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―産業活動の中で出た端材や余剰材を用いた造形活動を手がかりに―
淺海 真弓
2023 年 55 巻 1 号 p.
1-8
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究では学校の美術・図画工作科の授業が子ども達にとって「つくりだす喜びを味わう」場となり,「主体的・対話的で深い学び」の機会となるための手がかりとして,子ども達が造形活動に「没頭」する状態に着目し,その要因について筆者が数年前から取り組んでいる地域の産業活動の中で端材や余剰材等を造形素材として用いる造形活動の内容や子ども達の様子をチクセントミハイの「フロー体験」理論より探った。そこで得た子ども達を没頭に導く条件(明確な目標,フィードバック,思考錯誤)を取り入れ,小学校中学年の図画工作の授業題材を開発し実践したところ,子ども達にとって「つくりだす喜びを味わう」楽しさを感じる「主体的・対話的で深い学び」となり,「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力」「学びに向かう力,人間性」など資質・能力の獲得につながったことがアンケートや子ども達の活動の様子より確認出来た。
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―研ぎ澄まされた感性の人―
阿部 守
2023 年 55 巻 1 号 p.
9-16
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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柏崎栄助は,毎年決まって台風シーズンに沖縄の島々を訪れた。一年間に溜まった心身の垢を洗い流すように。自分に課した沖縄での修行のような旅を楽しそうに話した。まさに苦行のような体験であったことを没後に出版された『沖縄日記』で,より詳しく知ることとなる。そこには,遊学時のウィーン工房,ヨーゼフ・ホフマンの影響が大きい。本論文では,彼がどうして沖縄にこだわり,生きることについて考えを巡らせていたか,さらに,無駄のない究極とも言える造形力を獲得したか,について『沖縄日記』を中心に考察したい。
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―美術教育から解釈したArt(s)の位置づけ等―
新井 浩
2023 年 55 巻 1 号 p.
17-24
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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福島大学では次世代型教育の構築を目指し,「福島型STEAM教育の開拓」が令和3~5年度福島大学重点研究分野foR-Fプロジェクト研究として採択され,筆者はそのプロジェクトの評価指標策定を担当している。本稿では福島型STEAM教育評価指標が策定された経緯,並びに課題について考察しまとめた。策定の背景としてSTEAM教育のAの解釈が多様であり,特に日本の中央教育審議会では広くリベラルアーツとしていることに注目した。このことを踏まえ,策定の要点では獲得を目指すべき力量について,OECDを中心に議論されている今日的教育思潮,先行事例,創造性に関する研究,地域の国立大学を取り巻く状況などの点から基盤的能力を取り出した。その上で筆者の専門である美術領域の知見を通し,全体像をツリーとしてまとめそこから25の評価項目にまとめた。その過程を通し,今後検討が必要となる課題を整理した。
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家﨑 萌
2023 年 55 巻 1 号 p.
25-32
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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建築の領域でオスカー・ハンセンにより提唱された「オープンフォーム」と呼ばれる理論は,戦後ポーランドの共産主義政権下で,教員と学生たちが「動的な背景」あるいは「非制度的空間」を探索する演習としてワルシャワ美術アカデミーの美術教育に展開していく。本稿では,関連資料に基づき,理論や実践の特徴やその展開の背景との関連について考察した。先ず,マニフェストの記述から「量」と「質」の対比と「客観的要素と主観的要素の相互浸透」の論理が見出された。次に,戦後の美術の動向とハンセンの建築や芸術への関わりを照応させ,オープンフォームが美術アカデミーでの実験的制作に応用されていった背景には,政治的な状況に加え,オープンフォームの教育的側面やスケーラビリティの課題,若い芸術家たちの現実へ対峙しようとする動向や新たな技術の芸術制作への活用等が関連していることが明らかになった。
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―地域連携による陶芸授業の実践研究―
市原 奨太郎
2023 年 55 巻 1 号 p.
33-40
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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本稿は,中学校美術科において,地域と連携した陶芸の授業を実践したものである。平成29年告示の学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」が示され,学校教育と地域社会との連携の重要性が高まっている。美術教育では工芸の分野において伝統文化や地場産業を扱った題材が,地域社会とのつながりにおいて効果的であると考え,陶芸を愛好する地域の方を外部講師として,中学校3年生を対象にろくろで作るご飯茶碗と板づくりによる大皿の作陶体験を行った。実践の過程では,アート・ワークショップの視点から,生徒と地域の方の相互作用が重要であると考え,双方向的な対話や協同に着目した。実践からは,生徒が地域の方と手と手を触れ合わせながら,双方向的な対話や協同を通して意欲的に作陶をする姿が確認された。感想では,陶芸に対する興味や関心に加え,自分たちの住む地域や伝統文化ついての記述が見られた。
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―意欲の変化に見るつまずきの時期と要因―
伊東 一誉, 赤羽 尚美, 田代 琴美
2023 年 55 巻 1 号 p.
41-48
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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本稿は,表現・図画工作・美術の教育支援策の開発を目指す研究の一環として,描画表現のつまずきに対するアプローチ時期と要因を検証しようとするものである。本調査では,保育者養成校の学生310人を対象とした質問紙調査から,幼児期から青年期に至る描画表現への意欲の変化とつまずきの要因を検討した。その結果,意欲低下のタイミングから10パターンの類型が示され,小学生の時期に意欲が低下するケースが全体の4割以上を占め,回復率が他の類型よりも低いことがわかった。また,意欲の高さや回復率にかかわらず,全体の8割以上が描画表現にたいするつまずきを経験していた。Jaccard係数による特徴語の抽出から,小学生期におけるつまずき要因が「自分と周囲の比較」にかかわる特徴語である一方,中学生期には「教師や成績」,高校生期には「機会の減少」と分類され,発達過程や時期によるつまずき要因の違いが示された。
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―幼稚園での造形活動における子どもの相互作用への質的アプローチ―
大西 洋史
2023 年 55 巻 1 号 p.
