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―対話による美術朝鑑賞(朝鑑賞)の活動を通して―
青木 善治
2022 年 54 巻 1 号 p.
1-8
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
互いのよさや個性を認め尊重しやすい図画工作科の学習活動の特性を生かして,教職員との連携を通して全校体制での取り組みを実施した。その結果,子どもが互いのよさや個性を認め尊重することに効果がみられた。また,対話による美術鑑賞の研修会に参加した教師は,鑑賞の魅力を体感し,自分の見方や考え方,感じ方が決して全てではないという当たり前のことにも改めて気づくことができた。これは,教師にとって子どもを共感的にとらえたり,学習活動を不断に見直し,改善し,子どもと共に創造したりする上で重要な要因である。今回の研修事例が示すように作品を共にみて鑑賞をすることによって,美術が専門ではない教師でも鑑賞の魅力を味わい多様な見方や感じ方を体感することができる。対話による美術鑑賞,朝鑑賞活動は創造性のみならず,互いのよさや個性を認め尊重することのできる魅力的な学習活動であることを示した。
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有田 洋子, 金子 一夫
2022 年 54 巻 1 号 p.
9-16
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
絵本の美術的本質は「場面転換」にあることを吉本隆明の言語表現論を援用して提起した。個々の作家や絵本特有の転換の拍子があることを指摘し,その拍子による転換の類型化を試みた。絵本の美術教育的意義はこの場面転換の感受・理解・創出である。しかし,美術科教育で場面転換の教育はなされていないどころか,それ以前に美術関係学習指導要領に「絵本」の語すらない。現実の学校教育で絵本は様々な形で取りあげられているもののほとんどが言語やコミュニケーションの手段として扱われているのが実態である。また,中学生及び大学生に対して質問紙調査と絵本制作を実施して,彼らの絵本に対する意識を調査した結果,絵本の場面転換は意識されていなかったが,教育可能性は十分にあることがわかった。
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池田 育美
2022 年 54 巻 1 号 p.
17-24
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本稿は,現代美術社から昭和56年に発行された中学美術科教科書『少年の美術』を分析し,現在の教育的視点からその価値を再考するものである。当時,『少年の美術』は文章が多いことから「読む教科書」と価値付けられ,読み手の気持ちに迫るものと評価されていた。このことから,学びを深める鍵として「造形的な見方・考え方」が重視される現在の美術教育において,参考資料としての価値が見込めると考えた。教科書分析の結果,『少年の美術』は随所に編集者の主張が取り入れられ,読み手に共感や反発などの感情を抱かせることを意図した「読んで考える」教科書としての構成が明らかになった。生徒が文章を読んで美術について考えることは,視覚情報が豊富な現在の教科書とは別の方向性で見方・考え方の更なる広がりが期待できる。調査を通して,授業構成や教材作成等の一資料として『少年の美術』の価値を見いだすことができた。
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―体験と対話を重視した実践研究―
市原 奨太郎
2022 年 54 巻 1 号 p.
25-32
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本論では,美術への興味関心の有無や苦手意識を感じる多様な子ども達を対象に学校教育の場でのワークショップ実践の可能性を実践研究する。第1節-1では,美術領域における活動をアート・ワークショップ(Art workshop)とし,ワークショップ(Workshop)と区別した。ワークショップでは参加者の参加・体験が前提にあり,双方向的な対話や,集団から生まれる創造性を重視していた。日本のアート・ワークショップでも参加者に寄り添い,共に対話や共感を通して活動が行われていることを示した。第1節-3では,新学習指導要領から,「主体的・対話的で深い学び」についてワークショップとの関連を示した。美術教育からは,子ども達の主体性や,活動中の行為に注目した「造形遊び」を実践の重要な視点に位置付けた。第2節~4節では,学校教育の場で三つのアート・ワークショップを実践した。実践からは,児童生徒の活動への意欲的な参加と,体験をする中での双方向的な対話や協同が確認された。
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―自己評価,他者意識,身体性の関連―
伊東 一誉, 赤羽 尚美, 田代 琴美
2022 年 54 巻 1 号 p.
33-40
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本稿は,造形活動における「つまずき」の要因とプロセスを明らかにすることで教育的支援に結び付けようとする研究の一環として,自己評価・他者意識・身体性の各視点から,「つまずき」の内容と関係性を検証しようとするものである。保育者養成校の学生92名を対象とした質問紙調査から,苦手意識に潜在する要因の検討を試みた。その結果,「工作活動の優越感」「工作活動の他者参照」「描画活動の親しみ感」「描画活動の他者参照」という4因子が抽出され,各因子得点の相関関係が確認された。工作活動と描画活動それぞれの自己評価,他者意識,身体性の困難さの分散分析では,身体性の困難さの低い群よりも高い群において,造形活動の自己評価が低いことが明らかになった。また,身体性の困難さの内容は,KJ法によって「手先の不器用さ」「触覚」「姿勢・バランス」に分類された。
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―ビザンティン回帰と故郷ヴェネツィアへの憧憬―
大村 雅章, 江藤 望
2022 年 54 巻 1 号 p.
41-48
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
2017年,アムステルダム国立美術館にて,カルロ・クリヴェッリ作の『マグダラのマリア』を間近で見た時に,他に類を見ないほど堆く盛り上げられた石膏地装飾に衝撃を受けた。盛期ルネサンスの時代に生きたこの画家の板絵テンペラ画は,ゴシック様式はおろか,ビザンティン様式の時代に逆行するかのごとく,その特異性が際立っていたのである。立体的装飾は,『マグダラのマリア』の円光,衣服,アトリビュートに施され,技法的に大きな特徴が見られた。本稿では,過去3年間の実証実験の結果,石膏地盛り上げの技法は,パステーリャという家具の装飾技法に用いられる材料で,絞り出しによる成形方法が選択されていた。また,パステーリャを使った理由については,収縮に富んだ材料であることが判明した。この結果に基づいて,2019年の故郷ヴェネツィアでの調査から,ビザンティン美術を手がかりに,クリヴェッリの技法の源流を明確にする。
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―「美術科指導法基礎」でB鑑賞を学ぶ一試行としての身体的読解法―
岡田 匡史
2022 年 54 巻 1 号 p.
