固体をとりあつかう化学の分野において,結晶構造解析法の発展と普及によって,化学結合論あるいは種々の固体物性を直接に構造の観点から研究し議論する道が固定化される,即ち,構造の研究自身が一つの手段として完全に化学の中に同化された段階においては,“結晶化学”という学問の名称は,或いは,時代錯誤的な響きを持つようになるかも知れません。X線による構造の研究が,その困難さのために一つの遊離した学問分科の形で発展して来たところに結晶化学の名が保存されて来た余地があったと思はれます。しかし,それは現在において,質的な変化を重ねた末,結晶の中の原子の相互作用を研究する学問として理解されて居ります。その研究成果の蓄積と方法の発展および化学への漸移的なとり入れによって,その包含する問題は広い対象にわたっていますが,本日ここで問題にするのは,ここ数年来急速に明らかにされた硫塩鉱物の結晶溝造を基にして,それらを検討し,硫塩鉱物の構造を支配する原理の一端を議論するにすぎない,いはば“硫塩鉱物の結晶化学入門”とでも云うべきもので,従来殆ど未知であった複雑な硫塩鉱物の相互関係についての理解に多少なりとも役立てば幸いと思います。
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