49-56
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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本研究では,幼児が造形活動を行う際に,どのような環境に置かれて,何と関わることで気付きや学びが生まれているのかを,観察記録した映像から分析し明らかにしようと試みた。造形活動が行われている場面を映像記録し,どんな環境設定となっているのか,指導者や子ども同士でどのようなやり取りが行われているのかといった様子を,トランスクリプトを作成し記述分析することで子どもの気付きや学びに質的にアプローチしようと試みた。その結果,指導者や指導者の発言が子どもの活動に与える影響や周囲にいる子どもとのやり取り,材料といった環境が気付きや学びに繋がっていることを確認した。また,子どもの気付きや学びが生まれる際の発話や視線,笑い,頷き,周囲の発話,身振り,材料用具の位置や操作行為,周りの環境が相互に作用していることをトランスクリプトに示した。
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―円光盛り上げ技法の系譜とメソッドについての一考察―
大村 雅章, 江藤 望
2023 年 55 巻 1 号 p.
57-64
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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アムステルダム国立美術館所蔵のカルロ・クリヴェッリ作『マグダラのマリア』は,クリヴェッリ自身が生涯で公私ともに一番充実していた時期,1475年に描かれた単一の祭壇画(パーラ)である。クリヴェッリが数多く制作した多翼祭壇画(ポリティコ)と同様,盛り上げられた円光やアトリビュート,髪飾りなどの宝石類や衣服等の装飾部に至るまで,その工芸的技法は目を見張るものがある。本稿では,過去5年間の調査および研究と実証実験の結果,クリヴェッリの石膏地盛り上げ技法は,故郷ヴェネツィアに伝わる独自の技術だったことを踏まえ,今回『マグダラのマリア』の円光部の盛り上げ技法に注目した。イタリア・ゴシック期における,板絵全般に施された円光のスタイルについて,その技法的プロセスや変遷を辿ることで,クリヴェッリの特異ともいえる円光の盛り上げメソッドに迫る。
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―「芸術教養美術ゼミ」〔鑑賞教育入門〈絵を読もう!〉〕を通した読解的鑑賞の実践的論察―
岡田 匡史
2023 年 55 巻 1 号 p.
65-72
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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「芸術教養美術ゼミ」〔鑑賞教育入門〕」受講者29名が提出した,ドメニコ・ギルランダイオ「羊飼いの礼拝(1485年)」の自由解釈を分析した結果,数多くの疑問が集積する記述の実態が明らかとなった。あちこちに疑問符が附され,その総数は130個にも上った。本事態を引き起こした基本要因は,鑑賞対象が,言語・風習・生活様式等が日本と異なるキリスト教文化圏に属す異国の絵であることで,絵自体がそもそも疑問凝集体であり,理解の障壁は極めて高い。その中で受講者は自由解釈に挑戦した訳である。この疑問を主体的修学姿勢の証として賞讃するに留め,コミットメントは控える選択肢もある。が,筆者は疑問を作品読解が前進する本質的契機と捉え,PISA型読解観も視野に入れ,疑問を媒介に自由解釈に多様な知識を繫ぐ読解的鑑賞の一方式を考え付いた。それが疑問媒介型展開であり,筆者自身の授業実践を基盤とした応答例5個を提示した。
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小田 久美子, 髙橋 敏之
2023 年 55 巻 1 号 p.
73-80
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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就学前の子どもを取り巻く環境の中にある動物表象に関する意識調査を行うと,保育者や養成校の学生が子どもに適すると認識している動物表象と,実際に使用されている表象には揺らぎが生じていることがわかった。このことから,子どもの美術的環境内に浸透している動物表象の課題に焦点をあて,子どもの観察力や探究心,審美心に寄り添う美術環境を整えることを目指して,その在り方に関する研究の開始と支援方法の構築が必要であると結論に至った。
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―西野範夫の教科調査官就任前の美術教育思想―
金子 一夫
2023 年 55 巻 1 号 p.
81-88
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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西野範夫の『美育文化』連載の独得の論理と文体を明らかにした前稿を踏まえて,本稿は西野の生育期から文部省教科調査官直前までの経歴や文章の分析によって,造形遊びの概念や彼の独得の文体,そして学校の内外を区別しない考えがどのように発生・展開したかを明らかにした。まず造形遊びの概念は番町小学校勤務時代に発生し,学習指導要領作成に携わったときに造形的な遊びの全学年構想提案として明確化した。その全学年構想が実現しなかった残念さからその後の大学勤務時代に遊び理論等をふまえて造形遊びの自己目的的な理論化作業がなされた。独得の文体は初期から兆しはあったものの目立たなかったが,皇學館大学勤務時代に明確な単発事例があった。学校の内外を区別しない考えは,下町の公立小学校時代に芽生え,その後造形的な遊び等の教育課程内容を自己完結型に構想するなかで強まっていった。
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―造形行為を通した現職派遣教師の学び―
金子 瞳, 大平 修也, 松本 健義
2023 年 55 巻 1 号 p.
