オージャイトなど天然のCa-rich pyroxene類のメスバウアースペクトルは複雑で,これまでのところ解読されていない。そこで適当な組成をもつ天然および合成試料についてスペクトルを測定し,どのような場合にスペクトルが複雑になるかを観察した。 合成したCaMgSi2O6(Di)-CaFeSi2O6(Hd)系固溶体では,つねに1組の明瞭な二重線がみられ,これがM1におけるFe2+によるものであることは明らかである。各ピークの半値全幅(FWHM)はほぼ一定(常温で0.29 mm/sec)で,異性体シフト(δ)もほぼ一定(ニトロプルシドナトリウムに対して1.45mm/sec),四重極子分裂(Δ)はFe含量に依存し,この系ではFeに富むものほど大きくなる(常温でDi98Hd2:1.90,Hd100:2.25 mm/sec)。この系で二重線がつねに明瞭であることは, Mg-Fe2+置換がFe2+のまわりの局所的な原子配置に事実上乱れを与えないことを示している。 これに対して,合成のCa0.8Mg1.2Si2O6-Ca0.8Fe1.2Si2O6系固溶体では, Di-Hd系での二重線に近い位置に幅の広い二重線(FWHM 0.35mmlsec以上)があらわれ,その外側に弱い二重線があらわれ,さらに内側にも弱い二重線があらわれるようにみえ,その結果みかけ上ピークの幅は約0.5mm/secになる。Fe2+に対してC2/c対称のとき可能な位置は2種類しかないのに,メスバウアースペクトルは少なくとも3種類以上の局所的原子配置の存在を示している。おそらくM2におけるCa-(Mg,Fe2+)の置換が,M1, M2のまわりの局所的な原子配置の乱れないし多様性をまねくのであろう。 スカルンに産する輝石のようにM2にCaが飽和している場合にも,試料がA1,Fe3+を多く含むときスペクトルはまた複雑になる。この理由としては, T位置でのSiとA1の置換, M 1での(Mg, Fe2+)と(Fe3+, A1)の置換によるM1のまわりの原子配置の多様化が考えられる。 オージャイトのように,上記の置換がすべておきている場合,スペクトルが解読不能なのは当然と考えられる。置換がイオン半径の著しく異なるイオンの間で(CaとMgのように),また電荷の異なるイオンの間で(SiとAl, CaとNaのように)おきるとき,特定の位置のまわりの原子配置の種類はX線結晶学的に期待されるよりも多いはずで,したがってこのような場合に局所的配置のみに敏感なメスバウアー効果を格子席占有率の決定に利用しようとするのは,もともと無理なのである。これまでこの種の利用が鉱物学において成功したのが比較的おだやかな置換(MgとFe2+のような)によって生ずる固溶体(Ca-poor amphibole, Ca-poor pyroxene,特に斜方輝石)に限られていたのは,この理由によるのであろう。 Apollo 11の月の岩石中の極度に不均一な輝石のメスバウアースペクトルから,月の輝石のM1-M2間のMg-Feの秩序性はほぼ完全で,その結晶温度は600℃ 以下であるとした報告がある。富士山三島熔岩のschliere中に,これに比較できるほど不均一な輝石が産することが知られたので,この試料を測定してみた。その結果一見きわあて明瞭な2対の二重線があらわれた。このスペクトルは,pigeoniteの特徴的な2対の二重線と,subcalcic augiteの漠然とした複雑なスペクトルの重ね合わせと解釈できる。Apollo 11の輝石のスペクトルの本性もこのようなものであろう。そうであれば,オージャィト類では上記のようにスペクトルの格子席への帰属ができないので,秩序性の推定も,それに伴う温度の推定も,無意味であったことになる。
抄録全体を表示