49-56
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本稿で取り上げるのは,平成12(2000)年度に開始し約20年間継続してきた,「美術科指導法基礎」B鑑賞領域講義の中核を成す,レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」のロール・プレイで,実践検証を基盤にその学習特性を細緻に捉え整理する。執筆契機は,新型コロナ感染流行が大規模に急速度で広まる中,勤務学部理論系授業が遠隔方式に転換し,三密回避が困難なロール・プレイの実施を見送った令和2(2020)年度,web開催となった2つの学会で濱口由美,郡司明子各氏のロール・プレイに光を当てた教育実践研究を視聴できたことだった。二種実践に鼓舞され,翌年度前期に対面が復活した上記授業で,感染諸対策を徹底し種々制約も生じたが,受講者の協力を得,ソーシャル・ディスタンス版ロール・プレイを体現でき,本活動紹介も後段に組み込み,本稿では視覚的鑑賞体験を身体性が補強し精緻化し得るロール・プレイの意義を明瞭化する。
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奥田 秀巳
2022 年 54 巻 1 号 p.
57-64
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は,今後の学校教育における対話型鑑賞の展開の方向性を明らかにすることを目的とする。近年,学校教育での鑑賞教育において,対話型鑑賞の方法を取り入れる試みが行われている。だが,Visual Thinking Strategies(以下VTSと略)に代表される対話型鑑賞に関する研究が進むことで,いくつかの新たな対話型鑑賞の方法も提案されてきた。本研究では,まずVTSについての先行研究を考察する中で,VTSが特定の美的発達段階にある鑑賞者を対象にした方法であることを確認し,異なる美的発達段階に移行するためには,対話型鑑賞の方法の展開が必要となることを明らかにする。次に,対話型鑑賞の方法の展開の方向性として,「対立関係が消去されるのではなく維持されるような対話の場」の実現が求められることを明らかにし,そのような場がいかにして実現できるのかを,対話型鑑賞の実践事例を手がかりにして検討する。
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香月 欣浩
2022 年 54 巻 1 号 p.
65-72
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究の目的は造形活動における望ましい子どもと保育者の関わりを捉え,活動がどのように展開してくのか暗黙の日常行為や慣行を明らかにすることである。そこで絵の具を使った2つの造形活動を5歳児クラスで行ない,子どもと保育者の視点から観察を行ない,トランスクリプトを作成し分析と考察を行なった。その結果,造形活動における保育者は,主体性を促す場面では子どもたちに必要な指導以外は言葉かけをせず,少し距離を取ってそっと見守っていることや,できるだけ肯定的な表現を子どもに使っていること,子どもの状態を察知し,その時の状況に応じて臨機応変に計画を軌道修正していること。さらに子どもたちは保育者の思いを敏感に感じ取り,活動中の自分の行動を変更・決定していることや自分の驚きや発見,状況を保育者や自分以外の人に伝えたい思いを実行するなどの暗黙の日常行為や慣行を明らかにすることができた。
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―長期連載・西野範夫「子どもがつくる学校と教育」の検討―
金子 一夫
2022 年 54 巻 1 号 p.
73-80
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
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西野範夫「子どもがつくる学校と教育」(『美育文化』1996–2000)は,自身が関与した新学力観や学習指導要領の基本となる思想を4年にわたり論じた重要文献である。しかし,その厖大さと難解さから十分に検討されていない。筆者は難解さの要因を重畳な文体,無理な論理設定,現代思想援用と特定し,連載を論理整合的論述ではない「語り」とした。難解要因を除いて再構成される論理は以下のようになる。子どもは近代に汚染されてないので,大人や文化が見守れば,瞬間毎に意味生成を無限反復する根源的行為によって子どもの世界をつくる。それを保障するため「造形遊び」が教育の基本として構想された。子どもの論理としての造形行為はそれ自体が意味をもち,既存美術への基礎づけや計画化・系統化等の外部論理に馴染まない。しかし世界・他者との相互作用・相互行為が共同性を担保し,意味生成カウンセリングが子どもを救済する。
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―1860年代の作品における分析から―
株田 昌彦
2022 年 54 巻 1 号 p.
81-88
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究の目的は19世紀イギリスの画家であるジョン・アトキンソン・グリムショーの作品を分析し,油絵具で夜景絵画を描く際の手法を明らかにする点にある。そこで本研究はグリムショーの作品を傾向の異なる1860年代と1870年代以降の二部に分けて考察する。本論は第一部として1860年代の作品に焦点を当てた。実見調査はグリムショーの作品を多く収蔵するリーズ美術館やイギリスのギャラリーで行った。これらの調査や文献に基づき次の2つの視点①画面構成(構図,遠近法,配色,描画のための資料など),②技法(支持体やマチエール,画用液,制作過程)から考察した。その結果,1860年代のグリムショーの初期絵画において,1870年以降に制作量が増える夜景絵画に繋がる基礎的な技術が見られた。本論では,その絵画技術の主な特徴として,消失遠近法の導入や補色を意識した配色,描画のための下地として白と透明性の高い褐色の使い分けを指摘した。
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―人の付帯状況と知覚されたアフォーダンスに着目して―
川原﨑 知洋
2022 年 54 巻 1 号 p.
89-96
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は,人の無意識的な行動に着目することで,価値発見力の向上を促すプロダクトデザインの鑑賞について考察した。研究方法としては,人の行動を誘発させるアフォーダンスに関する先行研究について整理し,本研究におけるアフォーダンスの概念規定と「知覚されたアフォーダンスの発見モデル」の提示を試行した。アフォーダンスを応用した実践研究として,中学3年生に対して「日常生活の中でペットボトル(の水)を『飲料水として認識していない瞬間』について発見する」ことを目的としたデザインの鑑賞授業を実施した。認識していない瞬間を発見するためには,「人の付帯状況に着目すること」と仮定し,生徒に配布する鑑賞ワークシートに手立てを講じた。その結果,鑑賞者の付帯状況によって知覚されたアフォーダンスが変化し,プロダクトデザインから多様な価値が発見されることが示唆された。
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―常設展に関するアンケート調査の分析を基に―
倉原 弘子
2022 年 54 巻 1 号 p.