89-96
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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本研究は,現職派遣教師としての第1筆者が自身の描く造形行為の過程で経験した自己の変容を捉えて省察すると共に,その省察をもたらす描く造形行為の学びの作用を明らかにすることを目的とした。そのため,第1筆者が2019年4月に受講した第3筆者の題材「フリードローイング」を研究事例とした。研究事例では,豊富な量の絵具や,受講者が過去に使用したことのない道具が用意され,受講者が思い思いに描くと共に描いていく色や形に没入できる活動環境が設定された。研究事例の分析は,鮮明に思い出された活動時の気付きを第1筆者が記述する画像記録の振り返り,及び画像記録から抽出した行為や発話の記述により行った。研究事例の分析により,描き方の変化として実践される学びや,過去に使ったことのない道具との出合いを契機に見方や感じ方が変容する学びが経験される,描く造形行為の作用を明らかにした。
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―1870年代以降の作品に見られる特徴―
株田 昌彦
2023 年 55 巻 1 号 p.
97-104
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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本研究の目的は19世紀イギリスの画家であるジョン・アトキンソン・グリムショーの作品を分析し,油絵具で夜景絵画を描く際の手法を明らかにする点にある。本論は第二部として1870年代以降の作品に焦点を当て,実見調査を基に考察を行った。彼の夜景絵画は70年代以降に柔らかい色調による情感を重視したものとなった。その主な造形上のポイントとして,補色を意識したグレートーンによる配色,構図を重視した下地の白と褐色の使い分けが明らかとなった。総じてグリムショーは油絵具の重層を重視した描画方法を採った。その顕著な実例として,本論では白黒の風景写真の上に油絵具で加筆された《Manchester》に着目した。これらの分析結果を踏まえ,筆者自身が実験制作を行い検証した。その結果,グリムショーが使用したとされるコーパルワニス主体の画用液による硬質なマチエールや,褐色の線の効果を確認することができた。
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川人 武
2023 年 55 巻 1 号 p.
105-112
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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本研究の目的は,問題解決を基軸としたデザイン教育の必要性を明らかにするとともに,その方法論としてPBL(プロジェクト学習)の可能性を示すことである。はじめにデザインの能力観や領域の拡張など,デザインを巡る今日的な状況の変化に目を向け,問題解決を基軸としたデザイン教育の必要性を確認した。その上で中等教育のデザイン題材に関する先行研究を調査し,これまで定型化された「デザイン的」題材が多く扱われてきた状況を明らかにした。さらに高等学校学習指導要領の「美術I」および「情報I」におけるデザインに関する記述を比較し,教科としての美術が目指すデザイン教育の方向性を明らかにするとともに,社会の課題に向き合うデザイン教育が求められている点を確認した。以上をふまえ,中等教育において想定されるデザイン題材とPBL活用とを結びつけた分類を行い,問題解決の方法論を学ぶ題材としての活用可能性を示した。
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―J・デューイの遊戯論を基に―
姜 家晨
2023 年 55 巻 1 号 p.
113-120
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本稿では,デューイの遊戯論を基に,子どもの興味の質的向上を促す鑑賞学習論を提案する。最初に,文献レビューを通して,子どもの興味に関わる学習指導の現状と課題を明確化する。次に,デューイの教育論から育成すべき興味を検討する。デューイの興味論においては,興味とは,単なる外的刺激を受けたとき生まれる一時的快感ではなく,学習活動とともに生じる自己発達が反映されたものである。フェルドマンの4段階批評鑑賞メソッドを活用しながら,鑑賞学習における興味の発展のプロセスを3段階で示した新しい鑑賞学習論とともに,スタンフォード大学のケッタリング・プロジェクトで示されたカリキュラム構造をベースに,遊戯論を取り入れた学習構造の特徴を示す。本稿で提案する鑑賞学習論は,単なる一時的な衝動から継続的で知的な興味の形成を促すことを主眼とするものである。
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―『岐阜県教育研究資料』の分析から―
小室 明久
2023 年 55 巻 1 号 p.
121-128
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
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学校教育では地域の伝統や文化について学習することの重要性が取り上げられつつ,各地域の実態に応じた教材化を図ることが求められている。地域教材は社会科を中心に生活科,総合的な学習にて多くの実践があるが,図画工作科や美術科においても実践は行われている。本研究では岐阜県内の小学校から高等学校までの図画工作科及び美術科の指導案と研究紀要,実践報告から地域教材の資料を挙げ,考察を行った。岐阜県の『教育研究資料目録』と岐阜県総合教育センター図書・教育資料室のホームページによる調査資料の総数は768件である。その結果,地域教材は57件である。考察した結果,地域教材の実践には(1)地域における文化の継承,(2)地域教材を通した児童・生徒の意欲関心の向上,(3)地域教材開発を通した教師の力量形成,(4)教科横断的な学びの4点が特徴として挙げられることが明らかとなった。
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―彫刻家育成における専門教育の理想・言説「徒弟」,「職人」からの一考察―
齋藤 亜紀
2023 年 55 巻 1 号 p.
