フィナンシャル・レビュー
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156 巻
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
  • ―合法性原則の再構成―
    巽 智彦
    2024 年156 巻 p. 4-18
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     租税手続法は,租税実体法を実現するに当たり,租税債務の存否ないしその内容に関する各主体の認識の差異に基づく紛争を処理するという,固有の規範的意義を有する。合法性原則は,課税要件が充足されている場合に,実体法の定めに基づいて成立している租税債権をその通り確定して行使することを課税庁に要請するものであるが,実際に課税要件が充足されているか否かが不明である場合に,課税庁が調査義務を尽くしたうえで,それ以上の調査検討を取りやめることまでを禁ずるものではない。課税庁が負うべき調査義務の範囲については,合法性原則が一定の規範的要請をもつ可能性もあるが,いずれにせよ,税務執行の効率性の観点から調査義務の限界が画される事態はあり得る。行政庁の調査義務の範囲の問題は,税務執行の正確性と効率性とを行政手続法の平面で調整する論点であると言え,納税義務に関する和解の許容性にも,同じ問題が含まれるものと考えられる。

  • ―ステーブルコインに関する規制を中心に
    行岡 睦彦
    2024 年156 巻 p. 19-47
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     2022年の資金決済法改正により,「電子決済手段」の制度が創設された。これは,いわゆるステーブルコインに関する規制をわが国に導入するものである。これを受けて,実務では,「特定信託受益権」(資金決済法2条5項3号に規定する電子決済手段)の形式でステーブルコインを組成する取組みが検討されている。ところで,特定信託受益権については,資金決済法上,ステーブルコインの裏付資産(特定信託受益権に係る信託財産)の全部を要求払預貯金により管理することが要求されている。これは,ステーブルコインの発行者に,相対的に安全性の高い要求払預貯金をステーブルコインの裏付資産とすることを義務付けるとともに,これをステーブルコイン発行者の固有財産から法的に分離(倒産隔離)された信託財産とすることにより,ステーブルコインに係る払戻(償還)義務の履行可能性を確保し,その価値の安定性を確保する趣旨のものであると理解することができる。しかし,このような規制のあり方に対しては,大きく2つの観点から疑問を呈することができる。第1は,要求払預貯金による裏付けを要求することの必要性である。理論上は,国債・公債やコマーシャル・ペーパー(CP)のような,低リスクかつ高流動性の資産を裏付資産として許容することも考えられるのではないか,という疑問がありうる。第2は,要求払預貯金による裏付けを要求することの十分性である。銀行といえども破綻のおそれが皆無というわけではなく,要求払預貯金を裏付資産とすることで満足して良いのか,とりわけ,ステーブルコインの破綻が金融システムにシステミックな影響を及ぼすほどまでに成長した場合を想定すると,裏付資産のあり方についてさらなる検討を要するのではないか,という疑問がありうる。本稿は,イングランド銀行が2021年6月に公表した『新たな形態のデジタル貨幣(New forms of digital money)』と題するディスカッション・ペーパーにおいて示された4つの規制モデルを取り上げ,それぞれの意義と課題について検討を加えるという方法により,ステーブルコインの規制のあり方に関する上記の疑問に一定の回答を提示するとともに,より一般的に,私的主体が発行する「貨幣」の価値の安定性を確保するための規制のあり方についての基本的な論点や考え方を整理するものである。

  • ―暗号資産取引を対象とする税務当局間の自動的情報交換―
    大野 雅人
    2024 年156 巻 p. 48-70
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     本稿は,EU(欧州連合)が2023年10月に制定したDAC8(EU加盟国の税務当局間の相互協力に係る指令の第8次改正)を紹介・検討するものである。

     DAC8は,インターネット上で暗号資産取引の仲介を行う「暗号資産サービス提供者」(Crypto-Asset Service Provider)に対し,その顧客である「暗号資産利用者」(Crypto-Asset User)に関する情報をEU加盟国の税務当局に提供することを義務付け,当該提供された情報をEU加盟国の税務当局間で自動的に情報交換する,という枠組みを定めるものである。当該情報は,マネー・ロンダリング対策やテロリズム対策を担当する当局にも必要に応じて提供される。

     DAC8は,2022年に公表されたOECDのCARF(Crypto-Asset Reporting Framework)の枠組みを,EUにおいて実施するものである。DAC8の内容は,ほぼCARFに沿ったものとなっている。EUは,OECDによってこれまでに提案されてきた税務当局間の自動的情報交換の枠組みを,DACの累次の改正により,着実に法制化してきている。これに対し,我が国での法制化は,やや遅れている。

     我が国の居住者(法人その他の事業体を含む)が,外国居住者の提供するインターネット上のサービスを利用して所得を稼得している場合,我が国の税務当局にとってその所得の把握は,外国税務当局との情報交換によらなければ難しい。我が国においても,OECDが提案する情報交換の枠組みを順次立法化していくべきと考える。

  • ―第六次指令時代の欧州司法裁判所の諸判例からみる研究課題―
    藤原 健太郎
    2024 年156 巻 p. 71-94
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     付加価値税(VAT)の先達として我々は欧州連合(EU)のVATを多く参照してきた。そこから学ぶべきものと学ぶべきでないものとが当然あるだろう。とはいえ,EUの歴史の中で付加価値税を位置づけたとき,当然EUが追求する理念や政治的事情によってそれは規定される。