97-104
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は,教員養成課程の大学生を対象とした常設展での鑑賞に関する意識調査を基に,大学生の美術館での鑑賞についての意識改革の方法を探ることが目的である。まず,大学生が考える美術館での鑑賞に関するメリット・デメリットのアンケート調査結果および常設展のメリットに関する授業を行った。その後,受講生に常設展での鑑賞に関する意識調査を行い,本稿では,そのアンケート調査結果の分析・考察を行った。その結果,95%の学生が「常設展に行ってみたい」と回答した。また,大学生は「常設展に関して詳しく知らない」可能性が高いことが分かった。結論として,大学生の常設展への理解を深め,幼児を対象とした美術館でのワークショップなどの教育的活動などを知ることを通して,学生の意識改革につながる方法を提案している。今後,鑑賞に関する授業や美術館での鑑賞の実践を通して,大学生の意識の変化の調査を行いたい。
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―関係者インタビュー及び現地調査に基づいて―
甲田 小知代
2022 年 54 巻 1 号 p.
105-112
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
フィンランドの義務教育における国家カリキュラム「PERUSOPETUKSEN OPETUSSUUNNITELMAN PERUSTEET」は10年に1度の割合で改訂されている。現行カリキュラムは2014年に改訂され,2年間の移行期間を経て2016年に完全実施されている。以前の2004年版国家カリキュラムにおいて「教科横断的な学習」の視点が導入され,現行カリキュラムで強化されたことから,教科をつなぐプロジェクト学習が実施されおり,活動内容の特性から美術教育の需要が高まっている。本稿では,同国の美術教育における最新の動向をとらえるために,現行カリキュラムの改訂のポイントについて関係者へのインタビューを行うとともに,これまで実施した現地調査結果を検討した。その結果,フィンランドにおける美術教育に関する教師教育制度の現状と現行カリキュラム改訂による学校現場の美術(視覚芸術)授業の変容及び,「教科横断的な学習」に対する美術教育の寄与等,美術教育の動向の一端が明らかになった。
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―序文・凡例・原著書翻訳を通しての考察―
向野 康江
2022 年 54 巻 1 号 p.
113-120
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
明治5年に公布された「小学教則」では,「罫画」の教科書として,『西画指南』(明治4年)を使用するように明記されていた。そこで本稿では,今まで分析対象となってこなかった『西画指南』の序文と凡例を検討した。さらに,川上冬崖が翻訳した『西画指南』の原著書である1853年版のThe Illustrated London Drawing-Bookと1856年版のThe Illustrated Drawing-BookのINTRODUCTIONを分析した。川上は,このINTRODUCTIONの部分は翻訳してなかったからである。その結果,次の4つの判断と仮定が導き出された。①『西画指南』の原著書が日本にもたらされることに関して,イギリス留学経験をもつ町田久成が関係していた。②「学制原案」での唯一の造形科目である「墨画」は,鉛筆画のことである。③その「墨画」が「罫画」として「学制」に登場したのではないか,と推測できる。④「罫画」の内容は,フリーハンドで完璧な線や曲線を画かせて,最終的には幾何形体を基礎にした「図面」を作成するプロセスと練習方法であった。
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小口 あや
2022 年 54 巻 1 号 p.
121-128
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本稿は絵画指導時に指示される四種の「表現のルール」の存在とその影響を明らかにし,活用のための位置づけを提案したものである。一般的な絵画制作においては表現のルールは存在しない。あるいは様々である。だが,大学生を中心に1138名に対する調査で,日本各地の主に小・中学校の一部の教員による絵画指導である「表現のルール」が指導されていたことが明らかになった。また,調査では,子どもが無意識のうちに指導された「表現のルール」を絵画制作の一般的なルールとして認識してしまう可能性も示唆された。子どもは様々な表現方法を取り入れて調整しながら表現することで,自分の表現に関する認識を広げていく。「表現のルール」の指示は,子どもの表現の認識を広げるために行われるべきである。また,子どもの表現の認識は,子どもの世界の見方に影響する。「表現のルール」の指示は,その意味を明確にし,慎重に行うべきである。
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―佐藤忠良の造形思考と岩野勇三の実践―
齋藤 亜紀
2022 年 54 巻 1 号 p.
129-136
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は彫刻家佐藤忠良の教育について,佐藤の言説及び教育の受容者の証言から明らかにすることである。拙論「彫刻家佐藤忠良の教育―造形指導の意図と授受:インタビューによる質的検討の試み―」において,佐藤の教育観は,本来の意図と異なり,受容者との間に齟齬を生じてさせていたことが明らかになった。そこで本稿では,佐藤のアトリエで彫刻を学び,その造形思考を体現した彫刻家岩野勇三に着目した。岩野は佐藤の教育に追随しながらも,大学という短い期間での修練,試行錯誤には限界があることを痛感していた。それが動機となり彫塑の方法を詳細に記した技法書を執筆した。佐藤が芸術教育を人間形成と捉えていた一方で,岩野は,芸術教育で学ばれる彫塑が社会や人を見る眼を育てると考えていた。1987年に急逝するまでの20年余の間,佐藤の造形思考を継承しながら,独自の指導観を貫き,彫塑による教育を実践した。
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佐藤 哲夫
2022 年 54 巻 1 号 p.
137-144
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本論考は,レヴィナスの〈他者〉の思想を中心に参照しながら,通常の鑑賞教育が目指す鑑賞とは異なる,超越である〈他者〉との出会いと対話としての鑑賞と教育の可能性を検討した。鑑賞することは,一般的にも学習指導要領においても,作品を感覚や感性で受け取るという受動性と,作品を理解し,さらには価値評価する能動性の,主体と対象の往還を通した総合として捉えられている。実際は,感覚や感性といえどもノエシス-ノエマとしての意識の志向性による対象の構成であると考えられる。いずれにしろ,これまで鑑賞は,常に認識論の枠組みで考えられてきた。この認識である鑑賞は,同時にレヴィナスのいう「享受」というあり方に通じている。これは,作品を支配し「同」とする行為でもある。しかし,〈他者〉である作品と「私」の特別な関係という超越の倫理的次元があり,鑑賞教育はこのことを無視してはならない。
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―自己の必要性の探究・開示から始める表現活動と学びの必然性―
清家 颯
2022 年 54 巻 1 号 p.