129-136
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究の目的は彫刻家佐藤忠良の芸術教育の指導者としての面に着目し,近代から現代に至る芸術家育成の専門教育,美術科教育を再考することである。佐藤は桑澤洋子が建学した大学で新しい造形教育の指導を模索した。1972年に要職を退いた後は,佐藤の元で学んだ岩野勇三が佐藤の意図を理解し,実践し補完した。その後1980年代になると,著述や雑誌のインタビュー,対談などで,改めて大学での試みについて語りだしている。その際にロダンが語ったという「習いごとは徒弟でないと駄目,生徒は駄目」といった意味の言葉や「職人」を引き合いに出し,現在の大学のシステムやカリキュラムについての問題を語っている。それらの言葉は,佐藤の教育を理解する上で,多くの誤解と反発を生んできた。そこで本稿では佐藤が愛読したという高村光太郎が訳した『ロダンの言葉』を再読し,佐藤がこれらの言葉に込めた真意について考察した。
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―染織家志村ふくみの世界を題材にした追創作鑑賞の実践を通して―
西丸 純子
2023 年 55 巻 1 号 p.
137-144
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は国語教材を活用し,志村ふくみが草木染をとおして得た「日常的な概念が揺さぶられる」ような本質的主題に迫る鑑賞を行い,鑑賞者の〈ことば〉や身体が創作者とどのように重なってゆくのかを観ていく。分析には,西丸(2020)で軸とした浜田寿美男とN.ハルトマンの論を用いた。結果,①志村の文をハルトマンの多層性と照応すると志村が体験した事象を契機に内奥の精神的な層の覚知や拡がり,その世界への接触が確認された。②国語の授業にて生徒が理解できなかった桜の皮の「黒」が「ピンク」に染まることの意味が美術の授業で改めて図化され,「ピンクだけではない」「枝には,様々な色がつまっている」ことへの気付きが意識に挙がった。③通信制高校での実践では,引きこもりというマイナスの経験すら志村の本質的主題に結びつく「精神的同質性」と成り得ることや経験の意味を変えるような視点獲得が確認できた。
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―21世紀の国民文化の創出と社会的創造性―
佐々木 宰
2023 年 55 巻 1 号 p.
145-152
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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多民族国家であるシンガポールの美術教育では,中国,マレー,インド文化の教材化を通して民族的なアイデンティティ形成が図られてきた。同時に,民族を超えた国民的なアイデンティティ形成が模索されてきたが,そのために国民的な文化の創出が必要となっていた。国民統合の象徴となる文化の創出は容易ではないが,大規模な芸術文化振興政策を推進し,グローバル社会における自国の芸術文化の存在感を確立してきた。2018年からの5ヵ年計画「我らのSG芸術計画」には,民族文化を包摂する創造的な共同体という新しい象徴を創出し,その国民としてのアイデンティティ形成を図る政策的な意図が認められた。2018年実施の美術教育カリキュラムにもそれが反映されている。アイデンティティ形成と創造性を結びつけたシンガポールの美術教育には,創造性を社会全体のポテンシャルとして捉える社会的創造性の概念との共通性が認められた。
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—パーパス経営に着目して—
下山 明彦
2023 年 55 巻 1 号 p.
153-160
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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芸術教育的手法を用いて経営者の経営理念についての思考を深化させることを目的として,芸術家と経営者による共創ワークショップを実施した。その観察と事後的なインタビューによりダイヤグラムを作成し効果を分析した。経営者が社会における自社の存在意義を考察した上で経営理念に基づいた経営を行うことはパーパス経営と呼ばれ,近年その社会的意義が注目されている。研究の結果,他者との対話の中で経営者自身の美的感覚が再認識され,それが図示されて新たな概念を内面化することで,参加した経営者のパーパス経営に対する意識が高まるプロセスが観察された。特に芸術家によるアナロジーの提起と,経営者の個人的感覚についての問いかけから発する対話が意識変容に影響を与えた可能性が高い。これは芸術ワークショップがパーパス経営支援に有用である可能性を示唆しており,本研究はそのプロセスを明らかにした点に意義がある。
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―保育・教育専攻学生の感性的表象群と質問紙調査の分析から―
髙橋 文子, 木内 菜保子
2023 年 55 巻 1 号 p.
161-168
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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フリー
本稿の目的は,造形的な形態や機能を創り出す「創造型プログラミング学習」を,保育・教育専攻学生に適した教育内容として検討し,その認識の変化や学びの本質を明らかにすることである。2022年5月の造形表現指導法(第5時)の講義・演習における回転を主題とした授業実践と感性的表象群,事前事後のアンケート調査結果を研究対象として検討した。その結果,身近な「ぐるぐる回転する」事象から多様な動的認識が導かれた。さらにチームの協働活動によって具現化した感性的表象群は,3側面への異なる力点として発揮され,表現主題が明確になる段階毎にその上昇過程モデルを図化した。特に,内容的側面の再現性から飛躍した観念的世界,形式的側面の量感のあるブロック造形を生かした構造,そして形成的側面の回転の速さや向きを変化させるプログラミング操作は創造型特有の方法論的認識を生み出す教育内容であることを実証した。
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武田 信吾, 松本 健義, 栗山 誠
2023 年 55 巻 1 号 p.
169-176
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は,同じ場所に集うなかで造形への意識が共有されている状況を,造形活動後の対話場面も含めて「造形の場」として捉え,事例分析を通じて「造形の場」がいかに協同生成されるのかを検討した。今回扱った事例は,互いに面識のない低学年児童2名がペアを組み,同じ紙面と描画材を使用する形で行った描画活動である。研究メンバーの内2人が,児童らに活動の感想などを尋ねる形で行われた対話場面を中心に,3つの異なる研究方法のトライアンギュレーションによって質的にアプローチした。結果,研究者2人のファシリテートのなかで,対話を通じて児童2人の間で自然と制作物に対する視点が共有化され,自発的に自らの思いを語り,受け止め合う関係性が生み出されていることが明らかとなった。ここに,協同生成される「造形の場」の教育的な意味を見出すことができるのではないかと考える。
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―三吉艾の構想との関係―
多田羅 多起子
2023 年 55 巻 1 号 p.
