドワナ大陸北東縁に沿った原日本と他地塊群との間の古地理学的関連性を明らかにする上で重要となる.

    本発表では,松ヶ平―母体変成岩類の砂質・珪質片岩からの砕屑性ジルコンU–Pb年代とその古地理学的意義について紹介する.各試料のU–Pb年代スペクトラは480–470 Ma,650–550 Ma,1300–900 Maのピークを有する.480–470 Maの岩体は日本と南中国地塊東縁ではあまり報告がないが,Jiamusi地塊南縁では476 Maの花崗岩・変成岩類が認められる [6].しかし,Jiamusi地塊からの砕屑性ジルコンU–Pb年代は650–550 Maのピークを示さず,最も卓越するピークは950–800 Maである [7].また,南中国地塊東縁からの砕屑性ジルコンU–Pb年代は1300–900 Maの卓越したピークを有するが,650–550 Maのピークは小規模である [8].これらの傾向はゴンドワナ大陸北東縁の中でもインド北部-オーストラリア西部側,すなわちプロトテチス海沿いの沈み込み帯に位置した地塊群で顕著である [9, 10].一方,ゴンドワナ大陸北東縁と古太平洋との間で発達したTerra Australis造山帯(特に,オーストラリア東部)では,480–470 Maの花崗岩・変成岩とともに,650–550 Maと1300–900 Maの両ピークが卓越する砕屑性ジルコンU–Pb年代について多くの報告がある [11, 12].これらの比較を基に総合的に解釈すると,原日本と南中国地塊–Jiamusi地塊はゴンドワナ大陸の初期形成時において,古太平洋とプロトテチス海のそれぞれ異なる領域に復元される.

    引用文献: [1] Isozaki (2019). Isl. Arc, 28, e12296. [2] Isozaki (2023). Geological Society, London, Special Publications, 533, 505–517. [3] Metcalfe (2021). Gondwana Res., 100, 87–130. [4] Ehiro et al. (2016). The Geology of Japan. Geological Society, London., pp. 25–60. [5] Saito and Hashimoto (1982). J. Geophys. Res.: Solid Earth, 87, 3691–3696. [6] Yang et al. (2023a). Int. Geol. Rev., 65, 1289–1319. [7] Ovchinnikov et al. (2019). J. Asian Earth Sci., 172, 393–408. [8] Yao et al. (2011). Gondwana Res., 20, 553–567. [9] Chen et al. (2021). GSA Bulletin, 133, 1947–1963. [10] Yang et al. (2023b). GSA Bulletin, 136, 861–879. [11] Purdy et al. (2016). Gondwana Res., 39, 41–56. [12] Dirks et al. (2021). Lithos, 398, 106343.

  • 内野 隆之
    セッションID: T15-O-2
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    紀伊半島東部の志摩半島は北から,三波川帯,秩父帯北帯,黒瀬川帯,秩父帯南帯,四万十帯に地帯区分されている.特に本地域の黒瀬川帯には,先ジュラ紀の黒瀬川古期岩類や前期白亜紀の汽水成層だけでなく,ジュラ紀付加体も産し,それらがサンドイッチ状に繰り返して分布する複雑な地質構造を呈している(第1図).黒瀬川古期岩類は,蛇紋岩,細粒斑れい岩,石英閃緑岩,角閃岩,後期三畳紀以前の結晶片岩,デボン紀及び後期ペルム紀の浅海成層からなる(内野ほか,2017).鳥羽市の砥谷海岸の北ルートでは,前期白亜紀汽水成層(松尾層),ジュラ紀付加体(青峰コンプレックス),約200 Maの結晶片岩(砥谷コンプレックス)が良く観察できる(内野ほか,2017).なかでも,ルート中央部に産する付加体露頭は,泥質基質中に玄武岩,石灰岩や砂岩がレンズ状に取り込まれている典型的な混在相を示し(第2図),しばしば巡検地になっているほか(坂ほか,1999),三重県立博物館ではその写真が巨大パネルとして常設展示されている.玄武岩類や石灰岩の岩塊を特徴的に含むこの付加体露頭は,砂岩やチャートの岩塊を主に含む青峰コンプレックスの一般的な岩相とはやや異なっており,その岩相の特徴からペルム紀の付加体に対比できる可能性が指摘されている(磯﨑ほか,1992;杉山ほか,1993).そこで,演者は本混在岩中の砂岩岩塊2試料から砕屑性ジルコンを抽出し,U-Pb年代測定を行った.その結果,ともに後期ペルム紀の最若クラスター年代を示すことが明らかになった.ここの砂岩岩塊からはかつてYamagiwa and Saka(1972)によってLepidolina kumaensisYabeina columbianaなどのペルム紀の紡錘虫化石が発見され,本地質単元を「鳥羽層群」として別個に定義されたこともあった.ただし,紡錘虫化石が再堆積によるものである可能性も示されている(坂,1988).これらの化石に加え,今回,砂岩岩塊から後期ペルム紀のジルコン年代が得られたことは,本混在岩が後期ペルム紀の付加体である可能性を示唆するものである.志摩半島の黒瀬川帯では,後期ペルム紀の浅海成層は認定されていたが(内野・鈴木,2016),同時代の付加体だとすると,志摩半島では初の認定になる.黒瀬川帯における後期ペルム紀の付加体は,九州,四国,紀伊半島東部から更に志摩半島にかけて連続して分布することになる.

