ことば
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最新号
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巻頭言
個人研究
  • 小林 美恵子
    2020 年 41 巻 p. 3-20
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    映画『何者』などにみられた若い女性のことばの中性化の傾向が、自然談話ではどのように現れているのかを比較検討した。その結果、若い世代のことばの中性化は『何者』ほど極端ではないものの同様に進んでいること、高年代では女性形式、中性形式、男性形式にまたがる多様な形式を使用する話者がいることが分かった。高年代の多様化については、「女性語」話者の高齢化、役割語としての「おばあさん」語の影響などが考えられる。

  • 『秘密のケンミンSHOW』での東北復興コーナーをめぐって
    熊谷 滋子
    2020 年 41 巻 p. 21-38
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    メディアが「地方」やその方言をめぐるイメージをいかにステレオタイプ化して再生産しているのかを、東日本大震災後のテレビの娯楽番組から検証した。番組では、都会代表の司会者と東北代表のゲストたちが、東北をめぐる事柄について語り合いながら、期待にそった東北像を作り上げていく。具体的には、「忍耐強い」「努力家」「働き者」「寡黙」といった東北人気質、東北方言への思い、上京時の田舎者体験などである。東京一極集中が拡大深化する現代の日本において、特に在京30年をこえる50代以上のゲストたちが、戦後の高度経済成長期、上京したての若い頃に味わった田舎者としての体験を面白おかしく語り合うことが、結果的に東京を中心にすえ、東北を周縁においやり、相変わらずの「東北像」を再生産するものとなっている。

  • 「聞き手」の視点からみるその使用の様相を中心に
    馬 雯雯
    2020 年 41 巻 p. 39-52
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    本研究は馬(2019)の後続研究として、「聞き手」の視点に着目して、「女子力」がどのように使われるのかを分析したものである。馬(2019)が明らかにした「話し手」の視点からみた「女子力」の使用の様相と対照しながら、「女子力」を使用した具体的な表現、意図およびそれに対する「聞き手」の反応を分析した。「女子力」が「ほめ」の効果のあることばとして使われることは、「話し手」と「聞き手」のどちらからみても、観察されたところである。一方、「女子力」は「からかい」「忠告」「批判」の効果のあることばとして使われることが女性の「聞き手」の視点からの分析で浮き彫りになった。女性も男性も「女子力」を肯定的に使ったり、受け取ったりしているが、女性の場合は「女子力」を否定的に使われたり、受け取ったりすることが特徴的である。このことは、「女子力」の揺らぎを示している。

  • ―日本語との比較を通して―
    李 文鑫
    2020 年 41 巻 p. 53-70
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    本稿は中国語コーパス、日本語コーパスを利用し、語共起の情報に基づき、共感覚的比喩における<強><重>の使いわけを分析し、その要因を考察した。その結果、日本語では、「強い」は五感、心的状態、抽象領域まで転用できるが、中国語の場合、「重」は五感と心的状態まで拡張し、「强」は抽象領域の転用が多いことがわかった。

    さらに、中国語では、自分か第三者が観察できる外部からの刺激(身体動作)は有界と考えるパターンをとりやすく、物だけでなく、動作も個体(複数個体)として捉えられている傾向があることを明らかにした。

    以上のことから、中国語は、<個体(複数個体)>のスキーマによって支えられるため、<重>の使用が好まれるのに対して、日本語は<連続体>のスキーマによって支えられるため、<強>の使用が好まれることが明らかになった。

  • 金 玉英
    2020 年 41 巻 p. 71-88
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    現代日本語行為要求表現の分類と枠組みにおいて、従来の研究では「行為者」「決定権者」「受益者」という三つの要素を軸にしている。本稿では「行為者」という基準は枠組みを捉えるに当たって(分類全体を左右するような)決定的な意味を持たないこと、「受益者」という概念は有効ではあるが、有効範囲が先行研究の捉え方より狭く、意味を持つのは「依頼」だけであり、ローカルなものに過ぎないことを論じる。そして、各機能(特に「依頼」と「勧め」)の定義を捉え直し、「聞き手意志配慮」「共同意志形成」という観点を取り入れ、各機能の定義に基づいた新しい枠組みを提案する。「命令」は話し手が聞き手の意志を配慮せず、直接的・積極的に行為を要求する「-配慮」の行為要求表現であり、「依頼」「勧め」「勧誘」はどちらも聞き手意志を配慮した「+配慮」の行為要求表現であるが、それぞれ「配慮の仕方」が異なることを主張する。

  • ―日本人女子学生による初対面から4回目までの会話をもとに―
    方 敏
    2020 年 41 巻 p. 89-105
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    初対面や親しくない人と何を話せばいいか分からないという悩みを抱えている人が多い。この問題を解消するために、本研究では、日本人女子学生による初対面から4回目までの会話をもとに、初対面以降の会話における話題選択及びその変化を解明した。分析の結果、(1)初対面会話では、会話参加者の個性や組み合わせには関わらず、話題選択に高い共通性があった。(2)2回目以降の会話の話題選択は、初対面と比べ、会話参加者の関心に応じて多様性が見られた。また、初対面で回避されるプライバシーに関わる話題が取り上げられることも明らかになった。