177-184
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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近代京都画壇の画家たちは,専門教育とは別に,普通教育で用いられる図画の教科書執筆を手掛けている例が多い。本稿ではこのうち『小學毛筆畫帖』を取り上げ,執筆を担当した画家・巨勢小石と執筆を依頼した教育者・三吉艾が果たした役割を詳らかにする。『小學毛筆畫帖』は京都初の毛筆画教科書として位置づけられている。加えて,構想を主導した三吉が図画教員ではないこと,執筆を担当した小石が京都画壇の中心をなす円山四条派の画家ではないことにも大きな特徴がある。本稿では,文献調査によって刊行の経緯を検証した上で,小石による手本の表現的特徴と三吉の講演録に示された構想との関係に注目した。図画教育の目的をビジュアルコミュニケーションの手段として捉える三吉の構想と,得意の白描を活かした小石の画技の組み合わせが,本書の特徴を形成していると言うことができる。
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―本絵「剣岳の朝」(吉田 博)と参考作品「伊豆の山中」(歌川広重)の比較鑑賞(中学1年生の場合)―
立原 慶一
2023 年 55 巻 1 号 p.
185-192
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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第一対比(領帯性-局所性)は造形表現における特徴の一つである。その指摘者数をここで問題にする。それが鑑賞体験の成功者(60名)と不成功者(40名)に占める人数及び比率は39名65.0%と13名32.5%となり,両者には3割強もの差が出てくる。対比を指摘する三能力の中で,適切な主題把握のため最高度に有効なのは第一対比,第二は第三対比(部分的焦点化-全体的把握),第三は第二対比(写実的表現-概念的表現)の順番となる。生徒の鑑賞体験を成功に導くべく逆算すると,第一対比の自覚を促す行為が,主題把握を成就させるための第一要因となる。主題把握力は鑑賞能力の核心としてあるが,それを実現するべく三様態の指摘力が鑑賞能力の一環として機能する,という仮説の有効性と妥当性がここに検証されるのである。
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―中心市街地の公共文化施設の実践を通して―
田中 梨枝子
2023 年 55 巻 1 号 p.
193-200
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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近年美術館の教育普及は,地域の文化的資源を活かした取り組みを求められるようになった。また,まちづくりの計画の一環で,美術館を複合施設化し,中心市街地に移転や新設して文化的活動・情報拠点を形成しようとする動向もある。本稿は中心市街地活性化計画の一環として設置された2つの公共文化施設における教育普及活動から学芸員と地域資源の関係性,そこにおける教育普及に必要な技能について考察するものである。調査は各施設の教育普及について担当学芸員から聞き取りを行い,人員・予算・使命という教育普及に必要な諸条件と,その現場特有の課題,学芸員の学び直しの機会などの観点から分析する。本研究は,教育普及による地域資源の活用への一助となり,他の地域の博物館・美術館や文化施設と共通する教育普及上の課題解決への糸口となることを目指すものである。
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近本 祐紀子
2023 年 55 巻 1 号 p.
201-208
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
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本研究の目的は,室町期の四季図としては異例と言える金剛寺本における松葉の表現技法について,彩色材料の表現効果や画面構成に与える影響を明らかにすることである。日本画の樹木表現の根底には,漢画や大和絵の系譜がある。金剛寺本の特質を日本絵画史における樹木表現の展開として位置付け,さらに,草花による表現が一般的であった夏景の新展開として定位する。それぞれの季節に見る松葉表現を詳細に分析した結果,I松葉点型,II垂頭点型,III仰頭点型,IV太筆で絵具を置く様に単色で色面表現する型,V太筆で絵具を置く様に2色重ねで色面表現する型に分類することができた。さらに,描写技法の観点から絵具の積層を3層に区分した。それらの結果に基づき,夏景を中心に考察し,金剛寺本にみる季節の推移や季節を表す樹木は松葉において多様な展開をみせ,画面に対してさまざまな表現効果を発揮することを指摘した。
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―活動前後のアンケート調査を通して―
千 凡晋
2023 年 55 巻 1 号 p.
209-216
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は共働き世帯の親子を対象に親子が一緒に造形表現・遊びの活動を取り組むことがもたらす効果の解明を試みたものである。家庭での造形表現・遊びの活動の活性化を促すことを目的に開発した教材セット(解説書と材料と道具)を共働き世帯20組に提供し,その活動の前後にアンケート調査を実施した。その分析の結果,親子で取り組む造形表現・遊びの活動は保護者が子どもの長所と短所や性格など子どもの特性を理解することや子どもの成長を感じることに有効であることが明らかになった。また,親子共に楽しんだ経験は親子間で一緒に取り組む活動の増加に繋がったことや材料と道具の新たな使い方に気付く機会になったことが分かった。今後,多様な構成の親子世帯を対象に家庭で親子が取り組む造形表現・遊びの活動から得られる効果を多面的に検討していきたい。
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―絵画分野に注目して―
南雲 まき
2023 年 55 巻 1 号 p.