145-152
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
現在,図工・美術でも社会に開かれた教育課程の実現のために生活や社会と豊かに関わる態度の育成が重視されている。この考え方は教育改革の基礎に位置づけられる真正の学び論と呼応する。一方,コンピテンシー重視の動向には枠組みと前提の欠陥や社会秩序への順応,他者理解の強要等の問題点が指摘される。本論ではこれらを要因とする新たな美術教育の課題の発生が危惧されることから,自己の積極的可能性と学びの必然性について再検討した。文献資料を中心とした考察を通じて美術教育における真正の学びの造形的次元に留まらない方向性の模索が真正性を十全に生かす展開となることが期待された。その結果,表現的言語を交わす間主観的な場で〈真正性〉を獲得するための表現活動を自己探究として位置づけた。そして,自分の必要性を共同的に探究・開示し,表現に変換されるとき,社会に開かれ,学びの必然性は見出されると結論づけた。
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―高等学校金属工芸科における質問紙調査を基に―
髙野 雄生
2022 年 54 巻 1 号 p.
153-160
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本研究は公立高等学校金属工芸科において生徒の用具を扱う姿勢に関する調査を行うことで,金属工芸科における用具の扱いに関する学習指導が生徒の姿勢に与える影響を明らかとすることを目的とする。研究の方法として高等学校芸術教科工芸における用具の扱いに関する指導内容を学習指導要領及び教科書をもとに分類し,生徒の用具を扱う姿勢の実態を明らかにするための質問紙を作成した。質問紙調査の回答結果に学年と項目を要因とする2要因被験者間の分散分析を行った結果,「怪我をしない用具の取扱い」に関する回答の平均値は高等学校の前段階の中学校美術,技術における学習内容であっても学年が上がるごとに平均値が低下せず,3年生の平均値が最も高いことから金属工芸科における学習が中学校美術,技術における怪我をしない用具の取扱いに関する生徒の行動に影響を与えていることが明らかとなった。
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―描画空間の共有状況についての検討―
武田 信吾, 松本 健義, 栗山 誠
2022 年 54 巻 1 号 p.
161-168
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
ジャーナル
フリー
本論文は,低学年の児童2名がペアを組み,同じ紙面と描画材を使用する形で行った描画活動の事例について,描画空間が共有される状況を検討したものである。研究メンバーの3者がトライアンギュレーションの手法を用いながら質的にアプローチすることにより,児童らの相手への関わり方と描画内容の関連性を分析した。結果,ペア間で造形行為が連鎖するなかで,紙面や描画材の扱い方や図像の描き方,それらについての意味付けが相互に影響を与え合うことにより,描画活動への志向内容が協応し,そのなかで描画空間が共有化されていることが明らかとなった。換言すれば,描画空間の共有状況は,物理的に考えれば紙面上の図像の位置関係として静的に捉えられるが,状況的に見ればペア間の関係の動的な推移を如実に反映しており,そこに協同性の萌芽が現れていることが分かった。
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―触覚の働きに着目したワークショップの実践を彫刻制作者の視点から振り返って―
竹本 悠大郎
2022 年 54 巻 1 号 p.
169-176
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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彫刻制作とは制作者の頭の中にある形象を素材に押し当てることではなく,粘土を扱う手や指を通して構想が練られていく素材を介した思考の過程,あるいは知的探究である。そのような立場から本稿では,素材に自らを投企しようとする制作者の思考に焦点を当て,その思考や感覚を他者に伝えることの意味についてワークショップの実践報告と分析をもとに考察していく。彫刻に触る鑑賞活動を中心に据えたワークショップでの子どもたちの姿からは,制作者の思考や感覚を伝えるには,物事を言葉として「理解(understand)」するわかり方ではなく,鑑賞者が自らの経験や感覚にもとづき身体で納得し,関係に開かれていく「了解(comprehend)」を触発する方法と,制作者と鑑賞者の相互的な関わりの場で生まれる新たな言葉が必要であることが示唆された。そしてその言葉を探ることは,制作者自身に本人も自覚していない思考や感覚を問い直させる。
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―美的感受能力と造形技巧に対する指摘力に着目しつつ―
立原 慶一, 安彦 文平
2022 年 54 巻 1 号 p.
177-184
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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大多数の生徒は本絵が「醜い」とし,大胆にもマイナス的価値評価を下した。彼らは第一に猫の表情・ポーズに対する過剰なまでの表現意識,第二に猫に対する奇異なイメージ,第三に超絶技巧主義になじめず,違和感と押しつけがましさを抱いた。本絵鑑賞において,鑑賞能力が通常とは異なった形で現れたが,それをどのように特徴づけるか,について考察する。またそれと主題把握の類型との関係を究明する。能力の構造化の手がかりになるものとして,第一に「美的感受能力」,第二に「超絶造形技巧に対する指摘能力」に着目する。第一能力はこれまでの実践研究で考察の拠り所とした馴染みの概念である。しかし鑑賞行為で順調に発動せず低調に終わった。第二能力は本題材に限って,その意味と働きが特筆すべきものとしてせり出してくる。主題把握の諸類型を価値序列化する上で,大きな役割を果たした。
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―「描く」ことの意義を再考する―
谷川 潤
2022 年 54 巻 1 号 p.
185-192
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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文字情報と図やイラストなどのグラフィック情報を組み合わせて思考や情報を伝達するものを「ビジュアル言語」と呼ぶ。本稿は,「ビジュアル言語」の学習方法や,教育現場における活用実践方法を,図画工作科/美術科の学習指導や授業準備に関する観点から提案することを目的としている。まず,数々の実践者による「ビジュアル言語」の定義を確認し,次に,米国の認知学者でありコミックアーティストでもあるNeil Cohnによる「ビジュアル言語における語彙(ビジュアル語彙)」に関する論考を中心的に紹介しつつ,実社会における「ビジュアル言語」の活用例を確認することで,教育的活用方法の考案の素地としていく。最後に,筆者自身が勤務校で実験的に始めた「ビジュアル言語」の教育的活用の事例を紹介する。「ビジュアル言語」の教育的活用についての考案を通して,図画工作科/美術科ひいては教育現場での「描く」ことの意義を再考していく。
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―粘土類を用いた授業事例を通して―
千 凡晋
2022 年 54 巻 1 号 p.