    [文献]

    磯﨑行雄・橋口孝泰・板谷徹丸, 1992, 黒瀬川クリッペの検証.地質雑, 98, 917–941.

    坂 幸恭・加藤 潔・津村善博・大場穂高,1999,志摩半島の秩父帯と黒瀬川帯.日本地質学会第106年学術大会見学旅行案内書, 163–186.

    坂 幸恭・手塚茂雄・岡田洋一・市川昌則・高木秀雄, 1988, 蛇紋岩メランジュ帯としての志摩半島, 五ヶ所–安楽島構造線.地質雑, 94, 19–34.

    杉山和弘・小澤智生・畔柳勇生・古谷 裕, 1993, 三重県志摩半島東部のジュラ系白根崎層(新称)および白亜系松尾層群の層序と放散虫化石.大阪微化石研究会誌特別号, 9, 191–203.

    内野隆之・鈴木紀毅,2016,三重県志摩半島の黒瀬川帯から見出された後期ペルム紀整然層と広域対比.地質雑,122, 207–222.

    内野隆之・中江 訓・中島 礼,2017,鳥羽地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅).産総研地質調査総合センター,141p.

    Yamagiwa and Saka(1972)On the Lepidolina zone discovered from the Shima Peninsula, Southwest Japan. Trans. Proc. Palaeont. Soc. Japan, N. S., no. 85, 260-274.

  • 新井 孝彰, 高木 秀雄, 淺原 良浩
    セッションID: T15-O-3
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    西南日本外帯に分布が知られているペルム紀花崗岩類として,関東山地の御荷鉾帯にクリッペをなす石英閃緑岩の小岩体,中部地方の兵越花崗岩,九州東部臼杵川沿いに小規模な石英閃緑岩が存在する.これらの花崗岩類の帰属については,南部北上帯〜黒瀬川帯に分布するペルム紀薄衣礫岩中の花崗岩礫の年代やSr同位体初生値での一致が指摘されているが (柴田・高木,1989),岩体として対比できるものは知られていなかった.近年,福島県富岡のボーリングコア中の花崗岩試料や割山隆起帯の花崗岩類 (花崗閃緑岩〜トーナル岩) において293〜308MaのジルコンU-Pb年代を示すことが明らかにされていることから (Tsutsumi et al., 2010;土谷ほか,2013参照),上記の対比の可能性が浮かび上がった.そこで,筆者らは東北から九州にかけて分布が確認されている古生代末の年代を示す花崗岩類8試料について,ジルコンU-Pb年代測定を実施した.対象としたのは,岩沼石英閃緑岩 (新称),割山花崗岩 (2試料),関東山地寄居–小川町の金勝山石英閃緑岩 (2試料),皆野町の金沢石英閃緑岩,下仁田町の川井山石英閃緑岩,大分県臼杵市の臼杵川石英閃緑岩である.今回初めて年代が明らかにされる岩沼石英閃緑岩は割山隆起帯の北東5 kmに位置するグリーンピア岩沼北部の谷から得られたもので,割山花崗岩とやや異なり,石英閃緑岩の組成をもつ.ジルコンの U-Pb 年代測定は,名古屋大学大学院環境学研究科設置のNd-YAGレーザーシステム (NWR-213) を装着したICP-QMS (Agilent 7700x) を用いた.分析条件は高地ほか (2015) に従った.また,2次標準試料としてPlesoviceを用い,340.1 ± 2.6 Maを得た.年代測定の結果,岩沼石英閃緑岩は292.7±2.5Ma, 割山花崗岩は284.2±4.7 , 287.5±3.0 Maとなり,いずれもペルム紀の範囲に収まった.加えて,関東山地の4試料で282.0±3.6〜288.9±2.1Ma,臼杵川石英閃緑岩についても286.9±5.7Maと良い一致をみている. 