217-224
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究では日本とポーランドの初等教育の美術教育で用いられる画材や技法に注目し,特に本論では絵画分野に注目して比較し考察している。オイルパステルについては,日本では低学年を中心に使用されるのに対して,ポーランドでは主に中学年,高学年で使用され,重層的,描写的な描写を行う画材として使用されていることがわかった。水彩絵の具の使用法についても,重層性が重視されていることがわかった。これらの画材の用い方から,日本とポーランドでは画材自体の違いよりも,絵画制作における考え方に違いがあるという結論に至った。日本は大正期の自由画教育以降,美術教育では模倣ではなく自由な表現が重んじられている。ポーランドの美術教育では子どもの自主性とともに模写などを通した技能や,美術制作を通した物の見方や考え方の習得が重視されており,両者の差異から美術教育のより良いあり方についての模索を行っている。
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―大正12年における北海タイムス社の取り組み―
根山 梓
2023 年 55 巻 1 号 p.
225-232
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本論文は,現在の北海道新聞社の前身である北海タイムス社が発行した『北海タイムス』に掲載された記事に基づき,大正12年(1923)における同社による自由画教育に関する取り組みを明らかにするものである。同社で美術部員であった澤枝重雄が大正10年から始めた「自由画批評」はこの年一度のみの掲載となり,同社本社主催による自由画展覧会は行われなかったが,過去二年の『北海タイムス』とは異なり,この年の紙上には道外の企業による自由画展覧会の開催広告や自由画募集広告が多く掲載された。9月の関東大震災以降,しばらくの間紙面から図画教育に関する記事は姿を消すが,それまで,同社は企業主催の自由画展覧会を写真付きで紹介したり,企業による自由画募集事業に賛同の意を表しながらそれを宣伝したり,東京美術学校校長正木直彦による子どもの創作に関する見解を掲載したりするなど,図画教育分野の情報を発信し続けた。
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波多野 達二
2023 年 55 巻 1 号 p.
233-240
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
APTN(Arts and crafts Portfolio Tablet Notebook)が図画工作における児童の資質・能力(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力」)の育成に,どのように関与しているか,学年末実施「APTNに関するアンケート」の3年分,182名の自由記述のテキストマイニング分析を実施した。自由記述の頻出語,共起関係にある語句を分析した結果,APTNは,児童の発想・構想や製作方法の工夫を促し見通しを持って作品製作に向かわせたり,児童が自らの学習を調整したり粘り強く頑張る意欲を促進したりしているが,このことは,それぞれ「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力」の育成に大きく関与していることが示唆された。また,APTNの今後の課題として,記入時間短縮方法,個人目標設定方法等の工夫が必要であることが明らかになった。
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―図画教科書掲載図版との関係に着目して―
蜂谷 昌之
2023 年 55 巻 1 号 p.
241-248
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本論文は,富山県高岡市立博労小学校に所蔵される卒業記念画のうち,大正期に尋常科児童により制作された作品と図画教科書掲載図版との照合を行い,臨画とみられる作品を特定し,卒業記念画と教科書との関係を明らかにするものである。調査の結果,当時の児童が国定教科書のほか,国定教科書発行前に出版されていた小学校図画教科書,明治,大正期に発行された中等学校図画教科書を参考にした作品を描いていたことが明らかとなった。特定した画題から臨画とみられる作品には,花や鳥,魚,生活道具,野菜,風景などが含まれていた。作品の中には,児童により彩色を施したものや他の図版を組合せたものもあり,児童の創意工夫した表現をみることができた。国定教科書時代に多くの教科書を参考に多様な作品が制作されていたことが明らかとなり,当時の図画教育や児童の表現における教科書使用の実態を掴むことができた。
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―『本朝画法大伝』および『画筌』を手掛かりに―
日野 沙耶
2023 年 55 巻 1 号 p.
249-256
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本論では,岩絵具に依拠する近代以降の日本画を再検討するために,近代以前の日本絵画における岩絵具の使用法の具体例を示すことで,日本絵画の本質を探ることを目的とした。土佐派,狩野派の画法書『本朝画法大伝』,『画筌』を読み解くと,両派は「描く対象に合った画材,色を用いる」,「下絵の真行草によって絵具の濃淡を変える」,「薄い彩色を佳しとする」という彩色観を前提として,岩絵具の色味や粗さの違いを使い分け,表現に活用していたことが分かった。また,岩絵具が適さない表現では染料が用いられていたことから,色材を柔軟に使い分けていたことが明らかとなった。このような岩絵具の使用法は,作品の実見調査でも確認された。土佐派,狩野派における岩絵具の使用法から,1つの色材に依拠することなく,それぞれの性質を理解し活用することが日本絵画の本質であることが示唆された。
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福田 隆眞
2023 年 55 巻 1 号 p.
257-264
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本論文はインドネシアの中学校美術教育について考察している。インドネシアは多民族多文化社会であり,各民族の有する伝統文化を基盤に西洋文化の影響を受け,自国の文化を形成してきた。そうした状況下,世界の教育は内容の教授からコンピテンシー(資質能力)の教育へと変わりつつある。多様な美術文化を持つインドネシアで,中学校の美術教育は美術の何を教授し,どのような資質能力の育成を行うのかを考察した。インドネシアの伝統美術から現代美術までを総体的構造的に捉え,それらを背景に,現行の教育課程の考察,それに基づく最新の教科書教材の分析を行った。そして多民族多文化社会における美術教育の教材とコンピテンシーの関係のモデルを提案した。
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―ムナーリの作品とモンテッソーリ教具に関する社会的認識―
藤田 寿伸
2023 年 55 巻 1 号 p.
