本論文の目的は、一般にハイリスクな投資行動と見られている合併・買収(M&A)に際して、相互会社と株式会社との間で情報開示の程度に重要な相違があるのかどうかという点を、わが国の保険業界を対象として明らかにすることである。近年、保険業界における大型のM&Aが活発になっているが、一般に、M&Aはハイリスク・ハイリターンな投資行動であるといわれる。そうであるならば、ハイリスク・ハイリターン型投資の典型例であるM&Aに際して、保険会社の経営者は量的にも質的にも丁寧かつ充実した説明を契約者や株主に対して行うことが求められるのではないだろうか。また、契約者が収益性よりも健全性を重視するならば、特に相互会社の経営者が契約者の意に配慮した上でハイリスク・ハイリターン型投資を実行しているのか否かを、丁寧に検証すべきであろう。そこで、本論文では、会社形態によってM&Aに関する情報開示の程度の違いが存在するのか否かという点について、有価証券報告書、保険業法第111条に基づいて作成されるディスクロージャー誌、その他M&A実施後の投資家や契約者向けの公開資料をもとに、実証的に比較検討した。分析の結果、相互会社は株式会社よりもM&Aに関する情報開示の程度が低い可能性があることが明らかになった。これは、外部からの規律づけの仕組みが脆弱といわれる相互会社において、自己規律を機能させるための環境整備が不十分であるため、無意識のうちに経営者が契約者の意に反した行動を取ってしまう可能性を示唆するものである。
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