本稿の目的は,「深い多様性の尊重」と「多様性の調整」,「結束への積極的な意思」に焦点を当てて,「社会的結束」を志向する市民を育成する社会科カリキュラムの構造を明らかにすることである。グローバル化が進展し,日本国内の多文化化もより一層進む中で,「多様性を尊重する」という価値観は今日では徐々に普遍化しつつある。しかし多様性の尊重は前提として共有されるべき価値ではあるが,それは多文化を前提とした社会統合には十分ではない。加えて,民主主義社会を成立させる上でも十分条件にはならない。多様性を尊重しながら一方で,その多様性を調整する資質・能力が必要であり,それ以上に,自ら協働へと,ひいては統合へ向けた理性的な判断としての人びとの意思が不可欠である。「社会的結束」は,「深い多様性の尊重」と「多様性の調整」を,このような市民自らの意思によって継続することで生まれる,緩やかなつながりであり,多文化共生の「状態」とも言える。本稿では,「社会的結束」を社会科の目標の一つとして位置づけるカナダ・アルバータ州の社会科カリキュラムを事例として分析し,「深い多様性」の尊重と「多様性の調整」のための資質・能力,ならびに「結束への積極的な意思」を育む認識を,段階的に深めさせる螺旋構造を明らかにした。
抄録全体を表示