193-200
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本研究は小学校教員養成課程の授業実践のうち,紙粘土による教材「不思議な生き物」と小麦粉粘土による教材「お弁当,どれが美味しいかな」の活動内容,表現方法,指導法について検討し,両教材の教育的な有用性を明らかにすることを目的とした。まず,改訂教科書(開隆堂出版・日本文教出版)に掲載された粘土類を用いた活動を分析し,本研究で取り上げる紙粘土を含め,小学校段階で用いられる粘土類の材料的な特性とそれを用いた活動の特徴を明らかにすることができた。また,両教材の活動内容と表現方法,指導法を検討してから,学生の振り返りシートの分析と照らし合わせた。その結果,学生は材料と道具への理解を深めるとともに制作した作品への満足感,多様な活動への応用力,他教科との連携を構想する力,共同作業の楽しさを味わうなど,両教材の目標として設定した教育的有用性が示唆された。
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―特別支援学級の子どもが始めた「遊び」から考える「造形遊び」における「主体性」―
寺元 幸仁
2022 年 54 巻 1 号 p.
201-208
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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今日の教育現場で行われている「造形遊び」は,材料だけでなく活動内容や方法,成果物まで教師主導で行われている場合もあり,子どもが「主体性」を発揮しにくい場合がある。特に授業の導入,材料との「であい」の場面においては,扱う材料を教師が決定するということは当たり前のように考えられている。本論では,筆者が教育現場で取り組んできた「造形遊び」の実践を分析し,今年度担任した特別支援学級の子どもたちが始めた「遊び」の姿から,導入時の「であい」の場面においても子どもが「主体性」を発揮できるような「造形遊び」のあり方について考察を行った。結果,子どもが「主体性」を発揮できるよう,教師が「造形遊び」への理解を深め,十分な授業計画を行うことで,扱う材料を選択する時から子どもが「主体性」を発揮できる授業を実践できると結論づけ,新たな「造形遊び」の授業展開を提案している。
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―版画技法「リノカット」の実践を通して―
南雲 まき
2022 年 54 巻 1 号 p.
209-216
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本研究はポーランド初等教育の美術における技法,材料についての調査を行い,「リノカット」と呼ばれる版画技法の実践を通してその特性を明らかにし,日本の美術教育への導入の可能性について考察するものである。ポーランドという国は表現を抑圧された歴史が長く,特に社会主義の時代には映画や催しのポスターや印刷技術としての版画表現など限られた表現分野に他の分野の作家が流入した。これらの分野は現在でもポーランドで発展している表現分野であり,美術教育にも影響を与えている。ポーランドの美術教育で盛んなリノカットという版画技法はリノリウムという素材を使用した凸版画の技法である。リノカットの実践を通した研究の結果,リノカットは彫りやすく,刷るためにプレス機も要らず,多様な表現が可能な技法であり,日本の美術教育にも応用可能な技法であることが明らかとなった。
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新川 美湖
2022 年 54 巻 1 号 p.
217-224
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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2008年の学習指導要領の改訂以降,中学校美術科教科書では墨を扱った表現題材が掲載されるようになった。これは中学校美術科の近年の新しい動向である。本稿は,この新しい動向に対する美術科教育の実態をとらえながら,水墨画表現教育の充実を目指して,用いる画材について探究したものである。まず,学習指導要領および教科書の近年の墨を扱った表現教育の動向を押さえ,東京都立中学校美術科教員を対象としたアンケート調査から水墨画表現教育の実態をとらえる。次に,墨や和紙を用いた表現が行われていた明治時代の「毛筆画」教育における教科書・教授用書を手がかりに,水墨画表現教育の充実を図る画材について検討する。最後に,筆者自身による美術科の水墨画表現教育の実践から画材についての検討を深め,これからの中学校美術科における水墨画表現活動の実践に適した画材について考察する。
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―感覚間相互作用による生徒の創造性を育む発想法の検討から―
西澤 智子
2022 年 54 巻 1 号 p.
225-232
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本研究は社会環境の激しい状況下において,新しい価値を生み出すために必要な創造性を培うための方法について検討するものである。高等学校に在籍する生徒(124名)の身体運動が創造性や表現活動に及ぼす影響について調査した結果,椅子に座ったままで考える時より,身体運動を取り入れ,会話をしながら思考する程,流暢性が高まり,より創造的な思考であった。また題材によっては身体運動が小さい時の方が柔軟性の高まりが表れた。そして,他者との触発がある程,平均してより流暢性や独自性が高まったという傾向が見られ,拡散的思考を促す際,身体との関わりを検討することが有効であることを明らかにした。身体と表現の有効的な相関を見出すことで,将来の未解決な問題に対して,自ら思考し,他者と協働しながら創造的に問題を解決しようとする資質の向上を目指すこと,またそれを実現するためのカリキュラムの在り方について検討した。
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橋本 忠和
2022 年 54 巻 1 号 p.
233-240
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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小学校プログラミング教育では,「問題を見いだす」プロセスや「意図する一連の活動を実現する」プロセスがプログラミング活動の起点とされている。そこでは日々の生活から問題・課題を見出す,感性・感情が存分に発揮されていると考えられる。しかしながら,自身が指導したロボットを用いた幼児の造形遊びでは,論理的思考を構成する「必要な動きを考える」や「動きに対応した命令にする」等の命令方法の習得を重視してしまう傾向にあった。そこで本研究では,ユーザーの感情や感性を考慮したデザインを製品に取り入れることで,期待以上の体験を提供しようとする試みであるエモーショナル・デザインに着目した。そして,その「本能レベル・行動レベル・内省レベル」で構成されるアプローチを造形活動のカリキュラムデザインに活用し,5歳児の表現遊びで検証したところ,幼児の感性や感情が生かされたプログラミング活動が見いだせた。
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―昭和前期に制作された尋常科児童作品への再調査―
蜂谷 昌之
2022 年 54 巻 1 号 p.
241-248
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本論文は,富山県高岡市立博労小学校及び平米小学校に所蔵される昭和前期に制作された尋常科児童による卒業記念画の再調査を行い,作品にみられる中等学校用図画教科書の使用実態を明らかにしようとしたものである。調査の結果,1)両校の尋常科児童による作品に,中等学校用図画教科書の掲載図版を手本にしたとみられる作品が残されており,教科書は概ね昭和前期を通じて使用されていたこと,2)中等学校用図画教科書掲載図版と同じ作品には,果物,野菜,花,本,魚,貝,鳥,風景,図案などが含まれていたこと,3)他の図版を組み合わせて独自の作品をつくるなど,児童による創意工夫がみられた作品が含まれていたこと,が明らかとなった。一地方の学校図画教育の事例として,小学校の卒業制作において中等学校用の図画教科書が使用されていた実態を読み取ることができた。
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―1869~1902年のカリキュラム―
針貝 綾
2022 年 54 巻 1 号 p.
