本研究は,ろうの両親を持つ聴者(コーダ:Children of Deaf Adults)である筆者が,中国出身のコーダとの対話を通して,自身の経験の内省と異なる社会での経験の比較を行うことによって,日本手話の継承に関する問題について考察する当事者研究である。分析方法として,当事者同士の対話的自己エスノグラフィを用い,継承語という視点から日本手話を捉え,その課題の外在化を目指した。分析の結果,筆者らは両親から継承するろう文化と音声言語を基軸とする生活圏の文化との間に第三の文化を有しているが,周囲からの蔑視や社会から押し付けられる障害者家族の一員という社会的アイデンティティによって障害者家族の文化として形成されているため,それを拒絶してきたことがわかった。また,この第三の文化を受容可能なものにするためには,コーダとしての能動的な社会的アイデンティティの構築に加え,第三の文化の基盤をなす日本手話の継承も必要となることが指摘できた。
近年,大学の国際化により,人文・社会科学系においても英語による学位取得プログラム(English Medium Program:EMP)が増加している。日本の人文・社会科学系EMPで学ぶ学生の多くは英語と日本語(と他言語)の複言語話者である。本研究では,PAC(個人別態度構造)分析を用いて,社会科学系大学院EMPの留学生と人文科学系大学院EMPの帰国学生各1名を対象に,言語生活に対する当事者評価を調査した。結果,両者とも英語での研究生活には満足しているが,日本人学生との交流やアルバイト,就活などでの言語生活に,程度の差こそあれ,不満や抑圧的な態度構造を持っていることが示された。日本社会に閉鎖性・階層性・学歴重視などの風土を感じ取り,2名とも高い複言語能力を持ちながら自分の能力を十全に発揮しているとは言えない現状が描き出された。また,両者とも家族が比較的高い重要度を占めており,母語機能の重要性が確認された。
本研究の目的は,form - meaning - useの力動的関係をめぐる議論に「文脈に埋め込まれた身体」という視点を加えることにより,L2教育研究における「文脈における言語の意味」の射程を拡張することである。そのために,身体移動がタスク設定の鍵となる即興的L2スピーキング活動の会話分析(特にマルチモーダル分析)を行い,相互行為における言語表現と身体表現の調和や齟齬に焦点を当てた考察を行う。実際の相互行為におけるL2スピーキングは,抽象的な言語記号の操作に留まらない,身体感覚やイメージを含む全体的な活動である。分析の結果,身体や文脈と調和しない言葉の非真正性は学習者たち自身にも即座に察知されることが分かった。対照的に,身体化された言葉とそれが埋め込まれた架空の文脈が同時に立ち現れるとき,パフォーマンスは演者と観客の双方に高揚感を与え,練習というより遊びの感覚が共有された。このような結果に基づき,本研究は,身体感覚と想像力という全ての学習者が豊富に持つ資源のより積極的な活用を提案する。