265-272
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
イタリアの芸術家ブルーノ・ムナーリは,1977年から1998年に没するまでワークショップによる子どものための造形表現教育活動を継続的に展開した。現在イタリアでは,ムナーリの作品の一部をモンテッソーリ教育の教具として紹介する言説が存在するが,本研究調査の結果,この言説はムナーリとモンテッソーリの没後に形成され,公に認められていないものであることが確認された。本研究では,主にイタリアにおけるムナーリの造形表現教育とモンテッソーリ教育の関係と社会的認識を明らかにすることを目的として文献資料およびイタリアでムナーリの教育に関わる関係者への聞き取りを中心に調査を行なった結果,近年イタリアではムナーリの教育活動についての評価が広がり,またモンテッソーリ教育関係者がムナーリの教育メソッドを学んで教育実践に取り入れていることが確認された。
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―中学生を対象とした実態調査の分析を基に―
藤田 雅也
2023 年 55 巻 1 号 p.
273-280
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本論では,406名の中学生を対象とした立体形状を触る行為に関する調査の分析から,選好する形状や触り方についての傾向を明らかにすることを目的としている。調査では,6種類の立体形状に中学生が出会う場を設定し,活動の様子を動画記録した。活動後に中学生が記入したワークシートと動画記録から,触る行為を個別に抽出し,「触った人数」,「触った時間」,「最初に触った形状」,「触った回数」,「触った順番」,「行為の出現」などについて形状ごとに集計を行い,形状によって促される触る行為の傾向について分析した。その結果,どのような配置であったとしても,すべての学年において,「球」を選好して触る傾向が強く,最も触りたいと感じる形状も「球」であることが明らかとなった。また,形状によって誘発される行為は異なることや,「球」以外の形状については左端に置かれているものから触る傾向があることも確認できた。
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―社会課題当事者としての考える力・伝える力の育成―
松井 素子
2023 年 55 巻 1 号 p.
281-288
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
2019年,第40回ユネスコ総会においてESDは,SDGsの実現に向かう「ESD for 2030」として,SDGsの17の目標の実現に寄与するものであると明確化された。ESDの学習や活動は,現代社会の様々な課題を自らの問題として捉え,身近なところから取り組んでそれらの解決につながる新たな価値観や行動を生み出し,持続可能な社会の創造を目指すものである。本研究では,現代社会の問題を考える汎用的資質・能力に関して,言葉の壁を越えて世界に浸透する漫画表現を用いた研究Iとして,特に図画工作科について検討した。続くIIで,中・高での実践を検討し,小学生から高校生までの「漫画で考える持続可能な社会」の実践全体について考察するが,発達段階に沿って社会問題に関する興味関心の推移や作品の思い入れへの変化が見られ,視覚言語を用いて考え表現した内容を伝え合うために創意工夫する思考の深まる可能性が高まることが明らかになった。
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松尾 美咲, 山本 政幸
2023 年 55 巻 1 号 p.
289-296
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
今日,日常生活においてICT機器はなくてはならないものとなっている。学校現場でも1人1台タブレット端末の導入がされ,ICTを活用したコミュニケーション方法や表現技能の習得は次世代を生きる子どもたちにとって重要であるといえる。本研究は2022年に小学生を対象に行なった,コマ撮りアニメーションを活用した人物表現の実践の概要と,その効果や課題について考察したものである。小学校における映像メディアによる表現の教材開発と実践の事例を示し,作品の分析,考察をしていく。モチーフには子ども自身の写真を用いることで,積極的な自己表現活動となることをねらうと共に,子どもの思いや願いを引き出し,表せる題材にすることをめざした。従来の美術教育で行なわれてきた鉛筆や絵の具を用いて自身の溶相を描く人物表現とは異なる,新たな題材の可能性を明らかにした。
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―構想と鑑賞場面での知識構成型ジグソー法の活用を通して―
馬淵 哲
2023 年 55 巻 1 号 p.
297-304
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究では,中学校美術科のデザイン学習の構想と鑑賞場面での「知識構成型ジグソー法」の活用によって,生徒の主体性が高まることをねらいとした。そのために,専門的な見方を取り入れた「エキスパート活動」で用いる学習資料やワークシートで見方・感じ方を深めるとともに,多様な視点で意見を交換する「ジグソー活動」での発言を促すことで生徒の学習意欲が高まると考えた。これらの授業実践における生徒の意識と「知識構成型ジグソー法」との関連性を,アンケート回答の定量分析と生徒の自由記述および観察の定性分析を用いて考察した。その結果,「エキスパート活動」で,専門的な見方・感じ方を深めた生徒は,「ジグソー活動」においても積極的に発言し,学習意欲を高めていることが分かった。このように「知識構成型ジグソー法」を活用したデザイン学習は,生徒の主体性を高める上で,有効であることが明らかになった。
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―「かすれ」に対する気づきに着目して―
宮城 正作
2023 年 55 巻 1 号 p.
305-312
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究の目的は,造形遊びにおける自作スタンプの教材としての妥当性を確認することである。自作スタンプとは,筆者が考案したスタンプ活動用の教材で,保育者養成や保育現場での活用を想定して考案した。本研究では,この自作スタンプを使った造形活動を大学生・大学院生等を対象におこない,受講者が活動中に回答したワークシートを共起ネットワーク分析という方法で分析した。その結果,〈かすれ〉という表現効果に対する〈肯定的な気づき〉がみられるなど,教材開発の意図にそった記述が確かめられた。ただし,本研究で分析したワークシートのデータは一部のみで,残りのデータの分析・考察は今後の課題となった。なお,本研究の背景には,〈造形遊びと現代美術との関わり〉をめぐる議論がある。筆者は,造形遊びを現代美術の作品や理論からとらえることは有用だと考えており,本教材もそのような視点に立って考案・開発した。
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―オンライン鑑賞を行った学生の学び変容―
山田 修平
2023 年 55 巻 1 号 p.