249-256
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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ヴュルテンベルク国立美術工芸学校は,ヴュルテンベルクの美術工業の振興と工業製品の質の向上のために,1869年シュトゥットガルトに設立された。本論では,1869年から1902年までの同校の教育組織や教育内容,生徒数や教育の成果を,その年次報告書等により検討した。設立から10年程経過した頃には,ヴュルテンベルクの産業界からの需要を反映し,家具工業の専門課程が同校の中心となった。1902年までに,同校では 1年間の予備課程に続き,2年間の専門課程において実技と講義の授業が行われた。加えて,実践における課題解決が重視され,同校では毎年専攻ごとに懸賞課題が出された。また,本稿では,同校は家具工業と関連する美術工業に関する専門課程で多くの生徒を教育する一方,図画教員のための専門課程にも多くの生徒を集め,図画教員になるための学士試験の合格者を,他の専門領域の合格者よりも多く輩出していたことも明らかにした。
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―粒子径の違いに着目して―
日野 沙耶
2022 年 54 巻 1 号 p.
257-264
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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戦前から戦後は日本画表現の過渡期であり,近代以降開発が進んだ岩絵具による表現手法も変化した。しかし,具体的な内容はこれまで明らかにされていない。そこで本稿では,日本画表現の過渡期における岩絵具の表現手法について,その具体例を示すことを目的として,日本画家の福田豊四郎の1920–1960年代の作品に着目し,文献調査および作品の実見調査を行った。文献調査から,豊四郎が岩絵具を強い色彩効果のために利用していたことが分かった。実見調査からは,岩絵具の粒子径を大まかに細口,中口,荒口として,1932年までは主に細口の岩絵具を用いた彩色表現が行われていたが,徐々に荒口や中口の粗さを利用した質感表現や彩色表現,マティエール表現が試されるようになったことが窺えた。これらの表現は制作時期と関わっており,豊四郎が時代の影響を受けながら岩絵具による表現を追求していたことが明らかになった。
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―芸術と社会を巡って―
平野 千枝子
2022 年 54 巻 1 号 p.
265-272
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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ゴードン・マッタ=クラークは1978年に35歳で死去したが,最後までさまざまな活動に取り組んでいた。本稿では,「ロイサイダのための資源センターと環境についての若者のプログラム」と《サーカスまたはカリブのオレンジ》が,その活動の最後の時期に平行して取り組まれた経緯を資料によって確かめる。「ロイサイダ」のプロジェクトは,荒廃した建物を改装し,若者を教育するプログラムだった。一方,《サーカスまたはカリブのオレンジ》は美術館の依頼で行われた,複雑な彫刻的形態を持った作品である。しかし本稿では,これらを政治的なプロジェクトと芸術的なプロジェクトとして別々に捉えるのではなく,両方が共通した関心に根ざしていたことを明らかにする。2つのプロジェクトの共通点を見れば,マッタ=クラークが,空間の自由な改変の可能性を,芸術家だけでなく人々のものであると考えていたことが理解できる。
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―遠隔授業における絵本制作の実践から―
廣瀬 剛
2022 年 54 巻 1 号 p.
273-280
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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子どもの発想力,創造力を高めるための造形素材として挙げられる「絵本作り」は,小中学校の「図画工作」「美術」の授業や地域の造形活動では,長時間かけて制作するイメージがあるため,時間が限られる現場では実際に取り組みにくい状況にある。しかし,作画だけでなく物語性のある表現を伴う絵本作りは,豊かな発想力,創造力を育成する教材として適していると考えられる。本研究では令和2年度と3年度に遠隔授業として開講され,且つ異なる時間設定のもとで実践した絵本制作の例を中心に,これまで行ってきた対面授業の実践との比較から見えた今後の可能性について考察した。その結果,設定時間の違いによる完成度の差はほとんど感じられなかったが,受講生の表現方法に差異を見ることができた。また,遠隔授業では対面授業と異なる製本方法で仕上げることで,遠隔による実践が滞りなく進められることが分かった。
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福田 隆眞
2022 年 54 巻 1 号 p.
281-288
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本論文は東アジアと東南アジアを対象にして,グローバル化した今日の美術教育を考えるために,近代・現代の美術において伝統文化と西洋文化の関係を,四層の構造化を仮説として考察を進めた。考察地域は,日本,台湾,韓国,シンガポール,マレーシア,インドネシア,ベトナムとした。アジアの諸地域は民族の伝統文化を有しており,そこに西洋文化が影響を及ぼした。その関係は融合,対峙など地域による違いが見られる。台湾,韓国は日本が統治していた経緯があり,西洋美術の影響は間接的であった。東南アジアは植民地により,直接影響があった。考察の結果として以下のことを明らかにした。四層構造の時期的なものは地域によって異なるが,構造は同じである。四層は積層され,その総体が美術教育の対象となる。美術教育の創造性育成の機能はこの総体の中で,時間と空間から新たな発想を生み出すことができる。
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藤田 雅也
2022 年 54 巻 1 号 p.
289-296
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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フリー
本論では,316名の乳幼児及び児童を対象に実施した触る行為に関する調査の分析から,触り方や触りたいと感じる形状について考察することを目的としている。調査では,6つの異なる形状の立体物に乳幼児及び児童が出会う場を設定し,行為と発話を動画記録した。動画記録から316名の行為を個別に抽出し,「触った時間」,「触った回数」,「触った順番」,「行為の出現」などについて6つの形状ごとに集計を行い,形状によって促される行為の傾向について分析した。その結果,乳幼児及び児童はすべての年齢・学年において,「球」の形状を触る傾向が高く,発話やワークシートの分析から触りたいと感じる形状も「球」であることが分かった。また,「球」はにぎる,「円錐」・「四角錐」はつまむなど,形状によって誘発される行為は異なり,形状が触り方に影響を及ぼしていることなどが明らかとなった。
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―知識構成型ジグソー法を用いた大学生の鑑賞プロセスから―
古田 啓一, 佐部利 典彦
2022 年 54 巻 1 号 p.
