フランスと日本はともに世界屈指の原発推進国であるが、すべての建設計画が実現したわけではない。本研究では市民の大規模な反対運動によって計画が撤回された仏プロゴフと三重県芦浜を事例に、運動のなかで女性の果たした役割について考察する。
プロゴフは仏西部ブルターニュ半島の先端近くに位置する。ここで1970年代後半に持ち上がった大規模な原発計画を、地元の村落女性を中心に始まった運動で封じ込めた。男性は遠洋航海の仕事で長期に不在、留守番の女性たちは夜ごとに道路をバリケード封鎖したり、終日村の広場に座り込んだりと、粘り強く運動に取り組んだ。
芦浜は三重県南部の海岸で、1980年代から二度目の原発計画が持ち上がる。1994年、計画容認決議を取らせまいと、漁家の女性たちが夜を徹して古和浦漁協前の最前列に座り込み、計画阻止に大きく貢献した。地域の分断にも長期に耐えた。
プロゴフ女性は、女性だからできた、毎日毎夜の活動は男性には忍耐力がなくて無理だと証言する。古和浦女性は、男性は世間体や面子を優先するが、女性は子孫に海を引き継ぐことを考えたと述べる。
両事例は1970年代のフランスや1990年代の日本で、社会的地位の低かった女性が、しがらみのなさを逆手に取って、家族に海を残そうと闘った成果である。女性の地位が向上した現在、今後は女性が権力を持つ側に回り、原発をなくす方向に社会を動かしていくことに期待したい。
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