    既存のU-Pb年代と比較してみると,金勝山石英閃緑岩が281.5±1.8Ma (Ogasawara et al., 2016),川井山石英閃緑岩が277.1±3.2Ma (土屋ほか,2022),臼杵川石英閃緑岩が292.0±12.4Ma (Sakashima et al., 2003) という報告があり,今回得られた年代範囲と調和的である.以上より,割山花崗岩のU-Pb年代は,関東〜九州の石英閃緑岩の年代範囲に含まれており,岩沼石英閃緑岩もほぼ一致する.このことから,西南日本のペルム紀石英閃緑岩は,東北日本の割山花崗岩に対比できる可能性が高まったと言える.ただし,割山花崗岩については既存の報告値 (302,308Ma:土谷ほか,2013参照) よりも若い年代が得られたことについての検証や,化学組成や同位体比などの形成場に関する情報なども加えて,対比の可能性をさらに深めていく必要がある.

    文献:Ogasawara, M., Fukuyama, M., Horie, K., 2016,Island Arc, 25, 28-42.; Sakashima, T. et al., 2003, J. Asian Earth Sci. 21, 1019–1039.; 柴田 賢・高木秀雄,1989, 地質雑,95, 687-700.; 高地吉一ほか, 2015, 地球化学,49,19-35.; 土谷信高ほか,2013,地質雑,119,154-167.; 土屋裕太ほか,2022,Naturalistae, 26, 47-51.; Tsutsumi, Y. et al., 2010, J. Mineral. Petrol. Sci., 105, 320–327.

  • 堀 利栄, 岡本 隆, 楠橋 直, 鍔本 武久, 下岡 和也, 世羅 拓真, 豊 大翔, 炭 元裕, 塚腰 実, 佐藤 たまき, 道後姫塚学 ...
    セッションID: T15-O-4
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    道後姫塚には、領家花崗岩類を不整合で覆う和泉層群基底礫岩層とその上位に化石を豊富に含有する泥岩・シルト岩層を含む砂泥互層からなる黒滝層(高橋1986改称)が分布する。この地は、昔から保存のよい化石が多産する事で有名であったが、多くの化石標本は散逸し、殆どが愛媛県や松山市に残っていない。そこで愛媛大学理学部地学コースでは、2020年より2024年3月まで地権者の許可及び関係各所の協力を得て、道後姫塚における地質学的・古生物学的総合学術調査を行った。調査には、多くの理学部地学コース・理工学研究科の学生・院生や教員、および関係分野の研究者が参加した。その成果の一部は、堀ほか(2021, 2024)や, 首長竜遊離歯化石については佐賀ほか(2022)で報告している。また、先行研究による報告化石一覧については、黒田・鍔本(2023)によってとりまとめられ、これまでに道後姫塚から動物化石39種・植物化石2種の産出記録がある事が報告されている。本発表では、さらに道後姫塚の黒滝層における地質堆積学的特徴や新たに確認された産出化石の検討結果について報告する。

    【調査方法】道後姫塚の露頭においては、現在、基底礫岩層の直上の礫層をBed1とし、全13層の単層からなる礫層を含む砂泥互層が観察される。標本・試料は研究室に持ち帰り、実体顕微鏡下で観察、または薄片を作成し観察した。球果化石や遊離歯については、高知大学の高知コアセンター分析装置群共用システムを利用し、マイクロフォーカスX線CTスキャナにて内部構造解析を行った。