  • 加藤 恵梨
    2020 年 41 巻 p. 106-121
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    本研究は、日常会話でほめことばとして「すごい」が使われる場合、使い方にどのような特徴があるのかを『日本語日常会話コーパス』モニター公開版を用いて明らかにすることを目的とする。分析の結果、ほめことばとして「すごい」を使用する際、相手、表現方法、表現意図に特徴があることが分かった。まずほめる相手について、「すごい」は同等以上の立場の者が同等以下の立場の者をほめるときに使われるだけではなく、目下の者が目上の者をほめるときにも使われる。次に表現方法について、相手に「すごい」とだけ言ったのでは何を評価しているのかが伝わらないため、「すごい」を使用する際には評価する点について言及する、「すごい」を繰り返し言う、「すごい」の前後に相手の名前を呼ぶという特徴がある。さらに表現意図について、「すごい」は「ほめ」を表しているのであるが、相手をはげます、相手のほめてほしいという期待に応える、他の話者の「ほめ」に同調するときにも使われるということが分かった。

  • れいのるず秋葉 かつえ
    2020 年 41 巻 p. 122-138
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    江戸初期、漢文ブーム時代、明の亡命儒者朱舜水と日本の儒者との間に「生きた漢文」の学習が始まった。朱舜水と日本の儒者・儒生とのあいだで交わされた書簡その他に「僕」が多数観察される。しかし、「僕」は、他の漢語自称詞(「拙者」など)に遅れて江戸中後期になるまで日本語の書簡では使われなかったことがわかっている(れいのるず2018)。そこで、朱舜水を中心とする儒生との漢文筆語環境でかなり頻繁に使われていた「僕」が同時期の日本語書簡では使われなかったのはなぜかが問題になる。本稿では、江戸初期の厳しい身分制度支配の文化のなかでは連帯原理の人間関係を表現すること自体に抵抗があり、日本語コンテクストでは「僕」を使えなかった、とする。そして、やがて身分制度が崩れ始めた江戸中期、漢文和文のバイリンガルたちが漢-和コードスイッチ文を創出し、それを媒体にして「僕」を日本語化したのだ、と説明する。日本語化が進行した時点からは、尊王攘夷の志士たちの書簡において連帯を呼びかける自称詞として「僕」が急速に広がっていったこと(れいのるず2018)に意味的に自然につながる。「僕」が漢語において連帯の自称詞であったとするならば・・・。

  • 遠藤 織枝
    2020 年 41 巻 p. 139-156
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    介護現場の外国人従事者に対する介護用語の効果的な指導が模索されているが、特に難解とされる介護用語の実態の究明が急がれている。本稿では難解な介護用語の代表ともいえる「褥瘡」とその和語「床ずれ」について、また、「褥」の字の明治以来の医療看護分野での使われ方を検証し、その実際から習得の問題点を考察した。その結果、本来2種類あった「褥瘡・蓐瘡」の表記が、明治初期の「蓐瘡」優勢の時期を経て大正期には「褥瘡」に集約されて現在に至っていること、明治大正期の書籍では漢字語にルビを振るものが多く教育上の配慮があったこと、また、看護技術を示す用語に「褥」のつく熟語が多かったこと、などが明らかになった。現在では「褥瘡」の2字とも常用漢字表表外字で、なじみが薄くなり、「褥」のつく熟語も激減した。漢字の環境の変化によって、「褥瘡」の習得は明治期より難解になっている。

  • 斎藤 理香
    2020 年 41 巻 p. 157-168
    発行日: 2020/12/31
    公開日: 2020/12/31
    ジャーナル フリー

    「中動性」概念は、戦時のフェミニスト思想・運動家と国家権力、またフェミニスト知識人と一般の女性との関係性を、戦争責任をめぐって一方的な被害者は存在しないという関係性に読み替えることを可能にする。自律的な主体を前提としたリベラリズムの政治体制に対抗する現代フェミニズム思想として提唱される「ケアの倫理」も、ケアをする者・ケアをされる者との間の相互依存関係性を軸としている点で、中動性が権力を内における出来事として双方向的に捉えようとする事態であることと共通する視点を持つ。このような「ケアの倫理」が、山田わかの「身の上相談」を社会事業と捉える視点とどう重なるかを考察した。わかが夫婦・家族内の倫理主義という理想を唱え、それを社会事業と位置づけた発想そのものは「ケアの倫理」と親和性を持つが、わかの家族主義が女性の母・妻役割を固定し、女性に忍従を強いる傾向にあったことは「ケアの倫理」とはそぐわない。

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