297-304
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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他者と対話しながら美術作品を鑑賞しているとき,個々の鑑賞者にはどのような思考が働いているのだろうか。作品の中の造形要素を根拠にして,造形的な見方・考え方を働かせ,深めることは,図画工作・美術科教育の重要なテーマであると考える。本研究は,大学生の鑑賞活動の発話記録とワークシートやアンケートの記述データの分析から,美術鑑賞における思考プロセスを明らかにしようとするものである。活動には協調学習の手法である「知識構成型ジグソー法」を用いることで,形・色・イメージなどの造形的な視点が一人ひとりの鑑賞者の中で統合されるように工夫を試みた。その結果,事実的知識をもとにして比較・関連付けたり総合したりしながら作品の解釈や価値付けをして,個々の納得解にたどり着く学びの姿の一端が明らかになった。
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―ワークショップにおける参加者の親を対象として―
前沢 知子
2022 年 54 巻 1 号 p.
305-312
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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これまでの研究では,アート分野のワークショップについて造形表現活動におけるコミュニケーションとその捉え方について考察してきた。そこでは参加者相互の関わりにより「見方の変容」がもたらされることが導出された。本研究は,親子対象のワークショップにおける相互の関わりが,親の「見方の変容」を触発していく様相について考察し,親が制作に関わることの意味を明らかにすることを目的とした。岡田(2013)が述べる「芸術コミュニケーション」の促進要因としての「触発」に依拠し,ワークショップ参加者の親を対象としたインタビューからその内実について分析・考察を行った。その結果,親は子どもの制作から触発され,子どもへの新たな見方を発見し,それにより自身の制作への興味関心がもたらされた。さらに自分自身への見方の変化,物事への探究心・日常への意欲などが呼び起こされていることが,一つのモデルとして示された。
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―シラバス調査による傾向の把握を通して―
松尾 大介, 岩永 啓司
2022 年 54 巻 1 号 p.
313-320
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本稿では,新しい学習指導要領に対応した教員養成における彫刻表現の授業を検証するにあたり,内的世界を外在化していく過程であるプレフィグラツィオンに着目し,素材への転換と表現形式に応じた「見方・考え方」を重視した。大学のシラバス調査から授業内容と目的を把握し,プレフィグラツィオンの諸段階(意図した対象を最終的形象に結実する〈協調〉,強調・純粋化する〈抽象化〉,素材との対応から始まる〈初発〉)を観点に実技・演習の題材を分析した。分析の結果,〈協調〉の人体塑造で造形力を養成する題材を中心に構成し,彫造や集合の題材で自由な主題を扱う授業の傾向を確認した。一方,各表現形式等のバランスや主題生成を目的とした題材,〈初発〉の題材を検討する必要性が示唆された。また〈抽象化〉の題材やプレフィグラツィオンの進行における要素の省察により,教員として必要な説明力を向上させる意義が認められた。
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松尾 美咲, 山本 政幸
2022 年 54 巻 1 号 p.
321-328
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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小学生を対象とした造形活動は,これまで対面式で行われるのが通常であった。しかし昨今の情勢により,大人数の児童を集めて活動することが困難となっている。造形ワークショップについても同様である。本研究は,2020年に小学生を対象として行なった,オンラインでの造形ワークショップの概要についてまとめ,考察したものである。各々の自宅で活動するための題材の検討,教材開発と実践の事例を示す。児童は宇宙のファッションショーの衣装をデザインするという設定のもと,モダンテクニックを用い,布用絵具でTシャツに模様を描く活動を行なった。実践後はアンケート調査を実施し,完成作品にはファッションショーの写真集としてフィードバックを行なった。リモートの特性を活かした教材開発,子どもの表現の幅を広げるための指導と支援の方法について成果と課題を明らかにした。
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―頭上空間の大きさや目の位置などからの考察―
松本 昭彦, 横山 鉄郎
2022 年 54 巻 1 号 p.
329-336
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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朝鮮時代の肖像画の画像324点を2箇所の現地調査と3冊の関連図書から収集し,頭像・胸像・半身像・七分身像・全身椅子座像・全身床座像・全身立像・高僧椅子座像・高僧床座像の9つの区分毎に頭上空間・目の位置・頭部軸・丹田の中心位置・足下空間・床と壁の境の位置を測定調査することで,朝鮮肖像画の構図的な特徴について考察を試みた。一部の頭像や胸像では目の高さが画面中央より低く置かれていたり,上部を切り取った構図が見られたりする。その要因は,高さのある冠帽にあると考えられる。また,朝鮮肖像画において類似の作品が多く見受けられる理由は,描き方に厳格なルールがあったことによるが,調査数値にばらつきがあったことや,朝鮮王朝後期や20世紀の全身像には頭上や足下に空間がない作品もあることから,配置法については時代的な変化があったものと考えられる。
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松本 美里, 髙橋 慧, 小田 久美子
2022 年 54 巻 1 号 p.
337-344
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本論では,描画活動に躓きや消極性を見せている子どもに対する具体的援助の方策を模索するために,保育園の4歳児学級に在籍する子ども8名を対象に,模写的活動「まねっこお絵描き」を実践して,保育者の援助が,子どもの描画表現に与える効果を検討した。題材モデルの提示と保育者の言葉掛けの有無の条件を変え4回実践を行った結果,第4回で実践した「描画モデル有・言葉掛け有」の条件下で,描画意欲及び描画能力の向上が最も確認された。また,描画モデルを提示したことで個性的な表現の芽生えを確認でき,描画モデルの提示が,子どもが描画活動において豊かな表現を獲得する契機になることが示唆された。さらに,本論で扱った模写的活動「まねっこお絵描き」の教育的可能性を吟味した上で,子どものイメージを引き出すには保育者の言葉掛けが不可欠であることが示された。
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―医療従事者養成校における美術教育の意義の検討―
溝上 義則, 麻生 良太, 河野 伸子
2022 年 54 巻 1 号 p.
345-352
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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海外では医学教育に対話型鑑賞が用いられており,観察スキルを養うことで視診に役立つとの報告がある。本研究では,医療従事者養成校において対話型鑑賞を行い,その効果を確認するために「絵画鑑賞テスト」を実施した。その結果,介入群である作業療法学科と非介入群である理学療法学科において,介入前のベースラインでテストに書かれた文字数に有意差が認められ,各科の学習内容の違いによって文字数に差が出たものと推察された。次に,記述内容について対応分析を行ったところ介入前後で「思う」が抽出されたが,介入後は頻度が高かった。「思う」という言葉は,絵に描かれた人物の心理描写や学生自身の感じ方を言語化するために使用されており,対話型鑑賞によって観察力や想像力が高まり,絵に描かれた人物の心理や学生自身の感じ方に考えが至ったことで,共感的理解の深まりが示唆された。
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―子どもと大人との協働的な関係性に着目して―
村田 透, 新関 伸也, 松本 健義
2022 年 54 巻 1 号 p.