313-320
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
ICT活用の推進とコロナ禍により,教職課程ではICTを活用した実践と研究が積極的に進められている。本研究は,ICTを用いた鑑賞をオンライン上で行い,学生の学びの変容を捉えるものである。学生はICTを活用し,オンライン上の鑑賞学習を行った。鑑賞コメントをテキストマイニングを用いて分析した。分析の観点には,学習指導要領図画工作科の目標,鑑賞の学習内容より抽出したキーワードを用いた。分析の結果,鑑賞時に学習指導要領の学習と鑑賞をセットで行うことで,鑑賞コメントに学習指導要領の観点と語句が使用され,抽象的であった感想が具体化した。作品を表現する文章と語句が豊かになり,記入時間の短縮が確認された。さらに3回の鑑賞学習で,学生が自身の学びの内容と変容を覚知していることが確認できた。ICTを活用した鑑賞学習は一定の効果があること,授業外学習として実施が可能であることが示唆された。
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―生活や社会の問題から発想する題材の開発―
山田 唯仁, 山本 政幸
2023 年 55 巻 1 号 p.
321-328
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
ユニバーサルデザインやサスティナブルデザイン,そしてソーシャルデザインなど,社会問題を解決するデザインの分野は今日ますます注目を集めている。小学校学習指導要領の図画工作編においても社会との関わりが強調され,指導体制の充実が求められている。そこで本研究は,生活や社会における問題の発見と解決の方法を探る題材開発を目的とし,子どもが意見交換を重ねて「つくりながら考える」過程を経る造形活動を計画した。まず図画工作科におけるデザインのあり方を検討した上で,子どもが生活や社会における困難の事例を挙げ,危機感の共有によってアイデアを膨らませながらイメージを明確にし,さまざまな材料を活用して工夫を形にしてゆく過程を追った。制作物とともに「説明書」も作成し,機能を言葉に整理しながら相互鑑賞することにより,問題解決のための工夫から発想することの重要性を示した。
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―ICTとデザイン教育―
山本 政幸
2023 年 55 巻 1 号 p.
329-336
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は,大学院生を対象とした授業の中でPCとUSBインタフェース「Makey Makey」,音源ソフトウエア「Soundplant」,および廃材を使った楽器制作を行い,図画工作・美術科における題材としての可能性を探ることを目的とした。授業は,先行作品の鑑賞,インタフェースの理解,楽器(コントローラ)の作成,アプリケーションの習得,音源(サンプリング)の準備,PCとの接続と音源の割り当て,そして演奏および鑑賞という工程を経て行われた。ICT機器と段ボールや針金,スポンジなどの廃材を組み合わせることにより,自由なイメージのかたちをデザインし,そこに環境音などの音声を割り当てることにより,個性的な楽器作品を完成させた。音源を探す工程では,身近な生活空間の中に音楽の要素となるような自然音が潜んでいることに気づき,それを切り出して創作につなげることにより,発想の幅を広げることが可能であることを確認した。
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劉 錡洋
2023 年 55 巻 1 号 p.
337-344
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
ろう者(手話を用いる言語的少数者)が生み出したろう芸術(Deaf Art)の一分野として,Visual Vernacular(VV)といわれる,身体の動きや表情,象徴的なサインを用いてストーリーを映画のように伝える表現技法がある。英米で発展したVVについて,本稿では未邦訳の論文をレビューすることで,研究動向と今後の展望を示すことを目的とした。2012年から2022年までに公表された国内外の文献を調査した結果,7稿の論文が存在した。これらをレビューし,①VVとは何か,②VVが生まれた背景と経緯,③VVの著名なパフォーマー,④VVの特性,⑤パントマイムとの違い,⑥VVのタイプといった6つの視点でVVの定義や経緯,特徴や主要な人物等を整理した。VVを導入する教育的意義として,ろう文化やろう芸術の理解促進,VV創作過程における身体表現への認識の深化が挙げられ,今後の展望としてろう者と聴者の交流活動にVVを導入する可能性が示唆された。
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―A/r/tographyに基づく歩行と表現の統合から―
和久井 智洋
2023 年 55 巻 1 号 p.
345-352
発行日: 2023年
公開日: 2024/03/31
ジャーナル
フリー
本稿はArts-Based ResearchやA/r/tographyの概念や方法論に基づいた授業を実践し,芸術による探求的・教科横断的な学習の在り方を明らかにすることである。先行研究から芸術による探求は,美的感覚を働かせ多様な表現方法を省察的に横断することができる探求的な方法であることを明らかにし,その理論や方法論に基づき図画工作科と国語科による教科横断的な学習単元を構成した。検証の結果,芸術による探求の概念や方法論に基づく教科横断的な単元は,児童が感性を働かせつつ感覚を探求し,イメージ的表象と言語的表象とを横断しながら省察的に表現を探求する学習活動となる個別の事例を導き出し,それによって表現及び鑑賞活動へのイメージが相乗的に広がることがわかった。課題として,実践化には教師の高度な専門性に依拠すること,評価方法の複雑化を挙げた。
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