    【結果】 基底礫岩層の直上のBed 1-Bed 3までは、化石を殆ど産しない。 Bed 4- Bed 8は、中粒から粗粒砂岩層を挟む黒色泥岩から、シルト・極細粒砂岩層を基質の主体とし、まれに礫を基質支持で含有する砕屑岩層であり、化石を多産する。特に、Bed8は特徴的な岩相を示し、基質支持で小さな円礫を散点的に含む黒色シルト岩から極細粒砂岩からなる。円礫は黒色チャートや花崗岩などが多い。また、特徴的な青緑色酸性火山岩角礫や角張った石英・長石片を含む。本層からは、植物球果化石と共に、海棲生物化石(多種多様な二枚貝、巻貝、アンモナイト類、魚類遊離歯等)が産出した。周辺の転石から、首長竜の遊離歯化石も発見されている(佐賀ほか, 2022)。二枚貝やアンモナイト化石には、幼体から成体まで多様な成長段階の個体が含まれ、合弁二枚貝もみられる。また、基質は淘汰が悪く、角張った火山岩片、長石などの結晶片、火山灰片が含まれ、稀に壊れた有孔虫化石殻が含まれているのが確認される。 直上のBed9は、均質で淘汰のよいシルト岩からなり、底質に生息するウニ (Hemiasteridae gen. et sp. indet.) やサメの遊離歯、大型平板状のイノセラムス類Sphenoceramus schmidti type Aが多産し、Bed 8 までの化石相とは異なる化石群が産する。また、Bed 9以降の層準は、化石を殆ど含まない砂岩・泥岩からなるタービダイト層となる。 Bed 9に多産するS. aff. schmidti type A of 田代ほか(2008)や、Bed 8から得られた異常巻きアンモナイト(Ainoceras kamuy ? 現在検討中)から判断すると、道後姫塚の黒滝層は、上部白亜系下部カンパニアン階上部〜カンパニアン階中部に対比され、これまでの先行研究の時代論と矛盾しない。 以上のことから、道後姫塚に分布する和泉層群黒滝層の化石多産層は、後期白亜紀のカンパニアン期に陸上植物も巻き込むなんらかのイベントによって形成され、その後、堆積場の急激な沈降が起こり定常的なタービダイトが流れ込むような堆積環境で形成される岩相へと変化した可能性が高いと考えられる。

    堀 利栄・岡本 隆・楠橋 直・鍔本武久・佐藤たまき・下岡和也・町田悠輔・朝永悠斗・脇山涼輔・佐賀省吾・向井一勝 (2021) 第21回日本地質学会四国支部総会・講演会.

    堀 利栄・岡本 隆・楠橋 直・鍔本武久(愛媛大・理工)・下岡和也(関西学院大)・世羅拓真・豊 大翔・炭 元裕(愛媛大)・道後姫塚学術調査プロジェクトチーム (2024) 日本古生物学会 2024 年年会・総会, 高知, 6月.

    黒田奈那・鍔本武久(2023) 愛媛大学理学部紀要. 25, 28-34.

    佐賀昇吾・堀 利栄・岡本 隆・鍔本武久・楠橋 直・佐藤たまき・向井一勝・朝永悠斗・脇山涼輔 (2022) 日本古生物学会第171回例会.

    高橋治朗(1986)愛媛大学教育学部紀要 6, 1–44.

    田代正之・大塚雅勇・廣瀬浩司(2008)御所浦資料館報 9, 3–8.

  • 宮崎 一博, 内藤 一樹
    セッションID: T15-O-5
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    地質調査総合センターでは,地質情報DXを進めており,その一環として,北部九州地域を対象に,構造化地質図を用いた地滑り発生,金銀鉱床分布,炭田分布など地質関連事象の統計力学的予測を行った.その結果,地域地質研究に関係する興味深い予測が得られたので報告する. 