353-360
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本研究の目的は,「造形遊び」において子どもが問題解決をつくりだす在りよう,つまり子どもが他者との関係性のなかで,主体的に感じ・考え・表現しながら自ら課題をつくりだし,それに伴う問題を発見し解決を試み,意味を創出する学びの在りようを明らかとすることである。本稿では,特に子どもと大人との協働的な関係性に着目し,幼児を対象とした「造形遊び」を分析・考察した。明らかとなったことは,「造形遊び」において,子どもは身の回りの環境(もの,こと,人)とかかわりながら,〈自己(私)〉における「I」と「me」を往還し,課題(表したいこと)をつくりだし,それに伴う問題(「I」と「me」の差異)を発見し解決を試み,〈自己(私)〉と〈意味(造形物・造形行為,他者,社会など)〉を共起的に生成するということである。この子どもの行為は,大人の「養護の働き」と「教育の働き」を支えとして展開する。
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―その可能性についての実践的考察―
本村 健太
2022 年 54 巻 1 号 p.
361-368
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本研究では,基礎造形に関する今日的な実践研究を美術・デザイン教育の課題に引き寄せ,日本の美術教育研究者や教育実践者に将来の検討課題を提供することを意図している。そこで,ものづくりをする個人,すなわち「メイカー」としての造形活動に今日的な価値を認め,その社会的・世界的な動向としてのメイカームーブメントとの関連づけから,美術・デザイン教育を拡張する可能性を示すことにした。メイカームーブメントの理念や方法論を概観して整理し,筆者の研究室における地域貢献活動として学生たちと実施したプロジェクトや筆者個人の造形体験を事例として検証した。そうして,個人の創造活動にデジタル工作機器が導入されることにより,ビットとアトム,デジタルとアナログの境界を行き来して多様な展開ができるだけでなく,個と個の積極的な情報交流を促し,その後の創造活動にも効果的な影響が見いだされることを確認した。
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―ブックカバー制作の題材開発と授業実践―
山田 唯仁, 山本 政幸
2022 年 54 巻 1 号 p.
369-376
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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日常生活の中で毎日のように目にする書体は,美術教育においても重要なデザインの対象であり,これまではレタリング題材として扱われてきた。とりわけ中学校美術科の授業では,明朝体やゴシック体といった書体が,ポスター制作などのためのレタリングの資料のひとつとされることが多かった。他方で,近年のICT機器が備えるひと揃いのフォントを扱う題材は極めて少ない。そこで本研究は,中学校美術科におけるフォント素材の活用促進を目的とし,質問紙調査と授業実践を行った。生徒がフォントごとに感じる印象を調べるためにSD法による質問紙調査を行った結果,異なる書体の間でそれぞれ違った感じ方をしていることがわかった。この結果をふまえ,主に内容に配慮しながら表紙の構成を行うブックカバー制作の題材を開発,授業実践を行うことにより,フォントを選択・配置して表現をする指導法の事例を示した。
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―絵具の廃棄処理とテンペラ画の授業実践から―
横江 昌人
2022 年 54 巻 1 号 p.
377-384
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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SDGsを美術教育で考えた場合に作品表現における材料の扱いでは,これまで水性絵具使用後の廃液処理がほとんど論じられることがなく,当然のように下水道へ絵具水を流す教育が行われている。広く普及している下水道の処理能力で基本的には問題がないとされてきたが都市部の雨水と合水式になる下水道には降雨時にほとんど処理されない排水があり海洋への流出が否定できないことがわかってきた。そのため合成樹脂であるアクリル絵具には,マイクロプラスチックなどの環境問題につながる危険性が懸念される。そこで,アクリル系絵具の使用状況と共に絵画表現時における水性絵具の廃液処理について,炭酸カルシウムを使用した沈殿分離の方法を報告し,その処理において使用しやすい顔料の組み合わせを明らかにする。また,天然の材料を多く使用する,環境に配慮した絵画教育について,テンペラ画と油彩画の混合技法についても考察する。
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横田 咲樹, 髙橋 慧
2022 年 54 巻 1 号 p.
385-392
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本論は,思考力育成の観点から,造形活動を捉える視点を考察するものである。思考力は,様々な要素によって構成される複雑なものであり,構成要素の有機的関連性や全体の調和を考慮した教育を行うには,思考力の育成場面を分析的に認識する必要がある。しかし,研究主題となっている領域には偏りが見られ,幼児造形教育の分野においては,研究が単発的で,議論の蓄積が望まれる。議論の深化・発展には,造形的思考力の育成を視点とした造形活動の捉え直しが必要であろう。先行研究の概観の結果,造形活動には,視覚や触覚による物理的な直接体験が含まれることが見出された。また,造形活動の過程では,思考や心像(image)の具現化が行われていると考えられる。幼児造形教育に不足している観点としては,発想力や構想力の育成等があった。以上のような視点を基に,造形活動の独自性を生かした思考力の育成が求められる。
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―図画工作科の探究的な実践と評価に向けて―
和久井 智洋
2022 年 54 巻 1 号 p.
393-400
発行日: 2022年
公開日: 2023/03/31
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本稿は,ナラティヴという概念を基に,図画工作における評価の在り方を問い直し,創造的な対話を通した生成的な授業の枠組みを探ることである。先行研究から図画工作科における評価の現状と課題を示し,芸術表現がもつ特質性から対話による協働的な評価の必要性を提起した。その理論的根拠をナラティヴやビジュアル・ナラティヴという概念や方法によって示し,アセスメントという評価の概念からビジュアル・ナラティヴ・アセスメントとして提起した。結論としてビジュアル・ナラティヴ・アセスメントは,ナラティヴによって教師と子どもの評価をつなぐ形成的(オンゴーイング)評価となるだけでなく,子どもが批判的思考能力や学習の自己調整能力を発揮する学習活動の一部となることを明らかにした。課題として対話を基にした振り返り活動を充実させ,作品中心主義の授業構造からの転換を提起した。
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