     本稿は,EU加盟国間での付加価値税の課税権配分をテーマとする。その際,共同体法の実現主体の一つである欧州司法裁判所の動向に着目する。その判例,就中Fixed Establishment及び本店支店間取引についてのそれらを概観し,整理することで,多国籍企業に対する付加価値税の制度設計を論じる土壌を豊かにすることを目指す。具体的には,課税権配分という大きなテーマに同裁判所が如何なる処理を与えてきたのかを観察する。

     その作業は,将来志向ではなく,むしろ,過去を振り返るものであり,したがって,即効性のある提言を日本法の文脈にもたらすものではない。しかし,多国籍企業についての付加価値税の課税のあり方を研究していくにあたっての課題も少なからず認識される。国境を越えて事業展開する企業について,第一次的にはどこが課税権を有するのか,または,企業内部の取引をVATの世界でも考慮にいれるのか,などである。課税権配分というテーマについて所得課税とVAT双方にまたがる研究が必要である。

  • ―グローバルな課税の枠組みにおける実効的な紛争予防/解決の必要性―
    中村 真由子
    2024 年156 巻 p. 95-113
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     OECD/G20の「BEPS 包摂的枠組み」において議論されていた経済のデジタル化に伴う国際課税上の課題への対応については,第1の柱(市場国への新たな課税権の配分)と第2の柱(グローバル・ミニマム課税)の2つの柱による解決策が合意された。第2の柱については各国で法制化が進み,我が国においても,2024年4月1日以後に開始する事業年度から国際最低課税額に対する法人税制度の適用が開始する。しかし,新しい国際課税に対応する紛争解決の枠組みについては未だ十分な整備がなされていないように見受けられる。すなわち,第1の柱の利益Aに関する多国間条約には画期的な多国間紛争予防/解決の仕組みが規定されているが,発効の見通しが不透明であり,利益Bについてはこれに対応する新たな紛争予防/解決の取組みは想定されておらず,第2の柱のグローバル・ミニマム課税については,解釈・適用の不一致が生じた場合の紛争解決メカニズムの整備が十分でないように思われる。現状の相互協議の改善の取組みやICAPの仕組みも踏まえ,施行までの間にこの点に関する議論が進展することが期待される。

  • ―迷走する議論の整理と将来的課題―
    野田 恒平
    2024 年156 巻 p. 114-144
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     マネロン対策と税務の間には,深い関係性と,双方の当局間の共働に対する政策的要請があることが広く認識されつつも,その議論はこれまで未整理の状態であった。本稿においては,そこに今後の検討の深化を図る上で土台となる基本的視座と,議論の枠組みを設定することを試みる。

     具体的には,まずかかる議論の迷走の原因を,(1)共働の異なる諸段階に係る議論が未分化であること,(2)それらのあるべき態様を巡る議論における,「連結性の捻れ」が存在すること,(3)特に当局間の情報共有について様々な内容等が混在すること,に求める。

     その上で,想定される共働関係を,①リスクの分析・評価(準備),②情報の共有(実働),③犯罪収益の剝奪(事後)の各段階に分解し,更に,このうちで最も中核的論点となる②については,収集時の主観的目的及び提供先の客観的用途によって論点が分岐し,それぞれにつき,関係法令・判例等を踏まえた個別の検討が必要である旨を明らかにする。

     最後に,補足的な項目として,マネロンにおける税犯罪の「前提犯罪化」と,没収(犯罪収益の剥奪)に関する議論の整理を行う。

  • ―税務長官会議の報告書を中心として
    増井 良啓
    2024 年156 巻 p. 145-178
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/07/09
    ジャーナル フリー

     本稿は,税務長官会議(Forum on Tax Administration,以下「FTA」という。)の一連の報告書が,納税協力と納税非協力に関してどのようなアプローチをとってきたかを通覧する。FTAの報告書は,2004年から公表が開始され,すでに100本以上の蓄積がある。その全体像を整理して一覧化することで,日本の読者が気軽に報告書を参照できるようにしたい。

     FTAの報告書について,その時々の主要テーマの変遷をたどると,納税協力リスク管理(Compliance Risk Management),納税者サービスの電子化,税務仲介者(Tax Intermediaries)の役割,業務効率化(Working Smarter),オフショア納税非協力(Offshore Non-compliance),協力的コンプライアンス(Cooperative Compliance),デザインによる納税協力(Tax Compliance by Design),成熟度モデル(Maturity Model),行動洞察(Behavioural Insights)といった具合に,多くのアイディアが展開してきた。近年では,新型コロナウイルスまん延への対応を経て,「税務行政3.0(Tax Administration 3.0)」の標語の下に税務執行のあり方について新しい展望が示されている。

     納税協力という角度からみると,初期の「租税申告書に対応する」というアプローチから,2010年ごろから「納税者の環境に働きかける」というアプローチへと,重点が変化した。この変化が,デジタル・トランスフォーメーションが進む中で,2020年の「税務行政3.0」の構想につながった。「税務行政3.0」の構想は,突然に生まれたのではなく,従来からの継続的な取組みの中に萌芽的な内容が内包されていたのである。

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