    地質関連事象の統計力学的予測を行うためには,事象発生に影響し,かつ空間的に変動する確率変数が必要となる.何か予測するべき事象があって,その事象が発生する場合に1の値をとり,そうでない場合は0の値をとる2値の確率変数をdと指定し,これを目的変数と呼ぶことにする.目的変数以外の確率変数xを説明変数とする.説明変数は,その地点の地質,地形,あるいはこれら以外の事象発生に関係する確率変数θiからなり,x = {θ1,,,,θn-1}と表すことが出来る.目的変数の予測発生確率を統計力学的に求めるため,これらの確率変数からなる確率分布(d, x)を考える.ある事象が起こる確率は,確率分布の条件付き確率(d = 1|x)で与えられる.問題は,確率分布(d, x)の関数形をあらかじめ知ることができない点にある.従来の解析的に予測できる事象発生との大きな違いがここにある.しかし,全く方法がないわけではない,近似的な確率分布(d, x)(確率分布モデル)を観測データ{d, x}から推定する方法が用いられる.いわゆる機械学習である.機械学習のアルゴリズムには様々あるが,どのような関数形でも近似できる万能近似定理が証明され,確率変数の増大やデータ数の増大にも柔軟に対応できるニューラルネットワークを用いる. 

    今回の計算では,目的変数として,地質に関連した確率変数(地質変数)と地形に関連した確率変数(地形変数)を用いた.地質変数は,構造化地質図から取得した.構造化地質図とは,地層・岩体を形成年代(年代),構成岩石種(岩石),形成環境(岩相)の3つの要素の組合せで表現した地質図で,これらの組合せで多様な地層岩体を表現出来る.これに対し,構造化を行ってない地質図を非構造化地質図と呼ぶ.使用した地質図は,20万分の1シームレス地質図V2(地質調査総合センター,2022閲覧)である.地形変数は,国土地理院のDEM(国土地理院,2022)から生成した.地すべり発生の目的変数は,防災科学技術研究所の地すべり地形分布図(防災科学技術研究所,2022閲覧)を,鉱床分布は地質図NAVI(地質調査総合センター,2024年閲覧)の鉱床・鉱徴地分布図を用いた.予測パフォーマンスの評価には,Receiver Operating Characteristic (ROC)解析及びPrecision-Recall (PR)解析を用いた.これらの解析を用いて,予測パフォーマンスの比較を行った.後述の事例では,構造化地質図を用いた方が,非構造化地質図よりも高い予測パフォーマンスを示した.以下では,どの説明変数が予測にどの程度貢献しているか表すためSHAP値も求めた. 

    計算は北部九州を対象に行った.地すべり発生予測では,傾斜,年代,岩相,岩石の各説明変数が高い貢献度を示した.計算領域を堆積盆ごとに限定して行った結果,予測パフォーマンスの向上認められた.同一堆積盆内の地質構造発達史を共有するドメインを認識することの重要性が示された.さらに,広域での計算結果を実際の地すべり発生頻度と比較することにより,マグマの貫入に伴う高温型変成作用の重複が地すべり発生予測確率に対して観測される地すべり発生頻度を減少させる傾向があること,金銀熱水鉱床形成に伴う熱水変質が予測確率に比べ頻度を増大させる傾向があることが認められた.いずれの結果も,予測パフォーマンス向上のためには,広域あるいは局所的な火成活動に関する地域地質研究が重要であることを示している. 鉱床分布予測では,地形変数として地形起伏指数を用いた.金銀鉱床分布予測では,年代,岩相,起伏指数の貢献度が高いが,炭田分布では,年代,岩相の貢献度が高く,起伏指数はほとんど関係しない.炭田分布の予測パフォーマンスの向上には,堆積盆形成環境のさらに詳しい情報を付加する必要があることが示唆された. 

    今回の結果は,地質構造発達史を共有するドメインの認識,広域及び局所的な火成作用に伴う変成作用及び変質作用の解明,堆積環境の詳細など,地域地質研究成果の構造化地質図への付加が予測パフォーマンスの向上に重要であることを示している. 

    引用文献: 地質調査総合センター(2022)20万分の1日本シームレス地質図V2; 国土地理院(2022)基盤地図情報;防災科学技術研究所(2022)地すべり地形GISデータ;地質調査総合センター(2024)地質図NAVI.

  • 安邊 啓明, 星 博幸, 羽地 俊樹, 佐藤 活志, 仁木 創太, 平田 岳史, 岩野 英樹, 檀原 徹
    セッションID: T15-O-6
    発行日: 2024年
    公開日: 2025/03/27
    会議録・要旨集 フリー

    西南日本には前期-中期中新世の前弧海盆堆積物が東西に断片的に分布している.これらの堆積物の多くは,Blow (1969) の浮遊性有孔虫化石層序におけるN8帯(約17.0–15.1 Ma; Hoshi et al., 2019; Raffi et al., 2020)に対比される一方,N9帯(約15.1–14.1 Ma; Raffi et al., 2020)を示唆する浮遊性有孔虫化石はごく限られた地域からしか産出しない.このことから,西南日本前弧域では15 Ma頃に広域的な不整合が形成されたと考えられている(尾崎,2009; Takano, 2017).しかし先行研究では,ほとんどの堆積盆で堆積終了時期ないし現存する地層の堆積時期の上限が制約されていない.そのため,前弧域で広域的な不整合が同時期に形成されたかどうかは明らかではない.紀伊半島南西部に分布する下部-中部中新統田辺層群はWade et al. (2011) のM5b帯(約16.3–15.1 Ma; Raffi et al., 2020)に対比され,16.3 Ma以降に堆積が継続していたことが判明している.本研究は,田辺層群の堆積岩試料から分離した砕屑性ジルコンのU–Pb年代を測定し,堆積時期の上限を制約することを目的とする.

    8試料から分離し測定した330粒子のうち,221粒子からコンコーダントな年代値が得られた.最若粒子年代値は約19.4 Maであり,この粒子と不確かさの範囲で年代値が重複する粒子はなかった.すべてのデータをまとめると,1900–1750 Ma,290–155 Ma,115–55 Maの年代値にまとまりが見られた.

    最も若い単一粒子年代値に基づくと,田辺層群の堆積年代の上限は約19.4 Maより若いと考えられる.しかしこの最若粒子年代値は,浮遊性有孔虫化石が示唆する堆積年代(約16.3 Ma以降)より古く,かつ浮遊性有孔虫化石の産出層準より上位であることから,実際の堆積年代とは乖離していると考えられる.紀伊半島周辺では15 Ma以降に噴出物を伴う火成活動が起こった(例えば,岩野ほか,2007; Shinjoe et al., 2019).本研究で測定を行った試料中にこれら火成活動起源の中期中新世ジルコンが含まれなかったことは,現存する田辺層群が15 Ma以前の堆積物であることを示唆する.砕屑性ジルコンの最若粒子年代値と浮遊性有孔虫化石の示唆する堆積時期が乖離している原因として,15 Ma以前に紀伊半島周辺では火成活動が低調だったこと(例えば,Kimura et al., 2005)が考えられる.本研究の結果は,砕屑性ジルコンの年代から推定された最大堆積年代が,その直後の後背地において火山活動が少ない場合には,実際の堆積年代と大きく乖離し得ることを示唆している.よって,砕屑性ジルコンから最大堆積年代を推定した際には,その直後の火山活動の状況を検討する必要がある.

    <謝辞> 野外調査実施にあたり,2019年度深田野外調査助成,南紀熊野ジオパーク研究助成の支援を受けた.

    <参考文献> Blow (1969) Proceedings of the First International Conference on Planktonic Microfossils, 199–422. Hoshi et al. (2019) Chem. Geol., 530, 119333. 岩野ほか (2007) 地質雑,113,326–339.Kimura et al. (2005) Geol. Soc. Am. Bull., 117, 969–986. 尾崎 (2009) 日本地方地質誌5, 朝倉書店, 43–61. Raffi et al. (2020) Geologic Time Scale 2020, Elsevier, 1141–1215. Shinjoe et al. (2019) Geol. Mag., doi: 10.1017/S0016756819000785. Takano (2017) Dynamics of Arc Migration and Amalgamation-Architectural Examples from the NW Pacific Margin, InTech, 1–24. Wade et al. (2011) Earth Sci. Rev., 104, 111–142.

feedback
Top